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“隻腕”クライマーのパラクライミングTALK⑩

片腕のクライマー・大沼和彦が主催する、パラクライマーたちによるインスタライブ。日曜日の夜に不定期でゆる~く開催。悪ふざけだったり、パラクライミングへの熱い思いだったりが繰り広げられています。

今回は、パラクライミングジャパンシリーズ第1戦のチーフルートセッターの中島雅志さんこと“マーシー”さんが参加。セットに関する疑問・質問に答えてくれました。


▼今夜のお相手は…

パラクライミングジャパンシリーズ第1戦のチーフルートセッターの中島雅志さんこと“マーシー”さん
濱ノ上文哉 選手(B2)、網膜色素変性症で弱視
片岡雅志 選手、二分脊椎により車いす
渡邉雅子 選手(AL2)、骨肉腫による左股関節離断

▼世界でメダルを獲っている選手たちにふさわしいルートを

大沼和彦(AU1):ジャパンシリーズ第1戦、前日が豪雨で、本当に開催するのか不安だった。

マーシー:ギリギリまで悩みました。

大沼:ギリギリまでやるかどうかわからなかったので、大会に対するモチベーションも不安定だったが、予選のデモ動画を見たときに、ここまでしても大会を開催させていただけるという思いがすごく伝わってきて、そこから一気にモチベーションが上がった。

マーシー:滝のような大雨で、クライミングシューズもびっちょびちょ。

大沼:フリクションも何もない状態だったと思うが、そんな状態でも準備してくれて、すごく感謝しています。

マーシー:僕らはルートを作って登ってもらうだけなので、なんとか準備だけでもと思って。

ビーチ(濱ノ上文哉・B2):マーシーさんがインスタのストーリーズで「辛い」ってあげたのが面白かった。

マーシー:誰か助けに来ないかなと思っていたが、誰も来なかった…

大沼:今回のジャパンシリーズ第1戦は、日本代表の選考ではないので、甘めだったんじゃないかという意見もあった。

マーシー:というか、準備のときの大雨すぎて、雨の中の持ち感で作っていたので、そのせいで簡単に感じたのかもしれない。

大沼:デモ動画のときに比べたらフリクションは全然違かったと思う。チョークも意味がなかったと思うし。

渡邉雅子(AL2):ビデオで見ても雨がすごかったのがすごく分かった。こんな中、セットしてもらってているんだなあと思っていた。お疲れ様でした。

ビーチ:どういう風にルートは考えるもの?

マーシー:今回の大会に向けては1か月前くらいから考え始めた。誰がどのルートを登るか、隣は誰が登るかっていうのを頭の中で考えて、パソコンに書き出して。でもパソコンが苦手で、それにいちばん時間がかかる。

ビーチ:そこは分業したらいいのに。マーシーさんはセットだけやっている?

マーシー:6~7年はそう。

大沼:ホールドも豪華で見ても楽しいし、触っても楽しかった。

雨の中セットされた予選のルート壁

マーシー:3年前の広島の大会、僕がルートセットに入っていないときだったが、ルートの写真を見せてもらったが、そのホールドを見て…

大沼:昔ながらのまぶしのホールドっていう感じだった…

マーシー:パラクライミングの選手は、ワールドカップに出て、メダルもとっている選手もいるのに、さすが日本の大会でこれでは選手に申し訳ないと思った。そこでフロンティアというメーカーに話をしたら「協賛するからうちのホールドを使ってくれ」と言ってくれた。

大沼:そこからガラリと変わった!3年前の課題よりも今の方が、フリクションが効いている。今回の大会もかなり効いていて、危なげなく登ることができました!

マーシー:それはそれでセッターとしては悔やまれるところです…

ビーチ:大沼さんのクラスはもっと難しくしていいと思いますよ。

大沼:ピンチとかスローパーとかが得意。昔ながらのまぶし壁が苦手。

ビーチ:壁の頂点まで行く課題があってもいいんじゃないですか。片腕の選手が頂点まで登る姿を見たい。ロックランドというジムのスタッフさんにサイトガイドお願いしたが、うらやましがってました。うちのジムにもつけてほしいって。

マーシー:あんなホールド、触れるジムってないですよ。つけたらとんでもない額になる。

大沼:参加できただけでもありがたい。

ビーチ:決勝のトップのホールドなんて、触る人がいなかったりするので、ただつけるだけになる。そういう意味では最後まで登ってほしいって思うのかな?

