思いの含まれていないストーリーはしらける
ストーリーは突然に
今日は、珍しく早起きをし、朝日を見に行ったけど、あいにくの雲で朝日は見えず。
帰宅すると、オーナーのヒースがコーヒーを飲んでいたので、朝ごはん食べがてら一緒にコーヒーを飲むことに。
行き場のない会話を続ける中で、僕がNZに来て購入したキャンパーバンの話から、キャンパーバンで生活する間、僕と妻の大量の荷物の一部をスーツケースに入れて、この家に置いておいてもいいかと尋ねたところから、ヒースが最近のふところ事情をポツリポツリと話し始めた。
コロナの影響による現実
このシェアハウス到着当初から、12人滞在できる家がたった5人になっている現状をどう乗り切るのだろうかは気になっていた。部屋毎に料金は異なるだろうが、単純に60%程売り上げは減っているはずである。
コロナの影響で旅行産業が大きな打撃を受けていることは簡単に予想できる。家に着いた当時、ヒースからNZの観光業の売り上げの75%が中国観光客によって構成されており、その他のインバウンドビジネスは少なく見積もって90%は売り上げが減っているはずだという話は聞いていた。しかし、僕は政府がきっと何らかの保証をしているものだろうと思っていた。
しかし、現実は厳しく、具体的な数字は聞いていないが、彼は現在既に家賃の滞納をしており、アラートレベルが2に下げられた時に退去しないといけない状況になっているそうだ。そんな理由で、スーツケースを預かることは恐らくできないだろうと言う。
なんとなく、ヒースがあまりご飯を食べていないなあと思っていたけど、背景にこんなことがあるとは思いもしなかった。
シェアハウス管理の苦労
そんな話から、このシェアハウスでの歴史や管理の苦労話を話し始めた。
彼は、滞在者に対し、家に滞在する上でのいくつかのルールを設けている。
例えば、以下のようなことだ。
・キープクリーン
・掃除当番(割り当てられた場所を掃除すること)
・パーマカルチャーに貢献すること(ゴミの分別など当たり前のこと)
・電気や水などの資源を無駄遣いしないこと
僕の到着当初の彼のイメージは、地球に優しい芸術家(彼はギャラリーを持ち、家にも作品がたくさん飾られている)だった。
しかし、彼の話によると、しばしば滞在者達の管理は大変なものだったという。滞在者のほとんどはパーティをしに来て、キープクリーンや掃除のルールは守らない。また、電気をつけっぱなしにしたり、水を大量に使ったりと資源の無駄遣いについて理解されないこともあったという。
300人以上の旅行者を受け入れてきたが、バックグランドも文化も違う様々な人種の滞在者達は、滞在者同士で口論をしたり、時にはヒースと口論を繰り広げたりとたくさんの問題をこの家で作ったそうだ。
そんな彼は、オーナーでもあるが、一緒に住むこの家の滞在者でもある。
彼の言い分では、ただ自分は快適に暮らしたいだけであり、滞在者にも滞在期間中は、自分の家のように扱ってほしいということだけだ。
自分も旅行者であり、旅行者の気持ちは理解しているつもりだという。
普段自分の家で気をつけることをここでも気をつけて欲しいだけだと。
人の考え方が変わる瞬間
さて、このヒースの家の歴史と彼がなぜルールを作ったかの思いの話は、妻も一緒に聞いていた。この話が終わった後、彼女の心境に変化があった。
実は妻は僕より先にこの家に滞在したことがあり、以前、妻が住んでいた縁で、ホテル生活が終わってここに滞在することにした。
当初の妻のヒースのイメージはこうだ。
・ルールから少し外れると、メッセージして注意してくる。
・少々ルールに対して口うるさい。
つまり、小うるさいオーナーで、もう少しラフに自由に過ごさせてほしいというのが彼女の意見だった。
そんな妻が、これまでは掃除やきれいに環境を保つことを義務のように感じていたが、今では、自分から掃除やキープクリーンを実践したいと思うようになったのである。
なぜ、この変化が起きたのだろうか?
彼は、この話を誠実に正直にすることで、妻にこの家での行動を自分ごととして考えさせることに成功した。
つまり、今朝以前までは、妻はサービスを受ける側であり、それをしなければならないことは分かっているが、口うるさくルールだけを言われることで、それをさせられているように感じており、実践することに気が進まなかった。
しかし、彼の決めたルールの真意(ここでは、一緒に少しの間ではあるが、家族のように過ごしたい)を知ることで、滞在する間の行動を自分の家ですることとして認知を変えたのだ。
人は、相手の立場に立ち、どんな思いがあるのかを自分ごととして考えた時に初めて相手の言っていることを理解する。そんなリアルな例が今回の話だと思った。
同じ話を聞いた時、感じ方の違いの裏にあるもの
ここでおもしろいのは、妻はこのルールの真意は以前にヒースから話されていたが、その時は認知を変えなかったということである。何が違ったのだろうか?
今朝のヒースは、この家の歴史をただのストーリーを一つの話として、目的なく語ってくれた。しかし、以前に妻が話された時は、ストーリーの背景に「だから、掃除をしてほしい」といった、ルールに沿って行動させるためだけの何らかの意図を感じていたからだという。ヒースがそのルールを作った「思い」が抜けていたのだ。
今朝の完全にまいっている様子のヒースは、単に思い出話のように、心からその話を共有するためだけに話しているように感じたというのだ。確かに、一緒に聞いていた私もそう感じた。そして、僕らは、彼の「思い」がそえられたストーリーに共感した。
思いの含まれていないストーリーはしらける
人は、「思い」がない意図だけ残ったストーリーを聞くと、しらけ、逆にモチベーションを削がれるのである。何故なら、意図は思いとストーリーに後付けされるもので、先行されるものではないからだと思う。
そこに何らかのストーリーや思いがあったから、それを果たすための意図が出来上がったのだ。
人を動かす・巻き込むためにはそこに思いのこもったストーリーが必要で、さらには、恩着せがましさや別の意図が見え隠れするとよくない方向に働くんだなーということを考えさせてもらった、いい機会でした。
相手に負担を感じさせない贈与とは?
話はそれるが、何となく、この話は贈与の話に通ずる部分を感じた。
思いのこもったお金では買えない行動は、それを受け取る人間にしばしば、何かを与えてもらったと感じさせる。
今回の例でいけば、ヒースは「滞在者同士で楽しく気持ちよく暮らすために、ルールを作り、実践している」。最終的に、妻はその贈与を受け取っていることを認知し、自分も何か受け取った分をこのシェアハウスで返さなければ(ルールを守り、掃除ももっとしよう)という気持ちになっていた。
ヒースとの会話の後の妻との会話で、「この贈与のお返しをどうしたら、彼に嫌な気持ちをさせずにできるのか?」について、少し話したが、まだ答えが出ていない。
これについては、また考えを深めたい所である。
彼は、現在お金に困っている。
しかし、僕らが何かしらの金銭的援助をするのはまた違うのである。
毎日、ご飯を作ってあげることも何となく違う気がする。
相手を惨めな気持ちにさせず、しかし、それによって関係を深められ、お互いが気持ちよくなれるような贈与の方法とはどんなものなのだろうか?
何かいいヒントを知っている人がいたら教えてほしいものです。
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