婦人靴メーカーの三代目が作る、夢と希望がつまった「メンズスニーカー」
株式会社インターナショナルシューズ(大阪市浪速区)
大阪市浪速区にある「インターナショナルシューズ」は革の裁断から仕上げまで一貫で行うレディースシューズのメーカーです。祖父の創業した会社に5年前に戻ったという上田誠一郎(うえだ せいいちろう)さんの挑戦とは。
婦人靴販売店勤務から家業に戻ることにした理由
「学生時代から洋服やファッションが大好きで卒業後は高級婦人靴ブランドに就職し、靴の販売をさせていただきました。入社2年後には副店長を担当させてもらうようになり仕事はとても楽しかったです。店舗の皆様やお客様には本当に可愛がってもらいましたから、当時は家業に戻ることなど全く考えていませんでした。
しかし、もっと大きな舞台でマネジメントに挑戦したいという思いを抱いたことと、靴を作る側に身を置きたいという思いがどんどん大きくなって、家業に戻ることに決めました。
と言うのも、お客様から甲が痛いとか、ブーツの筒が入らないといった店舗では対応できない要望があり、悔しい思いをたくさんしました。お客様はすごく気に入っていただいているのに、履けない靴がある。それがとても悔しくて、私が作る側に回ってここを改善できたら、もっと良くできるんじゃないかと思いました」
大阪市浪速区・西成区は靴メーカーの集積地です。祖父や父、会社の職人さんなどいろんな人がこの地区で頑張って家業を支えてくれたので今の自分がある、という上田さん。
しかし、いざ家業に戻ることを決めてみると、周りの声は反対ばかりでした。
「厳しいからやめておけ。戻ることはない。今の会社にいたら安泰じゃないか」
そんな声を跳ねのけ入社を決断した後に、上田さんが知ったのは200を超える複雑な製造工程とその一つ一つの技術の高さでした。
「自分自身が知っておかないと、靴のことを誰にも伝えられない」
そんな思いで、職人さんに教わったり週末を利用して学校に行くなど靴づくりを一から学び始めた上田さん。やがて自身で靴の木型も作ることができるようになりました。
細やかな手仕事と、複雑でゴツいマシンから生まれる靴
靴づくりはこの木型から始まります。
木型に描かれたたくさんの線は『基線配列(きせんはいれつ)』と呼ばれるガイドの線。婦人靴、特にパンプスの設計で一番難しいのはヒールの存在です。
「ボールガウスと呼ばれる小指の一番出張った部分と親指の出張った部分をつないだ線から、垂直に測って何ミリのところ何度の角度でヒールの中心を持ってくるかなどの細かい設計上のルールが存在します。そのルールに従うことで靴ズレを起こさず脱げにくい靴が生まれます」
原料となる革についても学びました。
この仔牛の革から取れるのはブーツだと1足、上手に取ることができても2足分くらいです。もっとたくさんの靴が作れそうな気がしますが、お腹に近い革は薄く柔らかすぎて使えなかったり、革の下地に見えない傷が潜んでいたりするため、実際に使用できるところはわずかです。
さらに、どこを裁断するかによってブーツの見え方が変わってしまったり、裁断する場所によってはブーツの筒がまっすぐ立たないことにもつながります。
それらを吟味すると結果的に革の良いところしか使うことができない、ということになります。
インターナショナルシューズの靴を作っている現場を見せてもらいます。
こちらは裁断を担当する職人さん。
革を触って引っ張り、また触りながら使える場所を探しています。
合成皮革は工業製品なので、何枚も重ねて一度に型抜きしていくので作業も効率的です。しかし、本革の場合は一枚一枚革の状態や向きをチェックしながら作業を進めなければならない。そのためどこを裁断するのかが靴の品質を決める、と言っても過言ではありません。
ブーツの製造では裁断の後、平らな革を立体化する「クリッピング」という工程に進みます。
裁断した革をより曲げやすくできるように柔軟剤をふきかけます。形状記憶機能を持つ特殊なシートを革に貼り付けてから、クリッピングの機械に通します。
クリッピングの機械は、いうなれば平面の革を立体化するための革用のアイロン。3枚の鉄板からなる特殊な機械に挟み込み、熱と圧力で平面の革を立体にしていきます。革の材質や固さによって、鉄板の温度やはさみ込む力も調整します。
ブーツの甲となる曲げた部分の角度をチェック。冷めると角度が変わってしまうので、熱いうちに見極めていきます。
