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前十字靱帯断裂から手術への日々:2

不安

手術をした方がいい。

そう言われても、人生初の手術にはやはり不安と恐怖がともなう。
手術の怖さや膝の痛みに対する不安もあるが、

・元のようにスポーツができるのか
・どこまで回復するのだろうか
・どれだけ痛い??

不安をあげればキリがない。
それでもやっぱり、

・好きなスポーツをもう一度やりたい
・コートに立ちたい
・試合に出たい

自分なりの目標があった方が原動力になる。

では、手術までにどうなっているのが良いのか。

それは、

 正常の範囲に戻しておく

靱帯を切った本人がいちばんわかると思うが、切る前と切った後で
以下の状態が大きく違っている。

・腫れ
・膝を伸ばした時の角度
・膝を曲げた時の角度
・膝上から太ももまでの筋力
・一人で歩く
・膝を動かすのが怖いという恐怖心

だから、手術前も手術後も少しずつ戻していく。



靱帯断裂から2週間経過。手術の2週間前

4月12日
今日は術前検査を受けるために入院先の病院を受診する。

検査の内容は以下の通り。 
・血液検査
・尿検査
・胸部レントゲン
・薬剤師からの説明
・再度検査結果から医師の説明

検査結果で特に問題はないため、手術の説明を再度受ける。

前十字靭帯再建術。
膝の裏側にある一番影響の少ない部分(半腱様筋)から靭帯を取り、2本束にして人工靭帯でつなぐ。上側の大腿骨側にはボタンのようなステープルで人工靭帯の端を固定し、下側の脛骨側はスクリューで固定する。スクリューを取るには再度手術が必要となるため、基本的に問題がなければ、取らずにそのままとなる。

また膝が腫れてぷにぷにするので、先生に相談してみる。
「ここがまた腫れてきたんですけど」

すると

「じゃ、またちょっと抜いておこうか」

と注射器を準備をする。

先生が膝の外側のぷにぷに部分を軽く押しながら、針をぷすっっ。
注射器に薄紅色の透明の血がじわじわとたまっていく。
血というよりはさくらんぼジュースのようなきれいな色。

初日に抜いた時は、赤く濁った、でも血液検査で取るような濃厚な赤色ではなく、少し乳白色を混ぜたような赤だった。
1本目がいっぱいになる。

ピンセットで針を押さえたままシリンジ(外筒)部分を交換する。
2本目、またすーっと血がたまっていく。

「もう1本いけるかな…」

と言いながら、もう1本交換。
最終的にシリンジの1/3くらいまできた55mlが抽出された。

血を取り出した後、目に見えて腫れがスッとなくなり、触ってもぷにぷに感はもうない。

しかもその後、

 膝が曲がる!!

階段を降りる際に膝が曲がらず歩きにくい。トイレの便器に座るのに両膝をいっぺんに曲げられなかったのが曲げられる。
それがたったこの1〜2分の処置でできるようになるのは、一種の感動に近い。

感動はさらに続く。
リハビリで壁にもたれて膝を引き寄せる。どんなにがんばってもかかととおしりの間がペン2本分以下にはならなかった距離が、一瞬でペン1本分、つまり半分まで近づいた。

