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生きてる?

福本の漫画で、
アカギが
アルツハイマーに侵され、
自殺するまえに言った言葉で、
なんか腑に落ちた言葉があって、

以下抜粋。

くたばるのは無念…
しかし…仕方ないのさ…
これも…!
無念であることが、
そのまま「生の証」だ…
思うようにいかねぇことばかりじゃねえか…
生きるってことは…!
不本意の連続…
時には全く理不尽な…
ひどい仕打ちだってある…!

けどよ…
たぶん…それでいいんだな…

無念が「願い」を光らせる…!

嫌いじゃなかった…
何か「願い」を持つこと…
そして…
同時に、今ある現実と合意すること…!
不本意と仲良くすること…
そんな生き方が好きだった…
たぶん…
愛していた…
無念を…!

「天」福本伸行・18巻より抜粋。

この、「無念」が願いを光らせる…!

これ、
凄いメッセージだと思う

確かに、
希望や願いは輝かしい。
でも、それは、
無念というものがなかったら
生まれなかったのではないか?

光と陰みたいに。

無念とか
上手く行かないことが×で、
希望とか、成功とか、
上手く行くことが○とか、
そういう視点ではなく、
もしかしたら、
生きて行くとは、
アカギの言うように、
不本意と仲良くすること
ではないのだろうか…。

アカギは、
生きることは動くこと…
だと言う。

命ってのは
すなわち輝きであって
輝きを感じない人間は
命を喜ばしていない…
命は意味とか価値とかではなく
一瞬の輝きだ。

どうして
命が喜ばないかといったら、
これまた…至極単純な話…!
要するに、動いてないのだっ!

生きることは、
楽しむか…
楽しまないかだけだ…!

勝負するってことよ…!

何かをして
失敗に終わってもいい…
世間でいうところの
失敗の人生もいい…!

考えるな…!

「負け」の可能性なんて…!
ただ「勝ち」に賭けりゃいい…!
恐れるなっ…!
繰り返す…!
失敗を恐れるな…!
誰だって成功したい…!
分かりやすい意味での成功…

世間的な成功…!

金や、地位、名声…
権力、称賛…

そういうものに憧れる…
欲する…

けどよ…

ちょっと顧みれば分かる…!
それは

「人生そのものじゃない…」

そういうものは全部…飾り…!

ただ…やる事…
その熱…
行為そのものが生きるってこと…!

実ってヤツだ…!

成功を目指すな…
と言ってるんじゃない…!

その成否に囚われ…
思い煩い…
止まってしまうこと…
熱を失ってしまうこと…
これがまずい…!
こっちのほうが問題だ…
いいじゃないか…!

三流で…!
熱い三流なら上等よ…!

あ、そういえば、
思い出した。

J・F・ケネディも
同じこと言ってたな。

「いかなる犠牲、
いかなる危険を伴おうとも、
すべての危険の中で
最も大きな危険は、
何もしないということである」

byーJ・F・K


つまり、生命とは
意味とかじゃなくて、
輝きにつきるのかも…。

なんか、アカギの引用だらけ
になってしまったけど…

最後にまた引用…(笑)

アカギの論旨はこうだ。
アルツハイマーによって
次第に脳細胞が萎縮してゆく過程で…

個性、思考、意志、信念…

そんな自分を自分たらしめている
諸々は永久に失われてしまうだろう。
これは誰にもとどめようがない。
自分自身でなくなった命、
ただ生きている状態、
そんなものに価値はない。
自分が自分であるうちに死にたい。

アカギは言う。

命は二の次…、
それより自分が大事だ。
DNAとやらも含めて…のこの体、
この命が…俺の乗り物だ。

主役はあくまで俺。
命は俺を運ぶ者。

俺が俺を全うするために命がある。
まず…自分ありきだ。
だから…
意識に霞がかかった
訳の分からない状態で
ただ命を長らえるなんてことは…

愚の骨頂。

俺が消えた命に……
どんな意味がある……?
結局…好き嫌いの話だ。
用がなくなりゃ、
消えりゃあいいっていうのは、
俺の個性の話…。

だから、
仮に間違った考え方でも、
今さら別人になれる訳もねぇ…。
50年以上続けてきた俺の在り方…
思考だからよ…。
アカギは
思い通りにならぬ人生に絶望して
自殺を選んでいるのではない。

人生の壁や困難、
病の苦痛から逃避するため
に死ぬのではない。

これが例えば
癌などの病であったなら、
アカギは意識を保てる限り、
生きようとしただろう。
しかし、アルツハイマーは
脳が破壊されてゆく病である。

心という機能を担っている脳が
壊れて死に至る病なのだ。

アカギが恐れるのは
死そのものではない。

自分が自分で
なくなってしまうこと。

ただそれだけを
強く否定するのである。

また、アカギは
誰もがこうするべきだ、
と言っているのでもない。
正しいとか間違っている
という話でもない。
自分がこうしたい、
というただそれだけの話なのである。

生きることも死ぬことも、
自分の命に関して
決定権を持つのは自分だけだ、
ということなのだ。

個別である、
生も死も各個人が
己自身についてのみ好きにすればよい、

という極めつけの
個人主義がアカギの生き方
(死に方)なのだ。


これ、ほんとよくわかる!
自分が自分である為に選ぶ自殺
別に、
自殺を美談にするわけじゃないんだ。

自分は美学を選択するだけだ!

自暴自棄な選択じゃなく
美学を持っての自殺だ。
自殺がいけないとか
そういうことをいうやつがいるが、

世の中には
美学の上に
死を選ぶ人種だっているのだと思う。

※個人的意見です。

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