この段階で曲げる角度がパターン設計通りなっていないとキレイなシルエットにならず、ロングブーツにいたっては筒がまっすぐ立たなくなってしまいます。
次にクリッピングで立体にした革を職人の手で、一枚一枚靴のサイズにあわせて裁断していきます。
多くの製造メーカーは効率を求めて刃型でガチャンと抜いておしまいですが、刃型での裁断は本革はズレが生じてしまうことがあるため、すべて手でカットしています。
革にラインを引きます。
急な角度の曲線よりも緩やかなカーブを裁断する方が難しい、と職人さんが教えてくれました。
一足一足手で裁断していくととても手間がかかりますが、切ったサイズが正確だと完成した時に高級感の漂うブーツになります。
「革すき」という工程は、パンプスの履き口を作る時に行います。
回転刃がついたミシンに似た機械で革の断面を斜めにスライスしていきます。革をすくことで厚みを薄くし、革を折り畳んだ時に膨らんでしまうのを防ぎます。
すいた部分に裂け防止のための芯材を貼り付けます。履き口のカーブに沿うように細かく切れ目を入れ、裂け止めのテープを貼っていきます。
ミシンで革を縫います。
デザインによって使い分けるため、太さが違う糸と針が何種類もあります。
細い糸で縫い目のピッチを細かくすることで仕上がりが優雅になったり、太い糸を使うとカジュアルに仕上げることができます。
完成した靴の甲の部分を「アッパー」と呼びます。
続いては、靴の底部分を作る「底付け」という工程で、この底付けもさらに細かい作業に分かれています。
まずは「仮釣り」工程。木型にアッパーをかぶせて、靴の底部分まで抑え込む。
木型にかぶせて、革を熱と蒸気でほぐします。
その後、変形ロボットのようなこのマシンに通します。このマシンが行うのは靴のつま先部分の立体化です。
アッパーをかぶせて木型を機械にセットします。機械の中にあるクリップが革を挟んで靴底の方に革を引っ張ってくれます。引っ張られた革が靴底にくっつくことで木型がアッパーに包まれた状態になります。このマシンは「トーラスター」と言います。「トゥー(つま先)」を「ラスティング(釣り込む)」するからです。
「すごい力で引っ張るので、革に潜んでいた傷がこの段階で出てしまうことがけっこう多いんです。先の尖ったパンプスなどは、革の状態がよくないと、引っ張られた時に木型が貫通します。ブーツでは引っ張り加減で筒の高さが変わってしまうこともあるため、その革やデザインに適した引っ張り加減の見極めが大切です」
続いて「本釣り」の作業。
機械で引っ張った状態の靴をさらに一足ずつ手直しで、人の手でまとめていきます。革は一枚一枚の伸びが違うため、機械ではなく職人の経験と感覚でしかできない工程です。「釣り込みシロ」と呼ぶ底側から見える革をペンチのような道具でつま先、真ん中あたり、かかとは何ミリというように引っ張ります。それぞれの部位ごとにパターン通りに仕上げると、寸法通りの靴になります。
靴の内側も美しく見せるために「ライニング」と呼ぶ靴の裏革を引っ張ります。こうすることで靴になった時に表面も内側にもシワがない美しい靴になります。
また、革の内側を引っ張ることによってより木型に密着し、木型設計通りの脱げにくい靴になります。婦人靴では特にこの「脱げにくい」という点が大事で、このように革の裏側を引っ張っておくと木型に革がピタッと吸い付いてきます。
「紳士靴だと紐で調節できますが、パンプスは1ミリにこだわって作ります。そこが難しいところですね」
つま先を機械で引っ張った後、今度はかかとを引っ張る「ヒールラスター」。
かかとの高さを調節し、引っ張った革に一気に釘を打ち込みます。
回転する石のロールで靴底部分にある革を削る「バフ」という工程。
アッパーと靴底をつける工程で糊が接着しやすくなるように、不要な部分を削り落とし平滑にする作業です。
糊をつけて靴底を貼っていく「底貼り」工程です。
ラバー底の場合、糊を塗っただけでは接着しないので、まずは馴染むように特殊な溶剤を用いて前処理をしています。
糊の圧着をより強力にするために底を温める。
ベタベタの状態でも乾きすぎてもいけないので、ほんのり湿りを保った状態にしておきます。
バキュームの力で圧着。
こちらはヒールに釘を打つ機械です。