「曲がるっっ😭‼️‼️」

リハビリの努力とは無関係なところに
「水が原因なん?」
と、理科の新発見並みの驚きである。

「もっと小さい頃に体験していれば生物とかおもしろくなったかも?」
と期待を寄せる親だが、

「いや、それはまた別かな」
とあっさり答えが返ってきた。

3週間経過。手術の1週間前

4月20日
手術前リハビリをする。

A:家の階段13段を上る。
  横向きになって痛めた足側から1段ずつ上にのせ、体重移動する。

両膝を比べればわかるが、痛めた側の膝は全体がはれて、筋肉の盛り上がりがない。
力も入らない。ポイントは膝上の筋肉に意識的に力を入れること。

B:バランスエクササイズ・30秒片足立ち
  骨盤を意識してまっすぐ立つ。

4月21日
リハビリ
前述のAとBを5セットする。


4月22日
リハビリ
同じくAとBを4セットする。


4月23日
リハビリ
AとBを3セットする。
別に意図的に回数を減らしたわけではなく、その日できる範囲でやっている。

靱帯断裂から4週間経過。入院の日

4月25日
入院の荷物を揃えて昼過ぎに病院を訪れる。コロナの検査で陰性であれば、今日このまま入院できる。

まずはコロナの検査結果が出るまで1時間半程度待たなければいけない。その待ち時間に麻酔科の先生からもう一度、麻酔について説明を受けた。

手術時に、全身麻酔と神経ブロックの2種類の麻酔をする。全身麻酔は点滴をして約5秒で意識がなくなる。その後、右太ももの付け根から膝まで神経ブロックをした後、腱《けん》を取る。

麻酔科の先生からの説明によれば、全身麻酔をした後に酸素マスクをつける。その際、口に管を通すため気分が悪くなったり、喉に痛みを感じたりすることがあるという。

手術後、麻酔から目覚める薬を入れるとすぐに目を覚ます。若くて体力があれば、意識が戻ればお腹がすいたと言ってすぐに食事もできる状態になるであろう説明があった。

そういった話をしている間に、検査の結果も出てめでたく陰性。
そのまま病棟へと移動した。

手術当日

4月26日
コロナが5類に移行しても今なお面会制限に大きな変化はない。
面会時間は家族のみ、午後のわずか15分程度。

手術は11時から準備に入り、1時間半の予定で行われた。
家族の立ち会いはできないので目の覚める夕方に面会に行く。

4時前、病室に入る。
我が子はベッドの上で横になり酸素マスクを付けたまま、ぼんやり携帯を眺めていた。

「もう4時になるから大丈夫」と、看護婦さんが酸素マスクを外してくれる。足には膝が曲がらないように固定具を付けている。

「気分はどう?」

「激痛が起こって痛くなって、そしたら吐きそうなくらい気分が悪くなった……。動けないしつらかった。昨日の夜から食べてないからお腹すいた。」

それが麻酔がとけた後の一言目の感想であった。

コンビニパンを6コほど買い込んで来た。
でも、まだ食べられそうにないから、
後でOKが出たら食べてと置いていく。
動かなくても腹は減る。

看護婦さんと喋っているうちにあっという間に15分が過ぎる。
たいした話もできないまま15分が過ぎた。

先生から簡単に説明を受ける。
手術で開いた結果、半月板や骨には損傷がなくきれいな状態だったので前十字靱帯の再建を行い、手術も問題なく終わったのでおそらく予定通り退院できるでしょう。

手術後1日目

4月27日
面会時、昨日より少し軽装備の白い固定具に変わっていた。
午前中に回診の先生が傷口を見に来たらしい。
膝の部分があいているため手術後にテープが貼られている。

昨日手術をしたばかりだが、先生に「歩けるかな?」と聞かれて、すでに松葉杖で歩く練習をしたらしい。大丈夫そうなので松葉杖1本での歩き方も指導済みであった。

この時も、

「えっ、もう歩いていいの⁉︎」

と思った。

半月板や骨に異常はなかったし、確かに昨日まで普通に歩いていたから歩いて当然なのだけれど、

「歩けるまでに数日から数週間かかる」

という自分で勝手に作り上げた固定観念が邪魔していた。

しかし、損傷の大きさや経過に個人差があるというのは当たり前なので、人により差があるのだと思う。

今日、一番困ったこと。
それはトイレに座ること。

しばらくは耐えるしかない。

手術後4日目

4月30日
退院日
病室に迎えに行くとすでに荷物をまとめて帰る準備ができていた。

朝に理学療法士さんが歩き方の指導に来たらしい。しかし、術後1日目に歩いていいと言われたので、日曜祝日の間、病室内で松葉杖を使って行ったり来たり歩く練習をした。

だから松葉杖でゆっくり歩ける。
おかげで無事退院となった。

入院はそれなりに暇だったし、つらかった。
久しぶりの外の空気がうまい。

病院で言われたわけではないが、
家に帰ってから、さっそくアイシング3回。

明日から5月。
通院しながら術後リハビリがスタート。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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