『2008年2月8日』

世界に一つだけの花のお話

『お話というのは、フィクションなんですよ。』〔…民明書房刊 インジーニアス国語辞典より引用〕

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 世の果てとも呼ばれる辺境の奥地に、一輪の花が咲いていました。それ一つがそこにあるだけで、周りの空気が締まるような、そんな気品を持った花でした。
 花の名は満願草と呼ばれ、その花に願いをかければどんな願いでも叶えられると伝説に言われる花でした。

 世の果てから遠く離れた地に、一つの王国がありました。
 それは大きな王国で、その国で手に入らない物はほとんど無い、と言われるほど富んだ王国でした。
 しかし、満願草はそれほどの王国においてすら手に入らない代物でした。

 ある日、その王国の城下町に姫が不治の病にかかった、という噂が流れました。どんな医者にかかっても治るきざしがまったくないという話でした。
 その噂はあっという間に全国に広まり、そんなある日、国中の勇士を王都に召集するというお触れがあらゆる街角に出されました。

 城の前の広場を埋め尽くさんばかりに集まった勇士達を見下ろすと、国王は「我輩の大切なただ一人の娘である姫が不治の病にかかった。姫の病気はあらゆる願いを叶えるという満願草をもってしか治すことができないという。満願草を持ち帰り、姫の命の恩人となった者には姫と結婚する権利を与える」と言い渡しました。
 姫と結婚する権利を得られると知った勇士達は奮起し、一斉に「我こそは」という鬨の声をあげました。そうした中に、興奮する周りの勇士達と違った気色で目を使命感に燃やす一団がいました。それは八人ほどからなる勇士で構成された戦士の一行でした。妻を早くに亡くした国王の娘が亡くなるようなことがあれば、王家の血筋はここで途絶えることとなり、これが国家の一大事であることを真摯に受け止めたのです。


 他の勇士達にはないほどの執念で戦士の一行は満願草を捜し求め、ついにある町で聞いた満願草についての伝承を耳にしました。そうして、一行はその噂をもとに、満願草が生える辺境へと進んでいきました。

 聞いた場所へと向かう道では魔物達が戦士の一行に立ちふさがり、辺境の奥深くに進むにつれ、魔物達の攻撃は熾烈を極めていきました。
 そのなかで、ある者は飢え、ある者は怪我にと、一行の仲間達は次々と倒れていきました。


 多くの犠牲を出しながらも、戦士の一行は辺境に造られた砦にたどり着きました。聞いた伝承が確かならば、砦の中心部に満願草が生えている筈でした。

 魔物達との砦での戦闘はそれまでの比ではなく壮絶で、戦士一人を除いて、今まで生き抜いてきた仲間達すらも全滅してしまいました。
戦士は一人になっても戦い続け、ついに砦の中心部にある玉座に辿り着きました。
玉座には一匹の魔物が座って待ち構えていました。
その魔物は今まで見たどの魔物にもない気を放ち、どの魔物よりも強大なものでした。

その魔物との死闘の果て、満身創痍となって魔物を倒した戦士は、ついに、玉座の裏に満願草を見つけました。


満願草はたった一本だけ立って花を一輪だけ咲かせていました。それは決して美麗と言えるほどの豪華さは持っていませんでしたが、素朴な生命感にあふれた花でした。
花のそばには石碑が立っていて古びた文字で「この花は、この国の誇り。この国の全て。」と刻み込まれているのが読んでとれました。


戦士はその花を苗ごと瓶に移しとると大事に蓋をし、魔物の血で染まった廊下を歩き、仲間たちの亡骸を担いで砦を出たところに亡骸を埋葬し、砦をあとにしました。

帰路についた戦士は、魔物と出会っても、もう戦おうとはせず、毎回逃げ出すようにその場を離れました。

戦士が王国に帰還すると、戦士は国を救った勇者として国中から祝福を受けました。
王都につき、王に謁見すると、戦士は他の一行の戦死を報告し、瓶に入った満願草を差し出しました。


すると、王の後ろから、豪奢な格好をした女性が現れ、
「お父様、これが満願草?思ったよりも小さいし、地味で綺麗じゃない花ね。私が欲しかったのはこんな花じゃないわ。」と苦々しい声で言いました。
「わが娘よ、このようにして苦労をして手に入れたというのにそのようなことを言うてくれるな。これで望む物はなんでも手に入るし、お前の結婚式の飾りにもぴったりじゃないか。」と慌てたように国王は女性の機嫌をとろうとしました。

その話を聞いて、戦士は、姫は病気ではなかったのか、と王に詰め寄りました。

「ああ病気じゃったとも。『満願草をこの手に入れなければ死ぬ!』と言ってな、いつものおねだりをしてきたのじゃ。」と王は答えました。
「まぁ、そんなことはどうでもよいではないか。はやく満願草をよこして願いを叶えさせろ!」と言いながら王は満願草が入った瓶をひったくると、「この国だけでない、わしを世界の王にしろ!」と叫びました。

…が、何の変化も起きませんでした。

「いかんいかん、もっと目に見える願いにすれば効果もわかるというもの。金貨をめいっぱい出せ!」と王様は叫びました。

…が、何の変化も起きませんでした。


「貴様、何も変わらんではないか!わしをこけにしおったな!」と王様は激怒し、瓶を床に叩きつけると、「衛兵!衛兵!この不届き者を斬り捨てい!」と大声を張り上げました。


戦士は、もう、満願草に願いを叶える力があるかどうかなど、どうでもよくなっていました。国王が何を言っているのかにも興味はありませんでした。
ただ、“姫のおねだり”のためだけに、ここまでの犠牲を払ったのかと、王が、姫が、憎くてたまりませんでした。


戦士は王の間に兵士達が集まりきった、その刹那に剣を抜くと、ただ、周りのものすべてをひたすらに斬りつづけました。
人外の異形達を倒してきた戦士が相手では、王国の兵士などは敵いはしませんでした。
気がつけば、王の間は血の海になっており、戦士と、扉の外からこわごわ中を覗き込んでいる戦意を失った兵士達以外、そこに立っている者はいませんでした。
割れた瓶から満願草を大事に取り出すと、別の瓶に移し、戦士は王の間から去っていきました。


戦士は城を後にすると、追っ手から逃げるように国から離れました。
追っ手と戦うようなことはせず、戦士は毎回、逃げるようにその場を離れました。


気がつけば戦士の足は砦があった辺境へと向いていました。


砦に入ると、玉座の裏に満願草をもとのようにそこに埋めなおしました。

そして、満願草を求めてやってくる者達を追い払うために、玉座につき、戦士は戦いました。

いつの間にか、魔物たちは、自らの国の誇りを守る者として戦士を慕うようになりました。

そうして辺境に棲むその戦士を知る民衆は、彼のことをこう呼びます。

『辺境の魔王』と。

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