ROSE GATE1の1 織末彬義【創作BL小説・18禁】
第一章
今日から1ヶ月の海外出張だ。
蓮華史也は、今回の出張の為に購入した大型スーツケースの中を念入りに再確認する。
忘れ物があっては困る。
向こうで買えるものなら良いが。
日本にしか無いものを買い忘れたら、1ヶ月それなしに過ごさなければならない。
そうはなりたくないが、何が向こうにあってないのか旅慣れぬ蓮華は容易に想像がつかずにいた。
どうしても慎重にならざるを得ない。
蓮華の渡航歴は、学生時代にハワイとグァムに四、五日の観光旅行に行っただけである。
それも旅慣れたメンバーに引率され、国内旅行となんら変わりはなかった。
ヨーロッパは初めてだし、更にこんな長期出張も初めてだ。
蓮華は新卒の就活で他の学生達と同じくいくつも入社試験を受けた。
現役合格はしたものの中堅の大学で、成績も中庸、漫然と学生生活を過ごしていた。
何か資格を取ろうという強い意志も希望もない。
大学卒業後も、ただ快適に過ごせるよう、安定した企業に勤めたいと思うが。
仕事で何がしたいという強い希望は就職活動中に、どうしても芽生えなかった。
職種に対しあんまりに強い希望を持っても、大変なのは先輩や、友人達を見ていてわかる。
好運にも希望通りの職種がある会社に内定を得る者もいるが、希望の配属先に行けるとも限らない。
まずは会社に就職しなければ始まらない。
昨日までの学友達と切磋琢磨して内定を争わなければならない。
その中で、どちらかと云えば、記念受験の意味合いが強かった一社から、蓮華はすんなり内定を貰えた。
更に何社かも手応えはあったが‥。
記念というのは蓮華にとって、高嶺の花ということだ。
ぬか喜びにならないか。何かの手違いとどこかで取り消されるのではと不安になりつつ、蓮華は選考を突破し続けた。
蓮華は就職活動中、親、親戚、先輩、友人、ネットの評判など可能な限り、その会社のことを調べた。
就職するのに、新卒でこんなにも大変なのに、漸く入れた会社を辞め、安易に中途転職することになるのは面倒だし、嫌だと思っていた。
それはなるべく避けたい。
蓮華なりに精査し逡巡した挙げ句、記念受験していた賀茂川物産を第一志望に就職活動を終えた。
途中で取り消されるのではないかと不安や心配は杞憂に終わり、無事に採用され新卒入社することができた。
商社としては老舗。
少数精鋭であり、業界中堅の会社だ。
厳かな入社式、翌日から新人研修が始まった。
怒涛の勢いで社会人マナーを叩き込まれていく。
研修終わりに、配属先の辞令が下りると説明されていた。
明確に学閥がある会社だと知ってはいたが。
学生時代のどこかで一緒であれば友人感覚があるのが、周囲の様子を観ていて感じられる。
仲良さそうだなと思うと、同じ大学だったり、同じ運動部出身だったりする。
生憎と蓮華と同じ出身の同僚はいなかった。
他大学と交流のある活動も一切していなかった。
蓮華は周りと必要なコミュニケーションはとれるが、紙一重の他人行儀さを相手から感じ、研修中なんとも居心地が悪い。
人数は多く、誰に話しかけても感じは変わらない。
入社してからの顔合わせだと出世競争のライバルにしかならないのかと実感する。
蓮華には出世欲がない。
まだある学生気分で話しかけても、どうも違う。
同僚として連携はとれるが。
学生時代の気楽な友人感覚とは、どこかが違う。
肩透かしの気分を何度も感じる。
数日で研修中に親しい関係を作るのはあきらめた。
これが配属先だったら、真剣に転職を考えたが。
限られた新人研修期間のことだし、遊びや、仲間を作りに来ている訳じゃない。
仕事をする為に此処にいるのだという意義を蓮華は根底に持つことが出来ていた。
