障がい者施設で悩んでいる人に聞いてもらいたいZOOM講演会▶10月30日上東麻子さん講演会「私たちはなぜ殺されるのか?」
知りたくもない、もう一つのやまゆり園での虐待事件
2021年、札幌いちご会が計画したZOOM講演会の三回目が、10月30日に行われる。「私たちはなぜ殺されるのか?」というとても恐ろしいタイトルである。
老人ホームや障がい者施設や在宅の障がい者たちが、虐待を受け殺されたり、けがをしたりしているのが現実だ。津久井やまゆり園のことは、あまり思い出したくはない。しかし、今年も同様の事件が起きている。言ってはいけないことだが、このような事件については正直なところ知りたくもないし、会議を開いても改善されるかが疑問だと私は思ってしまう。
まず、会議に障がい者を入れろ
たぶん、このような会議には、学識経験者や役人や施設長などの、自分で虐待を受けていない人たちで話し合うのだろう。二度あることは、三度ある、四度ある。解決したいなら、会議に障がい者を入れろ!
コロナで差別が高度になってきている
さきほど北海道保健福祉部から「障害者差別解消法認知度調査」なるものが回ってきたが、こんなものは何の役にも立っていない。私は生活の中で障がい者に対する差別が解消されてきているとは全く思っていない。こんなものは言葉の遊びで、70年前と変わらない状況で、なおさらにコロナ禍になって差別が高度になってきている。長時間施錠をしたり、きちんと声をあげて情報を伝えようとする職員たちをクビにしたりするのではないか。「このような事件は二度と起こさない」などと言いながら、繰り返される。
1950年代後半から60年代、私が子どものとき入っていた施設ではどうだったかな?と思い出す。なにかが起きた時にちゃんと言葉にする人と、見て見ぬふりをするひとと、見ても「そんなことは起きていない」とはっきりと否定する人の3種類がいた。
中井やまゆり園についての記事にたくさんの人々がコメントを書いているのを読んだ。多くのコメントは同業の人たちのものだ。
クビにさえされず、生煮え状態で働く職員たちは、「職員当事者」として、声をあげ、語り合おう
知的障がい者に関わるときに、三人ぐらいの職員が必要な時もあるというのは私にもわかる。障がい者側から職員に暴力が起きても何もいわれない現実などを訴えているのを読んだ。そのことも含めて見つめあって、語り合って解決していかなければいけない。障がい者も当事者だが、職員も職員当事者だから、声をあげなければなにも明らかにならない。職員の方にとってはクビになるのは怖いだろう。私は「首になったら他に行けばいい」と思うが、あくまでも私にあるのは障がい当事者の本音である。職員は職員で声をあげるしかない。クビになった職員が集まったら面白いだろうと思うが、状況が人手不足なため、おそらくクビにもならず、逃げることもできないのだろう。生煮え状態。そういう現実はひしひしと感じられるので、みんなで考えるためにも、上東麻子さんの講演会にいらしてください。とくに施設で働いているみなさん、もやもやしているあなたの意見をいちご会に送ってください。上東さんと一緒に考えてみませんか?
10月30日 上東麻子さんZOOM講演会のご案内
「ルポ『命の選別』誰が弱者を切り捨てるのか?」の共著者として優生保護法の歴史や津久井やまゆり園について鋭く書き続ける上東麻子さんをお招きします。以下にイベントの詳細と申込フォームがあります。無料で手話通訳とUDトークによる字幕つきです。
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