マナイズムレクイエム制作秘話~キャラクター制作の裏 『原初の災厄』編~


どうも皆様こんばんは、織坂一です。
前回はマナの裏側に焦点を当てましたが、今回はマナレクシリーズ1の問題児(?)『原初の災厄』編です。

前回のマナのキャラクター制作秘話はこちらです↓


では、『原初の災厄』のキャラクター制作秘話の方をどうぞ!



『原初の災厄』の人物像

そもそも『原初の災厄』を人物とはいえませんが、ここでは一応彼としておきましょう。

ただ最初にいっておきますが、この『原初の災厄』という存在は人ではありません。
これは何度もいっているのですが、そもそも彼は人類の敵であり、災厄そのもの。
そんなイメージは実は最初からなく、話にオチをつけるのに困ったので追加した特別キャラクターでした。


実はですね、プロットの段階だとリアム君、マナ、ソフィアしかいなかったんですよ。
そして、マナが実は被害者とみせかけて実は加害者だったという設定はあったのですが、それじゃあなんだかマナがリアム君を愛している理由が薄くなってしまったし、マナがただの復讐者になってしまったんです。

なにより、マナは既に個人である設定があったため、マナを隠れ蓑にした第三者の存在は必要不可欠でして。……で、『原初の災厄』はそこで追加されました。

ラスボスということと、災厄そのものであることから人間の不幸が大好きで、人間が壊れていく様をポップコーン片手にケタケタ笑いながら見てるような性分が決まっていました。

けれども、マナレク本編を執筆していてやっぱ世界とはなにか、秩序とはなにか、人間とはなにかをある程度理解しているだけの俯瞰的なキャラと要素も欲しかったので、全部彼に押し付けました。

なので、正直マナレク本編ではこの程度です

舞台はマナレクAMへと移り、実はガキっぽいところとか、どうでもいいことにはフル無視&やる気のなさがあるとか、酒とハツが好きで高所恐怖症ということが判明しましたが、これは全部後付けです。

ただ、笑い方だけはマナレク本編からあり「呵々」と笑わせたのは単に他のキャラクターとの差別化です。

達観している&ラスボス=一人称が私……なんてイメージが織坂の中にはあるのですが、なんか途中から「私じゃありきたりじゃね?」と思い、『ゲヘナ・ハーモナイズ』執筆中で思いつつ、マナレクAMで一人称を変更。

おかげで長らく『原初の災厄』の一人称が統一されず、彼の詠唱部分でも「儂」の部分が「私」のままだったりとかなり雑でしたね。

後、二人称を「貴様」か「お前」にするか大分悩みまして、結局「お前」を採用したものの、統一化したのはマナレクAM執筆からでした。


マナレクAMからは大御所&物語の手引き役へ昇格


マナレク本編で『原初の災厄』はラスボスでしたが、末路があれでした
しかし、マナレクAMを執筆するにあたり、「リアム君が敵側になるなら、こいつ(『原初の災厄』)が味方になってもええやろ!」と、何故か味方陣営にて参戦。

ただ、この災厄が誰かの肩を持つなんてありえませんし、『原初の災厄』はリアム君以上の自己中心的な人物です。

なので、マナレクAMでの犠牲者こと主人公のラインバレル君の手引き役&ひと役事態をかき回してくれんか的な枠にしたんですが、正解でしたね。

まぁ~これが味方陣営でいるだけで、どんなことが起きようと全部『原初の災厄』のせいに出来るわ、後の伏線回収に役立つわ、呪術とかよく分からん戦いの実況を任せるのに便利だわ……作者からすれば最高のキャラクターです

ただこのような役目を押し付けられたことと、前作から続く上位実力キャラであることから謎の大御所感は出てます。

まぁマナレクAMにおいてはどのような目的があるのか、まだ完全に明かしてはいませんが、大御所&前回ラスボスなだけあってすごいですよ。こいつは。


『原初の災厄』の能力

これは内容解説などでも書いたことはありませんね。
そもそも『原初の災厄』の始まりは、かのノアの箱舟を襲った大洪水だったとか(あくまでマナレク世界においての話です)

