老人の古本屋
キトラ文庫・安田有
古本屋を始めてから30年以上が過ぎた。
いままで色々な職業を転々としてきたが、結局古本屋が一番長く続いた職業ということになる。長く続けられたのはやはり本が好きだったということに尽きるように思う。
時は過ぎゆく、歳は重ねるとわかっていても、実際にそうなってみるまでは実感がない。気が付いた時にはもう遅い。浦島太郎状態なのだ(龍宮体験をしていないのに)。もっと早く引退するつもりだった。無我夢中で商売に勤しんでいるうちに気が付けば老人になっていた、というのが正直なところだろう。
かつて年配者の経験や知恵が活かされるという時代がたしかにあった。わたし自身もそのように先達の知恵と経験に学び、盗みしていままで生きてきたのだった。しかし現在では古い知恵や経験はむしろ邪魔な存在なのだ。急速な技術革新やネット社会がもたらした構造変革の帰結である。老人の知恵は役に立たないどころか、ゴミ、断捨離の対象なのだ。古書業界においてもしかり。
ではどうすればよいのだろうか。自分自身で、老人自身で解決していくしかないだろう。や~めた!古本屋。それもひとつの解決法ではある。それとも老人の古本屋として継続していく。古本屋の老人として生を全うする。
いやそんなことは自然の成り行きにすぎないだろう。放っておいてもそうなる運命なのだ。
「ゆかねばなるまい」と決意を新たにするボケ老人。「亀を助けないで龍宮城に行くぞ! 乙姫様から買取り依頼があったのだ。」
依頼文面・水に濡れることのない秘蔵の古文書がございます。ヤマタイコクおよびヤマト政権の謎と秘密がこの文書によって明らかになることでしょう。あなたに多大な益をもたらすと同時に、日本国にとっても貴重な文献になると確信いたします。つきましてはあなたの庭の小池に蛙を遣わしました。ちびっこ蛙ですが、勇気と知恵の持主です。彼の案内に従ってどうぞ龍宮城までお越しくださいませ。ただこちらもコロナ禍ですのでタイやヒラメの舞い踊りはございません。わたくし自らの舞い踊りにてごめんあそばせ。かしこ。