見出し画像

今、困っている女性に向き合えないで、何がフェミニズムなのか?

こんにちは。
10110000110110001010000000001010001001110001110001です。
呼び方はみなさんにお任せします。

有料記事ですがすべて読めます。
良かったら投げ銭お願いします。

自分の身体について責められる女性

共通の話題で先月末ぐらいで語っていました神崎ゆきさんが、自分の胸について嫌な経験を振り返るツイートをしていました。

体について触れた失礼なマシュマロが届いたことについては、神崎さんは深いと思いながらも、不問としていました。マシュマロの運用については「友達との会話のようにフランクに話せる」という運用方法のつもりで使っていたところ、ごく一部の人に発言を責められる事態になりました。

「やめてほしい」と訴えているにも関わらず、このamazakeさんという人は、執拗に神崎さんを責めるツイートを繰り返していました。

しかし、不思議なものですね。一人の女性が悩んでいるところを、執拗に責めたてる人たちの神経はイマイチ理解ができないものです。

このあと、神崎さんはマシュマロの運用を変更し、マシュマロ専用アカウントを作り、鍵アカウントでの運用を行っています。元々「友人とフランクに話せるような感覚で始めた」マシュマロが、全く関係ない人たちによって汚され、本人が楽しめないようなものにしてしまうとは、本当に酷い話です。

思想の宣伝をしてしまう人

心無い人のやり取りで傷ついている人が、自分の気持ちを整理するために、連ツイートをしているところで、無神経なツイートをしてしまう人がいます。

神崎さんがなぜ一連のツイートを吐露しているのか、汐街コナさんは全く理解ができていないようです。第三者による非難によって傷ついていることを吐露し続けているのですが、そこで「フェミニストの願いとは〜」と全く論点から外れたことを汐街コナさんは発言しています。

これは、神崎さんの一連のツイートを利用した「私の考えたフェミニズムの宣伝行為」と捉えて良いのでしょうか。

主語が大きいフェミニスト

そもそもの話、神崎さんは常に「自分は」「私は」というように、常に自分を主語として語っていますが、彼女を責める人たちに関しては「女性は〜」「フェミニズムは〜」と主語の大きな人たちが目立つものです。

その時点で、神崎さん自身の問題と、フェミニズムに関しては、まず物事を分けて考えるべきでしょう。しかし、フェミニストを名乗る方々には、自分達が信じるフェミニズムの考え方でしか物事を語ることができないのか、神崎さん自身に寄り添うことができていないことが、露呈してしまっています。

一個人に寄り添えず、何がフェミニズムだ

この件の流れを見て、一つ思ったことがありました。

それは「フェミニスト」と名乗る人達は、一人の女性に寄り添うといった基本が全くできていないことです。

一人の女性の立場を尊重できなくて、何がフェミニズムでしょうか?誰のためのフェミニズムでしょうか?女性にも生活様式や考え方などは様々で、まさに多様性に満ちているものと言えますが、フェミニストと名乗る方々には、自分の思っていることを優先してしまうあまり、「女性も多様である」ことを頭から抜け落ちているように思えます。

一人の女性に寄り添うことができなければ、いくらフェミニズムを謳っていようと、それは空論でしかありません。

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?