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伝えない愛もあるんだよ。~第1話~


あらすじ

夢を抱きながらも胸に秘めていた私。
そんな私に、30代を目前にして彼は夢を語った。
真っ直ぐな彼に次第に惹かれていったが、コロナ渦を契機に生じた壁。
会いたいという私を、拒む彼。
次第に離れる心。
しかしそこには誰も知らない真実と、目には見えない愛があった。

ノンフィクション 個人情報保護のため一部修正あり

伝えない愛もあるんだよ。 を3話程度に分けて書いていきます。






彼との出会いは7年前。
私が入社してすぐの頃。




職場の交流会に参加したとき、初めて彼の存在を知った。

明るい短髪にピアス。
見た目で判断してはいけないと分かっていながらも、同じ医療者とは思えなかった。


彼はその場に慣れていたのか、先輩後輩が集まっているなか、寝っ転がってスマートフォンを操作していた。周りに友人たちは何事もないように接していたので、いつもこんな感じなのだと思った。

後輩の私たちが挨拶しても、スマートフォンに目を向けたまま。
まるで視界に入れたくないみたい。
「態度悪…」
つい心の声が出てしまうほどだった。
できる限り、関わらないようにしようと心に誓った。


それが彼の第一印象。



同じコミュニティに入っていたので、顔を合わせないわけにもいかず。
次第に存在は把握されていったのだと思う。

大した会話をした記憶もない。
たまに職場で会うと挨拶する程度だった。




そんな彼と親しくなったのは、それから2年後。
働き始めて3年目。
私が会社員の彼氏と付き合っていた夏のこと。

彼とはこれまでほとんど会わなかったのに
職場のエレベーターで会う頻度が急に増えるようになった。
その時は互いに別の人と居たため、特に会話することもなく挨拶を交わすだけだった。



ある日、彼から突然連絡が来て食事に誘われた。
話の雰囲気からするとおそらく2人で。
意図が全くわからなかった。
何か話したいこともない。何を話せばいいかもわからない。

職場の先輩であるため「嫌」とも言えず、
「彼氏がいるので」も自意識過剰な気がして、
共通の友人も誘うことで察してもらうことにした。

正直言って楽しみではなかった。


ただ、会社員の彼氏とあまりうまくいっておらず、
誰かと食事をしたい気分ではあった。

友人も連れて行くことを伝えると、彼も誰かを誘おうかと提案されたが、特に人数が増えてもメリットはないため断った。

私の友人と食事に行きたかったから、遠回しに私を誘ったのだろうか?
そう思っていた。




何の集まりなのかもわからないまま始まったが、
お酒のおかげで3人での食事は意外にも盛り上がった。


気づいたことは一つ。
彼は目を合わせないのではなく、
目を合わせられなかったのだった。

目を合わせようと視線を向けると、あわてておしぼりに手を持っていき、伏し目がちにテーブルを拭いていた。
私の勘違いでなければ、耳まで赤くなっていた。
私は思わず手で口を隠したが、自分の口角が上がっているのがわかった。

意外だった。
女の人に慣れているイメージだったから。


そうか、あの時も。
2年前のことを思い出した。

挨拶した時、
こっちを向かなかったのは、いじわるしたわけじゃない。
目を合わせられなかったんだ。

勝手に嫌な人だと思っていた。

彼は損をするタイプだ。
きっとこうやって勘違いされることも多かったんだろうな。

この人、悪い人じゃないのかも。



職場の先輩で臨床経験も豊富だったため、
さまざまな話を聴くことができ、有意義な時間だった。






すると突然、彼は言った。

「俺、夢があるんだよね」






幼い頃、誰しも夢を抱くと思う。

ケーキ屋、お花屋、パン屋。
消防士、警察官。教師、保育士。
大抵、具体的な職業を述べる。

自分がなりたいと思った職業に就くことや
仕事を通して何かを達成することが
夢を叶えることだと思っていた。


私は夢を叶えて看護師になった。
彼も夢を叶えて今の職に就いたはずだ。

だが彼が言おうとしていることは私にも理解できた。
私も他に夢があるかと聞かれたら、―――ある、からだ。



文章を書きたい。それを誰かに読んでほしい。
何かを感じてほしい。
そしてそこから私も何かを学びたい。

でも大した文章をかけるわけではない。
才能も全くない。挑戦したこともない。
だから誰にも言わないでいた。
胸の内に秘めていればいい。
この年になって誰かに夢を話すことは恥ずかしいことだと思っていた。



