足で包丁を研ぎ、彼氏を見つけた思い出
毎日noteを書きたいと頭の中で原稿がよぎるが、なかなか体調が悪かったり忙しかったりして書けない時が多いような気がする。
緊急事態宣言が出され、私は少し安心している。
しかし毎日のように出張してビジネスを行っている人達には大変な損害が起きているような気がする。
そんな時でも笑顔を忘れず笑い合って話をすることが心と体に栄養がいきわたると思う。
2~3日前、当直のヘルパーさんとたわいもないおしゃべりをし、「私はね、生まれ変わったら刀を作りたいの。着物と袴を着て鉢巻をし、長い髪でポニーテールにしてね、やってみたいの。今度こそ神様は私を障がい者にしてほしくないの。」と言うと、ヘルパーさんはビックリした顔をして「なんで刀を作りたいの?私にはわからない。どうして刀なのよ。」と笑いながら答えてくれた。
その笑いに誘われて私も笑った。
私は26歳頃から家を出て1人暮らしを始めた。
その時はまだホームヘルパー制度はなかった。
たくさんのボランティアさんに助けられ、生きてきた。
ある日父は包丁を研ぐ大きな砥石を持ってきて、「これ使え。包丁はよく切れたほうが手を切れないからな。」と言って去っていった。
私はその砥石を見つめ、心がムラムラした。
足で使えるキッチンも父が作ってくれた。
砥石を水に濡らし包丁をそっと出し、左の足の指で持つところを掴み、左足で包丁を静かに押さえ上下に静かに動かした。
包丁の研ぐ音に心が燃えた。
(これは面白い、私の生きがいが見つかった。)と喜んでいた時、ボランティアさんがやってきて私の包丁を研いでいる姿を見て、「え、何をやっているんですか?そんなこと私がやります。小山内さんには危ないです。」と言われ、包丁を取り上げられた。
困ったな、どうやって説明したら分かってもらえるか考えた。
「あなたの気持ちよくわかるけど、危険を冒す自由が障がい者には必要なの。足を切ってもあなたの責任にはしないから、やりたいことは全て私の責任だから。それが自立生活というものなのよ。」と言うと、彼は黙りこくってしまった。
「じゃあ疲れたら言ってね、私やるから。」と言って足元を見つめられていた。
彼はとてもハンサムで私に親切な人だった。
本当はやってもらいたかったが、でもやっぱり私の足でピカピカに包丁を磨かないと心が落ち着かなかった。
何時間かかっただろうか。
包丁は思ったよりピカピカになり、私は泣けてくるほど嬉しかった記憶が今でも残っている。
残念ながら今は足が使えなくなってしまい、私の生きがいを失っている。
でもこの思い出は貴重な経験であり、足を見守っていた彼と少しデートしたこともある。
真剣に生きると男性にもモテる時があるんだなと思った。
生きがいと彼氏を見つけた楽しい思い出だ。
しかし、やっぱり生まれ変わり刀を作りたいという思いは変わらない。
神様、生まれ変わりの世界を作って下さい。
両親に会わせてください。
私に知識を与えてくださった方々にお礼を言えるように会わせてください。
と最近毎日寝る前に呟いている。
私が死ぬという事は決して悲しいことではなく、前向きに死んで行き次の世界に行くということなのだ。
でも今はせっかく生きているから、明日はヘルパーさんと一緒にピザを作ろうと思う。
作り方は全て言葉で説明する。
そして半分個ずつ食べておいしいねと笑い合える日にしようと思う。
みなさん、悲しいことがたくさん起こっているけど、今生きていることが大切だと思うのです。
私は特にたくさんの人たちの手を借り生かされているので、感謝しなければいけません。
でもまた死の恐怖に襲われる時もあるでしょう。
人間、生きていることは必ず死が待っているのです。
でも明日楽しいことを見つけましょう。
ちょっと高いビールでも買い、自分の心に栄養を与えましょう。
国から10万円くださるということですから、心の栄養を買いましょう。
貯金するのも大事ですね。ではまた。