長崎の8月9日。
この投稿に書いた文章を、こちらにもコピペしておきます。
2024年8月9日長崎平和祈念式典への各国の対応
長崎市長が平和祈念式典へのイスラエルの招待を見送ったことから、G7主要7カ国の大使もこぞって不参加を表明。
このニュースが8月7日の世界を駆け巡った。
この件については立場によって賛否が分かれるものである。
ただ、市長が何を最も尊び、何を最も大切にした上での判断だったのかということだけは、私は誤解せずにいたいと思う。
それは、長崎市民の思いと同じだからだ。
ご高齢になった被爆者の方々が、この暑さの中でも参列なさる。
これから何度の8月9日の夏を共に過ごせるかわからない。
そんな中で、この鎮まり祈る時間をあらゆることから守らなければならないというお考えなのだと理解した。
市長にとっての8月9日
以下、市長の8月9日に対する思いが垣間見える記事を貼っておく。
市長の祖父は被爆後の長崎を焼け野原から立ち上がり復興の道を力強く歩んだ時の市長である。
ご家族の中にもこれだけの原爆にまつわるエピソードがある。
長崎にとっての8月9日と私の距離感
長崎の人たちがどれだけ原爆の痛みと共に生きてきたかということは、外から見る私たちには決してわからない。
私は、決して当事者以外が冒してはならない部分があることを感じている。
それは疎外感ではなく、この街に対する敬意として一歩引く礼儀である。
とても近い距離にあって感じる聖域だからこそ、私はそれを非常に敏感に感じるし、尊重したいと思うのかもしれない。
私は今回の判断がいいとか悪いとかを裁くことはできない。
まずは、どのような経緯があり、どのようなやりとりがあり、どのような仮説を立てて考えた上で判断したのかについてなど、確認しなければならないことがたくさんある。
メディアなどを通して与えられている二次情報だけではわかりかねるので、それらについての情報収集や判断は8月9日を終えてからでも良いかと思っている。
前夜に行われる「原爆殉難者慰霊祭」
今日の夜は爆心地公園にて行われた「第52回原爆殉難者慰霊祭」に参加した。
この会では世界中の様々な信仰を持った方々が集まり、それぞれのやり方で平和を祈る。
巫女さんが舞を舞い、カトリックの聖歌隊が聖歌を賛美し、イスラムの聖職者がメッセージを述べ、お坊さんが祈りを捧げる。
様々な立場ながら、一つの共通する祈りのために集う。
無差別に奪われた7万を超える御霊の平安のために、そしてそんな残酷なことを行なった過去を忘れないために。
今起きている戦争が1日も早く終わることを願い、二度と争いが起きぬ世を希うために。