「俺は将来、本を書きたい。」
そう彼は続けた。

初めての食事の席で
ほぼ初対面に等しい私たちに夢を語る衝撃よりも、
私と同じ夢を抱いていることを知った衝撃のほうが大きかった。



彼も医療者だ。

医療の知識に関する本を書くのだと思っていた。
でも違った。
医療者になる人のために自分の経験を伝えたいとのことだった。

「学生の頃に夢を抱いても、あくまでイメージなんだよね。
 実際に働いてからそのギャップに誰もが苦しむ。

 だから俺はいつか学生たちに伝えたい。

 この仕事はこんなに大変だけど
 こんなにやりがいがあるんだぞって。

 それがわかっていれば
 もしそんな場面になったときに
 自分一人だけじゃないって気持ちになれると思うし、
 働く時の不安が少しでも減らせると思うんだ。」


自分の仕事に誇りを持っているからこそ言える言葉だと思う。
それと同時に、彼もそのギャップに苦しんできたのだとも思った。


私の母は看護師だ。
私は学生時代に看護師のアルバイトもしていた。
だからなんとなく看護の世界をイメージでき、就職してからもあまりギャップに苦しむことはなかった。
だがそのような人たちばかりではない。

これはどの職業においても同じことが言えると思う。

彼は患者さんだけでなく
これからの医療を担う学生に寄り添おうとしているのだった。



30歳を目前にして自分の夢を語る彼。
もしかすると、それは夢のまま終わるかもしれない。

しかし、自分のためではなく、
誰かのために何かをしようとする彼の夢は
誰にでも抱けるものではないと思った。


そんな真っ直ぐな思いの彼を見て、「私も」と口走ってしまった。

彼は驚いた表情をしたと同時に、嬉しそうに私に微笑みかけた。
伝えるのが下手な私が、私なりの言葉で自分の夢を精一杯伝えた。
初めて目があったのではないかと思う。優しい目をしていた。






それから毎日彼と連絡をとるようになった。
もちろん、先輩後輩として。
だから彼とご飯に行くこともあったが、必ず友人も誘い、2人で会うことはなかった。



会社員の彼氏は大手企業でフレックスタイムで働いていた。
どんなに朝が遅くとも、決まった時間働けばよかった。

それが私には苦痛だった。

彼氏の職場が私のマンションに近かったため、
朝ゆっくり出勤し、夜中に帰ってくる生活。
夜勤など不規則な時間で働く私と
生活リズムが合わないことは仕方ないと思っていたが、
次の日の朝が早い私の気持ちなど考えていない行動に嫌気がさした。

しかし、付き合い始めてまだ1ヵ月程度。
この年になって新しい出会いはなかなかない。
私は自分の気持ちを抑えていた。



ある日、私が友人と食事に出かけていた夜。
いつものように彼氏から連絡があった。

その日は金曜日。私は次の日、朝から勤務。
休日勤務は看護師の数が少なく、受け持ち患者さんが多い。
負担が大きいため、家では1人でゆっくり過ごしたかった。

「今日はちょっと難しいかも。」そう伝えた。
今まで何もかもYESで応えていた私が
急に反抗してきたことが気に入らなかったよう。
もしくは、浮気でも疑われたのか。
そこから連絡も徐々に途絶えるようになった。