機械の角度を慎重に調節し縦・横・高さと三方向すべてがきちんと揃わないと、釘がキチンと入ってくれません。細く高いピンヒールでは、角度が少しズレるだけで釘がヒールから出てきてしまうこともあります。
さらに、パウンディングと呼ばれる機械でヒールと靴の境目を目立たなくしていきます。
「婦人靴ではかかとからヒールにかけての曲線美が靴の美しさを決める、と言われます。スポーツカーやクーペタイプの高級車が美しいように、ヒールの高さが増すほどこの曲線の美しさが大事なんです」
3cm以上のハイヒールを製造する際には、定められた試験場にサンプルを提出しヒールの強度試験検査を受けます。合格したものでないと製造を進めることはできません。
「人の健康と安全に関わることで、依頼先にはヒール強度試験の合格結果を送ります。それではじめて生産開始ができるんです。私たちはファッションを作る企業であると同時に靴づくりのプロとして、まず人々の身体の健康と安全を最優先に考えたものづくりをする社会的責任があります。見た目は同じでも目に見えない部分にどれだけコストと責任が詰まっているか、それが作り手としていつも大切にしていることです」
底づけが終わると靴から木型を抜きます。
中敷を入れながら同時に靴の点検も行います。
いよいよ最後の「仕上げ」工程。靴を磨きながら最終検品をしています。
きれいに掃除した後、120度くらいの水蒸気入りの熱風で表面のシワを引き締めていきます。熱によって引き締まるという革の特性を生かしています。
靴づくりは職人たちのチームプレーの結晶
当社には10年前に販売した靴が修理に戻ってくることがあります。完全なひび割れや破れを除けばある程度修復は可能です。穴さえ空いてなければ貼り替えもでき、中敷も貼り替えるなどメンテナンスすれば、革靴ならば長年履き続けることができます。
「靴づくりは、バトンをつないでいく職人たちのチームプレーの結晶です。当社の職人たちはすべての工程を一通りできる上で、自分の担当領域を持っているすごい技術を持った集団です。その技術は先輩から彼らに受け継がれて、やがて誰かに受け継がれる。ですから、これからもバトンタッチしていけるようにしていきたいと思います」
上田さんの目指す理想は、職人さんが伝統を継いでいく姿。
「一緒に働く仲間が豊かになれるようにしたいな、というのが今の一番の願いです」
私たちの作った靴で、素敵な出会いや素晴らしい人生を
上田さんは現在スニーカーづくりに挑戦中。
「私自身セットアップを着ることが多いので、ビジネスでも履くことのできるスニーカーを探していました。しかし、2~3万円の価格帯のビジネスラインで履ける靴がなく、ずっと欲しいなと思っていました。そんな風に自分自身が欲しいものを作りたい、というのが今回の挑戦のきっかけであり、お客様から『メンズをやって欲しい』という声をたくさんいただいた。それでやってみようと決めました」
婦人靴とメンズのスニーカーは同じ靴でも、微妙に違うところや慣れないことも多く、現在は試行錯誤の状態です。
「靴のサイズが大きくなると作業する機械のサイズも変わり、その後の全部の工程にも関係します。素材の使い方や細かいところの修正点はいっぱいありますが、このスニーカーが完成したら新しいフィールドにチャレンジしたいと考えています。OEMは大事な基盤ですが、その中に自社製品の割合を少しずつ増やしていきたい」
当社がどんな背景でどんな想いで靴づくりをしているかを知ってもらいたい、世界中に何万足も流通する靴の中から私たちのブランドを選んでもらいたい。しかし、それをどうやって伝えていくかが課題です、という上田さん。
「好きな言葉は『素敵な靴はあなたを素敵な場所へ連れて行ってくれる』。映画で有名になった言葉です。
お客様にお届けする時には、その言葉に続けて『私たちの作った靴を履いたあなたがこれから素敵な出会いや素晴らしい人生を歩めますように。そして、私たちの作った靴があなたの足元にいることを願っていつも作っています。』と書き添えるようにしています」
このスニーカーは、履く人や一緒に働く仲間たち、そして上田さんを、どんな未来に連れて行ってくれるのでしょうか。婦人靴メーカーが作るメンズスニーカーの完成を楽しみ待ちたいと思います。
婦人靴工場が手掛ける
レザースニーカー(brightway)
社名:株式会社インターナショナルシューズ
住所:大阪市浪速区大国1-11-20
連絡先:06-6641-2714