蓮華の出身大学も全体的にみれば僅かにいるが、年度採用は蓮華だけだった。
数日もすると、講義される社員としてのマナーは実践的であり、覚えることばかりだった。
それに追われ蓮華は目が回っていた。
講義、試験の繰り返し、この点数で配属先も変われば、会社の評価もされているのだろうと思うと胃が痛む想いだ。
周りに気を配る余裕は失せてゆく。
人間関係など配属されてから、仕事を通して必要な交流をしていければ良いかと考えるに至った。
今、仲良くなっても同じ部署に配属される可能性は低い。
そう考えれば気も軽くなる。
おっとりしている性格からか、その時々に友人はいるが、気が付くと長い付き合いの友人がいない。
大学の友人もそうなっていた。
就職活動中、情報交換は活発にしていたが、互いに就職先が決まったら、ちょっと落ち着いて、連絡が間遠になる。
卒業旅行にも行ったし、卒業後も集まっていたが、入社すると自分のことで精一杯になり連絡はぱたりと途絶えた。
研修が厳しくて蓮華自身も自分から、どの友人にも連絡していないのだからお互い様だ。
それに環境が変わると話すことがなかった。
挨拶の仕方、名刺の渡し方、接待における上座下座の位置関係が、食事の席だけでなく、エレベーターの中から、タクシーにまであるとは驚きだ。
蓮華には知らないことばかりで、覚えるのに必死だ。帰宅途中も渡された冊子を読み返し、帰宅してもノートに移し替えて覚えるようにする。
本当に覚えることばかりで心身くたくたになった。
叩き込まれるのは、お辞儀の角度や、所作の一挙一動だったりする。
これで配属が決まれば、仕事を覚えなければならない。
仕事が始まる前に、研修で教えられたことは自然に出来るくらい叩き込んでおきたいと思っていた。
新卒の大半は営業部門、一部が管理部門にあたる総務、経理に振り分けられる。
第二章
研修最終日、一人、一人に辞令の封筒が手渡された。
着席して封筒を開いた蓮華は秘書課の文字に唖然となる。
絶対にそんな成績が良かったと思えない。
封筒にある配属先と自身の名前をまじまじと見る。
吃驚し、恐れ戦いたが、辞令を配った総務の人に間違いではないかと聞ける筈もない。
蓮華の名前と、秘書課の配属辞令と、住所、電話番号に地図まで入っている。
周囲の声を聴けば、やはり営業配属が多いようだ。
地方配属になり、また引っ越しと叫んでいる者も多かった。
それを耳にしつつ、研修室を一人で後にする。
蓮華は大学入学時に入居した古い木造アパートに研修から、直帰する。
予想を上回る配属にすっかり食欲も失せていた。
あまりに花形部門過ぎて、不安しか生(しょう)じない。
蓮華は上に優秀な兄、下に病弱な妹がいた。
両親は、上と下に手がかかり、中庸な蓮華は元気でそこにいれば良かった。
兄より優秀な成績はとれなかったし、ちょっと具合が悪くても、入院しなければならない妹ほどではない。
風邪を引いた時でも蓮華は市販の風邪薬を渡され大人しく寝てなさいと自室に放られるだけだった。
実際、それで数日すれば元気になり、学校に行くようになる。
地方都市にある地元の大学を選ばず、蓮華は東京の大学に進学した。
東京の大学にしか受からなかった次男に親は渋面を隠さない。
学費と住居費だけ出すが、生活費は自分で何とかしなさいと言われた。
優秀な兄は成績優秀による奨学金を貰って進学をしており、蓮華は何も言えなかった。
親が家賃だけで決めたのであろう築年数の古い木造アパートの安普請さに仰天したが、大学三年の半年間、妹の医療費でアパート代が出ない 期間はその安さに感謝したものだ。
どうにかバイトを増やしてしのげた。
古いが緑も多く、住めば都と言ったもので就職後もしばらくはここに住んでいようと思っていた。
押し入れから布団を出して早々に寝てしまう。
