◆随筆.《ファンタジーアニメの「ヒール魔法」って何?》
※本稿は某SNSに2021年7月10日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。
(※再録時注:これを書いた当時はアニメ『聖女の魔力は万能です』を見ていた時期であった。主人公がわりと苦も無く「切り落とされた腕が生えてくる」ってぐらいのトンデモ・レベルの回復魔法を使っていて「なんじゃそりゃ!」と思ったものである)
最近アニメ業界にもマンガ業界にも蔓延っている「ファンタジー作品」(カギカッコ付きの「ファンタジー作品」だ)に出てくる「魔法」というのには、いつも色んな疑問が浮かんでしまうので、今回はその一部をつらつら書きつらねていこうかと。
例えば、冒険者の傷を回復する「ヒール魔法(ドラクエで言えば"ホイミ"だ)」っていうのは、厳密にどういう原理になっているんだろう?なんて事を考えてしまうのである。
日本の「ファンタジー作品」というのは「魔法が発達している世界」だと思うんだが、そういう世界っていうのは、医療は発達しているんだろうか?っていう事が気になってしまう事がある。
例えば感染症を治せる魔法があるなら風邪の予防とかも必要なくて「健康」って言葉さえもいらなくなってしまわないだろうか?とか。
傷は治せて感染症が治せない魔法ってどういう限定なんだろう?とか。
例えば、まだ衛生観念が医療現場になかった近世ヨーロッパの戦争なんかでは、戦いの傷が原因で亡くなる人って言うのは、失血死とかではなくて、傷口からの感染による破傷風によって亡くなる人のほうが多かったそうだから、感染症が治せなければ傷だけ治しても、健康が戻るってわけでもないはずで。
って事は、たいていの「ヒール魔法」っていうのは、そういう破傷風菌も含めて治してしまっているって事なんじゃ?とも思う。
って事はやっぱりファンタジーRPG世界の魔法って感染症に対しても有効って事にならないだろうか?って事は、カゼもインフルエンザも治せちゃうんですか?とか思ってしまう。
だったら、成人病は治せるのか?ってのも気になる。
例えば、傷を治せるんだったら破裂した静脈瘤を治せたりするのでは?とか、それならば、脳出血なんかも治せるの?とか血管のお掃除もできるの?とか、脂肪肝は治せるの?脂肪肝を治せるなら肥満も治せるんでは?とか、ついでに便秘気味の人のお通じを改善させる事もできるの?……なんてことまで考えてしまうのである。
生まれつき障害を抱えた人の障害も治せるのか?っていう風にも思える。
そういった人たちの病気を回復させる「ヒール魔法」は発展せず、「傷のみを治すヒール魔法」だけが発展しているっていうのは、どういう世界観なの?って思う。
って事は、そういう様々な病気に対応する「ヒール魔法」もあるんじゃないの?って思うのだ。
そういう世界だとすぐに高齢化が進んでしまうんじゃなかろうか?とも思う。
例えば、緑内障や白内障を治せたり、老人のリウマチだったり腰痛だったり膝関節痛だったり老眼だったりも治せるの?なんてのも気になってしまう。
老化によって体のあちこちにガタがくるのを癒す魔法っていうのは、需要はなかったの?あるならそういう魔法も発展するでしょう?って事は高齢化が進むんじゃ?……なんて想像してしまうわけである。
最近のこの手のファンタジーって、ファンタジーRPGの世界観に従っているから「冒険者が冒険する際に便利な魔法」しか存在していないかのようだ。
何というか、「現実の世界よりも魔術の発展した世界観」という思考実験が成立していない感じが強いのだ。
誰もかれも「そこら辺はあんまし考えないようにしている」かのようだ。
現実の世界(つまり、われわれの住んでいるこの世界の事だ)に存在していた「魔術師」っていうのは、もっと研究者や学者に近いイメージがある。
例えば現実の世界の中世の魔術師なんていうのは、ラテン語が読めて他の国の言語も読めて(魔術関連の書物を読んで研究するため)、宗教的な知識もあって……といった大抵が「インテリ」だった。
そう考えると、ファンタジー世界の魔術師って魔術の研究とかする感じではなくて、冒険者と一緒に冒険をして、モンスターを殲滅する「体育会系」の連中ばかりという印象が強い。
魔術師って、現実の世界の連中はもっと「書斎派」なんだよね。
「魔術が発展した世界観」を見せてくれるっていうのであれば、普通のファンタジーものみたいに攻撃魔法と回復魔法っていう「冒険する際に便利な魔法」ばかりじゃなくって、例えば「ただ綺麗に見えるだけ」という「アート的な魔法」とかは発展しなかったのだろうか?とか思う。
「舞台美術魔法」とか「彫刻魔法」とか「動画作成魔法」とか……もっと言うなら「アンチエイジング魔法」とか「美容魔法」とか「音楽魔法」とか「調理魔法」とか「建築魔法」とか「金属加工魔法」とか、上に書いたように老人の健康を守ったり感染症を治したり障害を持って生まれた人の不自由を治してあげる、とか。
……そういう「冒険以外に使える魔法」の構想っていうのが、それらのファンタジーには欠落しているようにも思える。
そういうのは「魔術が発展した世界観」じゃなくって、単に「冒険者に都合の良い世界観」になっているんじゃないの?なんて思う。
それから、現実世界の魔法っていうのは、多くの場合は宗教的な思想と結びついている事が多い。
中世ヨーロッパの場合だとカバラ思想の影響なんかが強いが、キリスト教神秘主義的な魔法なんかも「現世利益」的な考え方から宗教と結びついていたし、魔女もアンチ・クリスト思想として発展していた。
それに対して、ファンタジーRPGの世界観のアニメって、そういう宗教的な考え方っていうのはほぼ出てこない。
ラノベの作者に宗教的な知識がない場合が多いためなんだろうが、より日本人的な感覚に近い「無宗教」の感覚を無意識に作品世界に適用させてしまっているのではないかとも思う。
要するに、近ごろアニメ業界にもマンガ業界にも蔓延っている「ファンタジー作品」に出てくる魔法っていうのは、あまりに定型的なものばかりで「豊かな想像力」が欠けているように思えてしまうのだ。
あまりに、「ファンタジーRPGに出てくる魔法」を何の考えもなしに真似ているものばかりで、そこに発展性が感じられない。
そこには 「ファンタジーRPGに出てくる魔法」以外の魔法を作中に出すのはルール違反だ!っていう暗黙の決まりがあるかのようで何ともおかしい。ほんと、どうなってるんだろう?