薬指
あなたが指輪のあったところを指でなぞるのを眺めていた。そこには長年つけていた名残の癖が残っていて、外した今もなお存在を主張し続けている。
いつもの喫茶店。いつもの場所。いつもの景色。なのにあなたの指にいつもの指輪がない。
指輪の跡はどれくらいでつくのだろうか。
指輪の跡はどれくらいで消えるのだろうか。
私の視線に気付いてあなたは困ったように笑って、落ち着かなくてねとポツリと言葉を落とした。
その指輪はずっとそこにあるものだと思っていた。それが視界から消えるとは思っていなかった。だから私も落ち着かないので、私もと言葉を返した。
その指輪をとても誇らしげに初めて見せてくれた日のあなたの顔も。
涙を流しながら指輪を外した日のあなたの顔も。
そのどちらもが美しく見えた。
そしてその顔を見せてくれるのが私だけだという事も喜ばしくはあるのだけれども、でもその指に新たに指輪をつけるのはきっと私じゃない。
彼女にとって私は長い付き合いの友人で、それ以上でもそれ以下にもならない。そんなことはわかりきっているのだ。
苦い思いをコーヒーで飲み下す。普段なら頼まないようなめちゃくちゃに甘いものを頼んでおけばよかった。
あなたはふふっと小さく笑っていつもの紅茶を飲んだ。砂糖もミルクも入れないストレート。
「でもねぇ…ステンレスの指輪をプラチナとか言って渡してくるようなくず男だったから別れて正解だったのかもしれないわ。しかもキュービックジルコニアをダイヤと言い張る馬鹿だもの」
「私ならちゃんとプラチナにダイヤのおっきいやつあげるけど?」
冗談交じりに笑いながら。ちゃんと笑えてるかはわからないけど。
あなたも少し困ったように笑って、でもねと言葉を続けた。
「もう自分で買っちゃおうかなって思ってる。騙されてて悔しかったから」
「…悔しかったから買うの?」
「そう。おかしいかな?」
あなたが首を傾げているのを見ながら、どう言えばいいのかわからずに笑うしかなかった。