その後も彼は世界へと顕現すれば、自然災害にもなるし、病にもなる……とにかく人類にとって害を成す何者にもなれるんです。

ただ、マナレク本編時空ではそうもいきません。だってただの『ゴースト』を触媒にしてこの世界に顕現したのですから。

しかも、顕現の触媒にした『ゴースト』を産んだのはマナ。もうこれは今までのように人類に害を加えることは難しくなってしまいました。ここにて罰ゲームか。

結果、彼はマナを利用して世界を滅亡させるべく動こうとするのですが、一体なにをすればいいのか分からないと悩んでいる中、普遍無意識の中からマナを観察していたソフィアがマナの異変に気づいて『原初の災厄』へと接触。ここで、彼は「こいつは利用できるぞ!」といってソフィアを懐柔します。

見事ソフィアは『原初の災厄』に心酔し、彼は自身の識る知識を全て『原初の災厄』へ譲ります。
こうして彼は人の身に留まりながら、どう世界を壊すかという策を得たのです。

後は、ソフィアに「あれやって! これやって!」といい、ソフィアが我侭を成立するように頑張ってというだけ。これで全てが完璧!

なので、彼個人の能力でいえば人類へ害を加える天災とでもいいまししょうか。
しかし、ソフィアが呪術を弄って再誕の“法”を確立させたことで、『原初の災厄』もそれを学習します。
それでより、攻撃の威力アップや攻撃範囲を絞ったり広げたりなど、操縦性を身に着けたのです。

おかげで彼には「暴力さん」という渾名がつき、もはや暴力の一言で片づけられるような存在になりました。

詠唱に関しましては、人類への愛を全面的に押し出しています。
彼は人間を蹂躙するだけの害悪ですが、その裏で自身の玩具となる人間が大好きです。

そのため、「愛しいお前達は儂のものだ」といった文言があります。
他にも、自分がその気になれば世界をどうこうできることから、「この世界は我が手中にあり」とか「ならば嘆け、声を涸らして絶望を奏でよ」といかにも悪役らしい言葉ばかりが並んだのでした。


実は作者にとって聞き役

これは「え!?」と思うかもしれませんが、ここまで『原初の災厄』という存在を悪意の塊に出来たのはこれが関係しているかもしれません。

ほら、人間誰しもネガティブなことや暗いことを他人にいえないじゃないですか。
私自身、それで苦い記憶があるので、いっそ自身にとっての苦しみ全てを引き受けてはくれないか、自分の苦しみを聞いて笑ってくれないか、話を聞いてくれないかという願いと救済願望がありました。

結果、人の悪意を形容し、人の不幸を聞きたがって知りたがって、それらを全て俯瞰的に見て小馬鹿にするという存在が出来上がったのです。

さすがにこんな性格をしたやつを傍に置きたくないし、友人にもなりたくなければ近づきたくもありませんが、自身の抱える悩みや苦しみ全てを理解して一蹴するような強い存在が『原初の災厄』の下地になってます。


最後に

この『原初の災厄』というキャラクター自体、本当に物語を補完するだけの存在でして、ラスボスというよりお役立ちキャラクターみたいな感じがします。作者的視点では。

このマナレクという作品全体を裏で操るというシンプルな役目ですが、彼が人類の敵かつ悪意の塊であることから、非常にヘイトを買ってくれやすく、しかも嫌な感じをさせないといった特殊な存在です。

なので、個人的には関わりたくありませんが、キャラクター性だけを見るなら結構好きなキャラです。

まさかこんなことになるなど、マナレク本編執筆時には思ってもいなかったでしょうが、今じゃ思い入れのある存在です。

では、今回はこの辺りで失礼します。
ちなみにソフィアはクソ長くなるので、今せっせと執筆してるのでお待ちを。

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