考えても詮無い時は寝てしまうに限る。
起きても事態は変わらない。
布団の中で、大きく溜息を吐く。
どうしても気後れを覚えるが‥。
会社の辞令に従うしかない。
スーツに着替え、アパートを後にする。
怖々と本社ビルの指定されたフロアに向かう。
この配属で無ければ、縁故も無ければ、自身の才に過信もしておらず出世欲もない。
そんな蓮華にとって会社の経営陣など、営業など想定していた部署に配属されれば雲の上の遠い人の筈だった。
まだ昨日の人事に半信半疑だ。
大勢の人がエレベーターを待つ中、蓮華は地図に指定されたエレベーターに乗る。
それは上層階用、重役と秘書と来客専用だった。
なんとなく視線を感じ、エレベーターが閉じるとホッとなる。
指定された階で降り、秘書課の扉をノックしてから開いた。
「失礼します。本日、辞令を受け出社致しました」
「蓮華‥くんだね」
「‥はい」
名乗る前に名前を呼ばれ、胃が重くなるのを感じた。
その年、秘書課に配属されたのは、蓮華だけだった。
新卒が配属されるのは五年ぶりだと聞かされた。
秘書は秘書課に所属するが、取締役の秘書をするのが仕事だ。
担当重役によって仕事内容は全く違う。
蓮華は仕事をコツコツ覚えていく。
翌年の五月に、後輩の配属がなかった。
他の部署なら新卒の配属があり、曲がりなりにも先輩になれるのに、蓮華の上は五年以上のベテラン秘書ばかり、今年も一番末席のままだ。
全員が目上で、蓮華はそこそこの緊張感が続いていた。
第三章
二年目も後輩が来ない。
下は来ないが、他部門から、中途採用で優秀な秘書が入って来る。
会社での在籍期間は短くても、年上を後輩と思えないし、担当が違えば、接点も無い。
初夏。
二週間前に一か月間の出張の話が伝えられた。
上司である専務秘書長の上田から海外経験の有無を聞かれた。
正直に、観光旅行での経験しかないと答えた。
出張に関する詳しいアドバイスをされた。
蓮華は真剣にメモをとった。
飛行機に載せられる一番大きいトランクにスーツ三着、普段着などの衣類、洗濯は全部クリーニングに任せるのだと言う。
渡航費、宿泊費も含め、会社負担と聞けば安心する。
蓮華は荷造りをし、海外出張の日がくるのを待つばかりだ。
会社命令だから行く行かないの迷いようもない。
二週間は長いようで短い。
海外に一か月も滞在というのが、どうにも想像がつかない。
蓮華は迷いつつ、持参する品が海外にあるかないかを迷いつつ、判断して過ごす。
とうとう出発の日を迎えた。
渡航しての一か月が長いのか、短いのか?
日本では土日祝日の休日があるが。
海外は短い期間で、効率よく仕事をする為に完全補償される休日は日曜のみ、残りの一日についてはない可能性が高いという。
もしも土曜出勤になれば、渡航手当てに含まれて給与に反映されるという。
担当している重役が働いている間は、秘書は随行していなければならない。
なんとなく多忙なのは想像がつく。
蓮華のトランクの中は、衣類以外は海苔煎餅とか日本的お菓子類を中心に食料ばかりが詰めてある。
もう何度確認したかしれない。
トランクを閉じて立ち上がる。
部屋をぐるりと見回し、玄関に向かう。
蓮華は大きなトランクを引いて、駅へ向かう。
電車を乗り継いで、空港に会社命令で指定された集合時間の三時間前に着いた。
空港でショップを回り、買い忘れてる物がないか目でチェックしたいと思っていた。
蓮華が改札を抜けるとそれを待っていたかのようにスマートフォンが鳴った。
会社からのメールだ。
空港に着いたら、電話するよう指示されていた。
画面を見て、小首を傾げる。
空港は、卒業旅行に行く時に使って以来だ。
電車の遅延を考慮し、凄く早めに到着していた。