彼はそれから仕事終わりに私の家に来ることはなくなった。
思い切って素直に自分の気持ちを伝えたが、
結果的に彼との距離が離れてしまったため、私は後悔した。

改めて話し合いたいことを彼氏に伝えた。
彼氏は了承してくれた。
だが、これまで続いていた他愛もない話はなくなり、
必要な業務連絡だけ行っているような感覚だった。




彼氏との出来事も私は彼に相談していた。
「別れたほうがいいよ」と彼は言った。

今思えば、彼の気持ちは私に向けられつつあったのかもしれない。
しかし私はそんなことに気づいていなかった。


私は彼氏と別れたくない。
まだ1ヵ月。何も始まってないのに終わりたくない。

彼氏との約束の日になった。
私は仕事終わりに彼氏が家に来ることになっていた。

心のどこかで会えばどうにかなると思っていたので、
彼氏の好きなお菓子やお酒を準備して待っていた。


そして私のスマートフォンが鳴る。

久しぶりに聴けた彼の声にホッとしたのも束の間、
彼はすぐに本題に入った。
「家に来ると思っていた」と話すと、
「会うつもりはなかった」と言われた。

何だったんだろうと思った。

忙しい中、仕事を定時で終わらせて、
雨の中、彼氏の好みのものを買いに行って、
夜ごはんも準備して、掃除までしていたのに。
疲労で眠気もあるなか夜遅くまで待っていたのに。

わかっている。
それは勝手に自分がやっただけのこと。
彼に頼まれたわけでもない。

ただ、なぜ会ってもらえなかったのかわからなかった。
自分の気持ちを素直に伝えただけなのに。
「今日はちょっと難しいかも。」と言っただけなのに。

私は利用されていただけだったのだろうか。
涙が止まらなかった。

やっと好きだと思える人に出会えたのに。
一緒に花火を観に行こうと話していたのに。

何を話されたかあまり覚えていないなか電話を切った。
終わっちゃった。
私は部屋の隅でスマートフォンを握ったまま茫然としていた。



しばらくするとスマートフォンが鳴った。
視界がぼやけているなか、画面には「大丈夫?」の文字。

返事ができていなかった私を心配した彼からの連絡だった。

別れて早々違う男の人に甘えるなんて最低だと思う。
でもぽっかり空いたこの気持ちのままで朝を迎えたくなかった。

私はありのままの出来事を伝えた。
文面でのやりとりであったが、彼は一生懸命応えてくれた。
私の気持ちに共感してくれた。
それは夜中まで続いた。私は嬉しかった。



後日、彼は私を映画に誘ってくれた。
「いっぱい笑おう。そうしたらそのうち忘れるはず。」
失恋した私を彼は何度も励ましてくれた。
そのおかげで私は元彼を思い出すことがなくなった。

それ以降も、彼と二人で会う機会が増えた。


初対面のことが嘘のように楽しい日々だった。
彼とは共通点が多く、話も弾んだ。
たまに夢の話の続きもした。

いつしか私は彼のことが好きになっていた。
彼も同じ気持ちでいてくれたようだった。

食事に行ってから2ヵ月後、私たちは付き合うこととなった。
あの日のハンバーグ。彼も覚えているのかな。



私たちは出かけるのが好きだった。

SNSで見つけた美味しそうなカフェや
おしゃれな神社、眺めの良い温泉、
休みを合わせながらさまざまな場所に出向いた。

幸せだったと思う。




出会った夏から、秋へと変わった。
私はどうしても行きたい場所があった。
期間限定で紅葉がライトアップされている国定公園。

その場所を知ったのが11月半ば。
気づいたのが遅かったので
勤務を見ると彼と行けるタイミングがなかった。

また来年いけばいいと彼と話した。
来年も一緒にいることを考えてくれる彼の言葉が嬉しかった。



そんなときに懐かしい友人からの連絡があった。

地元が一緒で、
就職をきっかけに同じ県に来た高校の同級生からだった。

何かあったのか尋ねると
仕事の人間関係に苦しみ、心療内科で診断書をもらったとのこと。
家に引きこもり、食事も喉を通らなくなってきたので、一度話を聴いてほしいと言った。

