「仕掛人・藤枝梅安」と「昨日何食べた?」の考察
昭和を代表する時代小説家、池波正太郎の名作シリーズ「仕掛人・藤枝梅安」は、鍼医者の梅安と、仲間の彦次郎のかけあいが魅力のひとつだ。
《めずらしや彦次郎、品川へ出かけ、土蔵相模で女郎を抱いて、流連をしていたらしい。
「彦さん、お前さんにも、そういうところがあるのだねえ」
「冗談じゃねぇ。おれだって、これでも男の端くれだよ、梅安さん」
「なじみの女かえ?」
「うんにゃ、なじみは梅安さんだけさ」》
商売道具の針で悪人を殺す梅安と、吹き矢を駆使する彦次郎。金をもらって人殺しをするだけに、常に死とは紙一重の人生。互いに不幸な過去を抱えつつ、同じ修羅の道を歩む。
「友情」という言葉だけでは足りない感情が、この2人の間に確実に存在する。うまく言語化できないのがもどかしいが、それを「愛情」と言い換えてしまうのは、ちょっと違う気がする。
このシリーズを読んでいて、ふと思い出したのが、よしながふみのロングセラー漫画「昨日何食べた?」の筧史朗(シロさん)と、矢吹賢二(ケンジ)のゲイカップル2人のかけあいだ。
社会の偏見の目に晒されながら、酸いも甘いも噛み分けてきた2人の日常を淡々と描くこの漫画。なんと言っても最大の魅力は、2人が一緒に料理をつくり、談笑しながら、食卓を囲むシーンだ。梅安と彦次郎の食卓のシーンはそれと重なるのだ。
《彦次郎が鰹の入った桶を抱えて立ち上がり、
「梅安さん、まず、刺身にしようね?」
「むろんだ」
「それから夜になって、鰹の肩の肉を掻き取り、細かにして、鰹飯にしよう」
「それはいいなぁ。よく湯がいて、よく冷まして、布巾に包んで、ていねいに揉みほぐさなくてはいけない」
「わかっているとも」
「薬味は葱だ」
「飯へかける汁(つゆ)は濃い目がいいね」
「ことに仕掛けがすんだ後には、ね。ふ、ふふ‥‥」》
読んでいるだけで涎が出てくる描写は、まるで、シロさんとケンジの会話でしょ。
ともにロングセラーとなっている両作品に通底するのは、生きることは食べること、というテーゼ。時代は変われど、この哲学は変わらないように感じます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。