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幸せを手に入れる最後の方法 ~2年間のカウンセリング実録~ 15.悔やみきれない失言③

 翌週、僕は咲笑ちゃんと直接会って話をする機会を手にしていた。

日本メンタルヘルス協会プロコースの公認面接。

公認心理カウンセラーとなることが、僕にとってのひとつの区切りであり、当面の目標でもあった。


 面接までの短い時間ではあったが、このチャンスを逃す訳にはいかないと、もう二度と失言を繰り返すことは出来ないと、僕は全力で彼女の話を聴いた。



 この日に僕が意識していたのは、咲笑ちゃん自身が未来に持っていた夢を聴くこと。

未来の話は彼女が生きることと直結し、それを彼女自身が口にすれば、生きる力になってくれるかもしれない。


 咲笑ちゃんは、思い描いていた未来について、またそれを手に入れるために自分が取るべき行動について、たくさん話してくれた。


 お母さんになるのが夢で、子供には自分で自分の人生に絵を描けるように、本当の人生を生きていけるように、そして海外でも発音しやすく覚えてもらいやすい『絵真(Ema)ちゃん』という名前をつけようと思っていた。

でも自分らしく生きるためには日本では難しいかもしれない。

ほんとはカナダに行きたい。

そしてカナダに行くためにはお金を稼がないといけない。

そのための力が今の自分にはない。

身につける力は何がいいか…。

日本メンタルヘルス協会でプロコースに通って、自分の英語力を活かして外国人向けのカウンセリングを行うか、いま誘われているエステの技術を身につけるか…。

いずれにしても身につけたものを持って東京に出て、まずはそこでお金を貯める。



 過去を振り返るのではなく未来に目を向けた話ができた。

たくさん話をしてもらえた。

考えていた通りの話ができた。
 


そのうえ、これまでとは少し違う話もできた。


「私なんかが生きてるのは申し訳ない。
死にたくないのに命を失う人はたくさんいるのに。

もっと生きていたいと思いながら死んでいく人達に、私の命をあげられたらいいのにって思う。

私は生きてるのが嫌だから、少しでも私でいないようにするために、ウィッグをつけて出かけたりするの。

私、周囲には『日本人としての誇りを忘れちゃいけない。』とか言ってるのに、自分は日本人じゃないように見せて生きてるの。」



「病気で死んでいく人たちに自分の命をあげたいって思うんだね。

咲笑ちゃん自身が生きていたくないって思ってるから、生きたいと思いながらも叶わない人に申し訳ない気持ちにさせるのかな。」


「うん…。でも…、そうか。

『死にたい』って思うことは人間として正常な状態じゃないのかな?それもある意味病気なのかも。
だから正常な状態に戻さないといけないんだね。」



「うん、そうかもね。
死にたいと思いながら生まれてくる人はいないもんね。

咲笑ちゃんも、生きようという生物としての本能を持って生まれてきた筈だよね。

そんな思いを取り戻したいね。」


 しかし、こんなにたくさんの話を聴かせてもらえても、考えていた通りの話ができても、この日のカウンセリングを終えた後の僕には「これで良かったのか?」と若干の後悔が残っていた。


 何故ならこの日、咲笑ちゃんは一度も涙を見せなかった。

苦しんでいた咲笑ちゃんは、他にもっと話したいことがあったんじゃないか。

それを吐き出す機会を僕はまた奪ってしまったんじゃないのか…。

結局、僕自身が不安と迷いから抜け出せないまま、貴重な一日は終わっていった。



「まーくん、この前は忙しいなか会ってくれてありがとう。

母は先週のお誕生日からご機嫌です。

『今日はお仕事?』と聞かれたから、『ないよ。』と答えると、『じゃあ精神科は?』と言われました。

『荷物が来るから家にいる。』と嘘をつきました。

のっそり起きて顔を洗っていると突然、家の中の扉が開いて母が入ってきたの。

顔を洗っていたから水の音で全くなにも聞こえなくて、すごくびっくりした。

びっくりしたことを伝えると、『玄関開ける時にやっほーやっほーって言ったのに。』だって。

『お雛様を玄関に飾りたい。』と、好きなように飾って『こうしたかったの。』とご機嫌で帰っていきました。

私はバレンタインデーの贈り物のチョコレートを渡しました。

ちゃんと善き娘が出来ました。

祖母にされて嫌だったことと全く同じことをしてることに本人は気付いてません。

虐待の恐ろしさです。

やっぱり絵真ちゃんには会えなさそうです。

(うちにはインターホンがあります。もちろん鍵をしていました。)」


「お母さん、怖いね。
自分の行動に疑問は持ってないんだろうね。

でも咲笑ちゃんは、その連鎖に気付いているところが既に違うとは思うけど。

いろいろ話を聴かせてくれてありがとう。

咲笑ちゃんにはまだ、いろんな選択肢があるね。

未来に向けて自分がしたいと思うことを、しっかり選んでいこうね。」











幸せを手に入れる最後の方法
~2年間のカウンセリング実録~



最後までお読みくださり、ありがとうございました。


『死にたい』って思うことは正常な状態ではない。

この言葉は、このあとずっと僕の支えになってくれました。

この言葉があったから僕は、生きることを諦めようとする咲笑ちゃんにこのあとも向き合うことができたんだと思います。

苦しい闇の中だから見える光がある。

この光を見ることができて幸せでした。



次回はまた明日更新です。

よろしければ是非おつきあいください。

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