幸せを手に入れる最後の方法 ~2年間のカウンセリング実録~ 30.宝物の時間
突然、咲笑ちゃんからメッセージが届いた。
最後に僕がメッセージを送ってから3カ月が経過していた。
「まーくん、お久しぶりです。
まだ大阪にいますか。」
「咲笑ちゃん、久しぶり。
まだ大阪です。何かありましたか?」
僕はそこに、また苦しみに耐えかねた言葉があると思った。
でも次に送られてきたのは、僕が想像していない言葉だった。
「報告しないといけないことがあります。
死ぬのをやめました。」
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咲笑ちゃんの告白には驚かせれることが多かったが、今回が最大の驚きだった。
僕は驚きと喜びを精一杯抑え、返信した。
「ありがとう。最高の報告です。
咲笑ちゃんのなかで、何か大きな変化があったんですね。」
「はい。
死ぬのが勿体無く感じられることがありました。」
「生きていたいと思わせてくれる出来事があったんですね。
生きていないと味わえないこと、生きていないと出会えないことがあると思わせてくれたんですね。」
「はい。
恋をしています。
私の存在を涙を浮かべて望んでくれる人がいます。」
恋の力って凄いなと感じながら、僕はあの失言をした日に背負った重い荷物を、やっと下ろせたような気がしていた。
「素敵な人に出会えたんだね。
嬉しい出会いです。ほんとに良かった。」
「はい。ありがとうございます。
これまでの、まーくんとのやりとりを読み返していました。
助けてくれてありがとう。」
「これまで生きてきたのは咲笑ちゃん自身の力だよ。
でも、僕が少しでもその役に立てたのなら、心から嬉しく思います。
咲笑ちゃん、頑張ったね。
ありがとう。生き続けてくれて、ありがとう。
差し支えなければ久しぶりに会って話を聴かせてもらいたいと思うけど、いかがですか?
恋をしてるから逆にNGかな?
断っても別に気を悪くしたりしないので、よかったら考えてみてください。」
「いえ、お礼をしたいと思っていました。
ひとりでは彼に出会うまで持ちこたえられませんでした。」
「ではよかったら、心からの、そして最高の笑顔を見せてください。
それが何よりの報酬になります。」
「はい。ありがとうございます。また連絡します。」
ところが僕たちの再開は、ここで少しだけ遠回りをすることになる。
約束の日が近づいたある日、咲笑ちゃんからメッセージが入る。
「すみません、病気になりました。別日にしていただけますか?」
「もちろんです。身体は大丈夫ですか?」
「だめです。
口の中が全部腫れて、食べられません。
内科、歯科と廻って明後日口腔外科に行きます。
ずっとこうなることを望んできたので、本当に生きる意志があるのかを試されているのだと思います。」
「なるほど。苦しいね。
でも試されてるならしっかり乗り越えて、生きる意思を示そうね。
無理しないで、身体を労ってね。おだいじに。」
「ヘルペス性口内炎症でした。
22年間、死を望んできました。
ここで命を取られたらそれまでだ、と思っていましたが、死ぬ病気ではないようです。」
「連絡ありがとう。
今度は生に執着する時間を過ごしましょう。
しばらく身体を大事にして、ゆっくり回復していきましょう。」
咲笑ちゃんの回復は思いのほか遅く、会える日はなかなか決まらなかった。
そうこうするうちに、思いがけないことに僕はまた転勤することが決まった。
たった半年での転勤。あり得ない短さだった。
僕はいろいろな人達と挨拶をすませながら、しばらくは通えなくなるであろう日本メンタルヘルス協会にもリピートに行った。
日本メンタルヘルス協会の講座は、何度聴いても気づきに溢れている。
自分が悩みを抱えている時には、不思議なほどそれが大きくなる。
お別れの挨拶のつもりで受講した講座だったが、そこにもやはり大きな気づきが用意されていた。
日本メンタルヘルス協会の代表、衛藤先生による体験講座。
もう何度も聴いている講座だった。
そして、いつも話が変わる衛藤先生からも、何度も伝えてもらった「積もる前に溶けていく雪」の話だった。
でもそこには、この時の僕が必要としていた言葉があった。
僕が求めていた言葉だった。
自分の心の中が整理され、感謝と共に僕は母校を後にした。
そのとき出会えた言葉と気持ちは少しだけ自分の中で咀嚼をして、お別れを伝えた人達への追伸として、翌日感謝の気持ちを込めてSNSに投稿をした。
「-追伸(Post-script)-
今日、再び大阪を後にします。
前回、2年半の大阪滞在は自分の心に向き合う時間だった。
たくさんの人と知り合い、仲間に恵まれ、自分の寂しさや弱さを知る時間だった。
ずっと求めていた居場所に出会えたから、覚悟していた筈の転勤がすごくつらかった。
今回、思いがけず来ることになった大阪の滞在期間は半年に満たないものだったけど、なぜだろう…心は意外とすっきりしてる。
面白いことに、この5ヶ月の間に知り合ったなかには東京や福岡の人がたくさんいた。
そしてその5ヶ月という時間で、僕は『愛されない』という無意識の囚われから抜け出して『愛されている幸せ』を感じ味わうことのできる自分に生まれ変わることができた。
だから、新しく知り合った東京の人にも福岡の人にも、もちろん大阪の人にも、とても感謝してる。
でも、その思いは少し罪悪感を伴うものだった。
だって僕の心を溶かしてくれたのは、前回の大阪で僕に居場所をくれた人達であるべきだと思ってたから。
何度も耳にしていた話だけど…
雪が積もるとき、最初に降った雪は積もらずに溶けていく。
でも溶ける雪が地面を冷やしていくことが、雪が積もる条件をつくってくれている。
溶けていく雪は決して無駄ではない。
最後になって、やっと気付けた。
仲間達が僕の心に温かく雪を降らしてくれていた。
僕の心の土台を作ってくれていた。
だから今、僕の心にはその優しい雪が積もってるんだ。
綺麗な雪で満たされてるんだ。
罪悪感から解放された今、前回知り合った仲間達に、そして今回知り合えた人達に、あらためて伝えます。
僕の心を溶かしてくれてありがとう。
僕の心を愛情で満たしてくれてありがとう。
おかげで僕は今、本当に幸せです。
この半年は、幸せを手に入れた時間でした。
掴み損ねていたものに気付けた時間でした。
心残りだったことを拭い去る時間でした。
そして、新しく生まれ変わった宝物の時間でした。
この時間を追加してもらったことで、やっと気付けたこと、手にしたことが、これからの僕を前に進ませてくれます。
本当に素敵なプレゼントを貰いました。
もうどこに行っても大丈夫。
ただただ感謝です。
ありがとう。
またね。」
幸せを手に入れる最後の方法
~2年間のカウンセリング実録~
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
カウンセリングの終わりは唐突に訪れました。
そして僕の力とは全く関係ないところで、咲笑ちゃんは生きる意味を見いだしてくれたんです。
これは、残念なことではなく、とても素晴らしいことでした。
僕に頼らず前に進む力を得たのは、他でもない自分自身なんですから。
次回はまた明日更新します。
咲笑ちゃんとの再会を果たし、咲笑ちゃんの幸せがたっぷり語られる『彩りに満ちた世界』。
是非ともお楽しみください。
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