空港内で、買い物と、飛行機に乗る前に、ごはんを食べようと思っていた。
学生時代は格安が第一で、海外便の料理のまずさに閉口したものだ。あれは人の食べ物じゃない。
今回日本便だから、それよりはマシだとは思うが、飛行機は飛行機だ。
蓮華はそう思い空港内で日本の味を食べ治めしておきたかったのだが‥。
今回は社長、専務、重役三名、それに随行する秘書十数名の大所帯だ。
上向き高い天井を眺めて蓮華は思いを巡らす。
メールを見なかったことにする。
集合時間まで連絡せず、指定された時間になって行くようにした場合を考える。
それをして言い訳ができない場所で先輩秘書達に見つかれば、完全叱責ものだ。
出発前に、そんな危険は冒したくない。
不承不承、蓮華は電話をコールする。
蓮華は賀茂川隆房の担当秘書をしていた。
「おはようございます。」
配属された時は非常勤だったが、すぐ常務に、去年の秋にまた昇格し、専務となった社長嫡男の御曹司だ。
「今、どこだ。」
これは秘書長の番号の筈だが、声が違う。
「‥賀茂川専務?」
思いもしない相手が出て慄(おのの)く。
電話を握る力が強まる。
「ん、そうだが、どこにいる」
蓮華は焦り出す。
ということは、秘書長と専務はもう合流しているということだ。
集合時間の三時間前でも遅いということか‥?。
一番下っ端の自分が上司を待たせていると気付いた蓮華は真っ青だ。
「空港に着いて、電車の改札を出たところです。」
もう正直に応えるしかない。
「俺も着いた。集合場所に来い。迷子になるな」
賀茂川は何度も遅刻の理由に迷子になったと報告している蓮華に釘を刺す。
「地図があるので大丈夫です」
スマートフォンをポケットにしまい、歩き出す。
空港配置図の待ち合わせ場所は頭にある。
迷わなかったが空港は広いと実感する。
やっと待ち合わせ場所へ直線距離になる。
賀茂川専務が腕を組み、こちらを観ているのが蓮華の視界にも入る。
遠目で一度、頭を下げた。
早足で蓮華は歩いていく。
「迷子にはならなかったな。」
大きなスーツケースを引いて急ぎ足で来た蓮華に賀茂川専務は破顔一笑する。
それを観て蓮華はホッとなった。
賀茂川専務は、蓮華が記念受験するほど大会社の跡取りの立場なのに、学生時代に自身で起業した。
学生時代の経験は何でもしてみるものと、親達は気軽に許していたが、それが上昇気流に乗って拡大していくばかり、あれよあれよと世に知れた会社になっていた。
辛うじて同族商社役員の籍にはあるが、非常勤で殆ど顔を見せず、親の跡を継ごうとしない賀茂川の態度姿勢は同族企業経営陣として示しがつかず最大の憂慮であったそうだ。
第四章
秘書課に配属された蓮華は、賀茂川の担当として働き始めた。
入社一年目、非常勤の担当というのは納得がいく。
秘書として素養がない蓮華は失敗も多い。
非常識と上司に叱責されてばかりだが、賀茂川は多目にみて取りなしてくれることが多い。
ほどなく自身の会社を傘下に入れて、賀茂川物産の常務になった。
周囲が期待しているレールに乗った賀茂川の出世は早い。
すぐに専務へと昇格した。
非常勤の時から、賀茂川の秘書は蓮華が配属される前に二人居て、その下に蓮華が配属された。
社則は、会長、社長、専務までが専属秘書三名。
常務数名が専属秘書二名、それ以下の重役は専属秘書一名に秘書課が適宜フォローにまわるとなっていた。
集合場所は航空会社の受付前となっていた。
スーツケースを預け、身軽になれる。
一番下の蓮華は本来なら、率先して受付け業務をすべきなのだが、秘書長の上田は、蓮華にそんなことは望まない。
手続きを済ませ、蓮華の荷物を預けさせた。
「飯に行くぞ」
賀茂川が頭一つ小さい蓮華を見下ろし促(うなが)す。
蓮華は所在無気な面持ちで賀茂川を見上げる。
