愚鈍、饂飩、具丼。
「そんなもの捨ててきなさい。」
母は私に言った。
今となっては思い出せないが、捨ててきたものは真っ白な繭にくるまれた虫の卵だったのかもしれないし、赤子だったのかもしれない。
キタマクラだった。
あの繭と同じような、目が覚めるような白さの清潔なティーカップに紅茶を注ぐ。
注がれた紅茶の水面に映る自分の虚ろな目を眺めているうちに、ティーカップの縁に付着した紅い口紅が、金魚のひれになり、悠々と泳ぎだした。金魚の真っ赤なひれが血のようにも見えて、少しグロテスクだった。
私は子供舌なので、紅茶には砂糖を小さじ三杯とミルクを必ず入れる。そしてティースプーンで反時計回りに5回混ぜる。
紅茶とミルクが溶け合い、夢と現実、自分と他人の境界が曖昧になる。
チャイナドレスと喉仏とすね毛。
去年、ペットのねずみちゃんが死んじゃった。ベランダに、彼の部屋に置かれていたつめたくて重い石が転がっていた。私はその石に煙草の煙を押し付ける。これがきっと彼の墓標だ。
「あのお線香が消えたら、出かけよう。」
あなたはそう呟いた。線香の火はどうしたって消えてしまう。
お葬式のあとはとてもセックスがしたくなる、と書いていたのはどこのどの小説家だったか、思い出せない。
晩ご飯の食卓に、つきひ貝が並んだ。
遠く離れた彼女は今どうしているだろうか。
孤独な彼女のことを思うと、真珠のような涙がぽろりぽろりと、とめどなく流れる。
このなんの役にも立たない真珠が、彼女の濡れた白い首筋を少しでも照らしてくれるのなら、本望だ。