友人としてだけでなく、看護師としても私は 彼を 勇気づけたかった。
そう、彼。異性の友人だった。
私は最悪な選択肢をとった。

美しい景色を観て、同級生の彼に元気を出して欲しかった。
その一心で。
紅葉のライトアップを観に行くことを提案した。





「今日は何をしているの?」
夜勤中の彼から連絡があった。
連絡が来ていたことはわかっていたが、
出かけている途中だったのですぐに返信しなかった。

私に後ろめたさはなかった。

同級生の彼と紅葉を見て帰っただけ。
恋愛関係になったことは一度もない。
話ができて少し表情が明るくなったようだった。
私はホッとした。

帰宅してから、
私は正直に紅葉のライトアップを観に行ったことを話した。
異性と行ったことも話した。

なぜ紅葉を観に行く経緯になったかは後から話そうとしていた。
だが遅かった。



彼の私に対する信頼関係は崩壊した。



明らかに彼の態度が変わった。
私は何度も伝えようとした。
それでも同級生の彼の個人情報を言っていいものかという迷いもあった。
看護師としての一面が出てしまっていたのかもしれない。

経緯を知らない彼は私を拒絶。
会って話したいと伝えた。
デジャヴだった。
彼は会いたくないと言った。


同じことの繰り返しだった。
ある日、彼は私に会うことを提案した。
それは私の誕生日の前日。

それでも会ってもらえるだけ幸せなのだと思った。
理由がどうあれ、私が裏切ったのには違いない。
私だって、彼が私に黙って女の人と出かけていたら嫌だ。
後悔の思いばかりが募っていった。



「明日の誕生日を祝うことはできない。
 別れよう。」
 そう言われた。

私は受け入れることしかできなかった。
きちんと伝えなかった自分がいけなかった。
だけど今頃伝えても全部言い訳。
行く前にきちんと彼に伝えたら良かったのに。

「わかった。
 短い間だったけどありがとう。

 夢、叶えてね。」

彼の優しい目はもう見ることはできなかった。





26歳の誕生日。
起きたら目が腫れていた。
こんなに泣いたのに。
声枯らすほど泣いたのに。
今日も私は生きている。
生きていかなきゃいけない。


彼からの連絡はなかった。当たり前だ。

冬生まれを恨んだ。
こんなに寂しい思いをするくらいなら、
人肌恋しい季節に生まれたくなかった。


どうして私は
きちんと思いを伝えることができないのだろう。
どうして私は
好きな人を失うばかりの人生なのだろう。

看護師の友人が1日中、私を慰めてくれた。
泣きながら食べた焼き肉、美味しかったな。
友人のありがたみを感じた26歳の誕生日だった。





その頃から私は
身体のだるさを強く感じるようになった。

熱はなく、咳や鼻汁が出ているわけでもない。
失恋で身体にまで異常が出るなんて、程度に思っていた。

恋は忘れて、今は仕事を頑張ろう。
そう言って自分を奮い立たせた。




夜勤のある看護師は誕生日月に
血液検査とレントゲンの職員検診を受けることになっている。

いつも通りに仕事をしていると、
突然、人事課から電話があった。

「呼吸器内科の部長が、
 レントゲンの異常を見つけたようなので、
 一度受診しに行ってもらえますか」と。




何かの聞き間違えかと思った。
レントゲン?異常?
息止めが不十分で綺麗に撮れなかったから?

きっとなんともないよね。
わたしまだ26歳だよ?
煙草も吸ったことないし、周りに喫煙者もいない。

しいて言うなら、
最近身体のだるさがあっただけ…。

いろんな考えが頭の中を巡った。




レントゲンを撮り直し、呼吸器内科外来に向かった。
脈が速くなる。息が詰まりそうだ。
唾を飲み込む音がした。
一つ大きなため息をした。

ノックして中に入る。



並べられた2枚のレントゲン写真。
素人の私でもその違いはわかった。




「やっぱり影があるね。癌の可能性がある。」




医師の言葉は私の心に突き刺さった。
私は頭が真っ白になった。









<第2話に続く>


ここまで読んでくださりありがとうございます。
乱文で読みにくかったですよね。ごめんなさい。
名前をあえて設定していないので、彼・彼氏・同級生の彼など、わかりにくいところもあると思いますが、ご了承ください。
また、適宜誤字脱字に関しては修正していく予定です。
第2話更新までお待ちください。


伝えない愛もあるんだよ。
エッセイとして記載しています。
1ページで読む場合はこちらです。☟


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