賀茂川は、駅の方角から大きなスーツケースを引いた細身な姿が見えた先刻のことを思いだす。
蓮華が学生時の後輩なら助けに歩き出しているが。
賀茂川が一歩踏み出せば、秘書長の上田が咳払いするに違いない。
それでも動きを止めなければ、言葉で制止される。
わかっている賀茂川は動かずに見て待っていた。
新卒入社して二年目。二十四になる蓮華が大きなスーツケースを引く姿は、その華奢さが露見する。
細いのに頬のラインが優美で少年らしさが抜けていない。
こちらの姿を見つけると一礼し、足を早めた。
ますます巨大なスーツケースとの対比で幼く映る。
「おはようございます。」
息が弾み、淡く顔を上気させ、挨拶をする。
賀茂川は荷物を並べてあるところにスーツケースを置かせ、蓮華に声をかけ歩き出す。
「蓮華、何が食べたい?」
時々『れんげ』を『れん』と呼ばれる時がある。
語感的に僅かだし、聞き違いかもしれないので、問い直したことはない。
それに上司の好きなように呼ばれて構わない。
些細なことで、文句を言う筋合いじゃない。
初渡航を気遣って賀茂川専務に聞かれた。
「‥‥」
秘書として随行している時、多忙な専務の予定は分刻みでガチガチなことばかりだが。
極まれにこんな時があった。
これまでも何が食べたいか聞かれることはあるが、答えたことはない。
蓮華は、格段な立場の違いを承知している。
最初は遠慮もあり、断ろうとしたが。
社長子息である賀茂川より年下なのは蓮華だけなのに気付く。
スケジュール管理とか、片腕的な秘書というより、身の回りの世話を求められての配属だと理解する。
求められる役割を果たせているか、自信はないが、蓮華なりに気が付いてからは、懸命に勤めていた。
高級料理店の付き従いなどは、別室待機でも、蓮華にとっては役得な料理の数々が出された。
そんなことの連続で、こちらが世話をしているのかは何とも疑わしい。
担当重役がそれでは蓮華は秘書としてのスキルが全く身に着かずにいる。
他の秘書になったらただの役立たずだろう。
賀茂川は蓮華を時々蓮華と呼ぶ。
わずかな呼び間違いを指摘する度胸は蓮華にない。
もうすっかり定着していた。
蓮華は答えず、賀茂川は自身の歩幅で歩きだす。
立場をわきまえた心積もりで蓮華が返事をしないのは百も承知していた。
賀茂川は自身が歩き出せば、蓮華がついてくると分かっている
蓮華は歩き出した賀茂川専務に従い歩くと、空港ロビーの外に出た。
見覚えがある運転手付の賀茂川専務の車が目の前に停車している。
蓮華が後部扉を開き、賀茂川が座席に着席する。
静かに扉を閉じ、蓮華は助手席に座る。
この動作は慣れている。
蓮華が助手席に座り、シートベルトを締めると車が走り出す。
空港近くのホテルに車が横付けされた。
蓮華は先に降りて、後部座席の扉を開いた。
颯爽と身軽く賀茂川専務が車外に出る。
「蓮華」
軽く頷かれ、随行するよう指示を受ける。
賀茂川専務はまっすぐエレベーターへ向かった。
最上階の和食レストランに行くと、クローズ看板があり、その前に支配人が立っていた。
「ようこそ、お待ちしておりました。」
営業時間は関係ない。
予約を入れてあり、店内に通される。
テーブル席を過ぎ、個室に案内された。
蓮華は入口で立ち止まる。
着席しようとしていた賀茂川が動きを止める。
「どうした?」
「はい?」
このシチュエーションは初めてだ。
会議の合間に、カフェで隣のテーブルならあるが、完全個室のテーブルに同席はない。
困惑を隠せない。
蓮華は瞬きを繰り返す。
大きな瞳の漆黒の睫毛が際立ち、賀茂川は目が離せない。
つづく
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