マーシー:易々とは行かれたくないが、やっぱり触ってほしい。

片岡雅志(AL1):3年前の広島がいちばん最初に出場した大会だった。そこからケガして2大会出られなかった。だから絶対にルートのレベルが高くなっているだろうと思っていて、前日から緊張しまくり。1本目の課題のときには頭が真っ白な状態。雨の中で撮ってくださった動画をめちゃくちゃ見た。ビデオで見るのと現地で見るのでは全然違う。これ絶対難しいなと思った。だから1本目から完全にひよってた。これ無理だって。1本目はなんとか完登できたが、やっぱりむずいなと感じた。でも僕にとっていちばん強烈だったのは2本目。最後から3手目くらいのところに大きめのツルっとしたホールドがあって。あれを見た瞬間に「あれ掴めるの!?」って。動画見た瞬間に「俺ここで落ちるな…」って思った。

大沼:AL1の選手にとってはあそこは厳しそうだなと思った。

青マルのホールドがAL1クラス予選の核心

マーシー:2本目なので、チャレンジ要素を入れたくて。小ぶりなホールドだと、すぐ手が入りやすい。ただ厚みがあると、見ているよりもう少し奥に手を伸ばさないといけない。1発目でいいところをつかめずに、何回も手を出して最後にとれるっていうのをやってみようと思って、でかいホールを入れてみた。

片岡:1回目触ったときには「ここじゃない」って。何度も何度もやって、やっと「ここだ!」って。

マーシー:探るっていうのは、腕をロックして登るので、けっこう大変だと思う。僕らもキャンパして登るんですが、けっこうきついなあと思いながら登っていた。

大沼:AL1やAU1の選手は一発で取れないときつい。

片岡:でも、あれを取ってからスイッチが入った。

核心をつかむ片岡選手

大沼:試登も、キャンパとかアイマスクとかして登ってるんですか?

マーシー:もちろん。選手の障害の具合とかが分かっているので、全員に合わせた形で登っている。今後、競技人口が増えたりすると、どこまでできるか不安。

大沼:今回どのクラスのルートセットが難しかった?

マーシー:男子の視覚障害とAL2、RP3のルートは普通の感覚で登れちゃうんですよね。一方、ひとつの壁に視覚障害の女子とか、RP1とかが同時に登るような、いろいろな障害の選手が登ることになると、そこは相当考えて作らないといけない。準備段階のときに、この障害と、この障害は、このルートを登らせてという組み合わせがいろいろあって、そこを考えるのがけっこう大変だった。

同じルートを登る男子RP1と女子AL2の選手

大沼:選手によっては「うちのクラスにこの課題は厳しいんじゃないか」っていう話もあった。

マーシー:岡田卓也さん(RP1)が、決勝が終わったあとに「この課題は僕にとっては難しいですよ」って言っていて。でもめちゃくちゃ上まで登っていて、逆にすごい!

決勝ルートに挑む岡田卓也選手(RP1)

大沼:全体的に選手の到達高度が上だった感じがする。自分なんかも登れないときは真ん中にいかないで落ちていたが、ほかのクラスの選手を見ても、レベルが上がってる。 

マーシー:それぞれの障害に合わせた勝負どころを作っていて、持久力がなくなったときに、どこまで頑張れるかっていう設計をした。

大沼:高野正さん(RP3)、安良岡さん(RP3)、結城修平さん(AL2)が決勝で登ったルートは、上の部分でかなりきつそうだった。

ビーチ:RP3への無茶振りがすごい。高野選手と安良岡選手をいかに戦わせるかっていうのは、いつも見ていて楽しい。

決勝壁のうち最難関ルートを登るRP3&AL2の3選手

大沼:蓑和田一洋さん(B3)から質問。いま成立しているクラスでは1位以外、日本代表になれない。でも2位でも、実力のある選手がいるがどう思う?

マーシー:3位でも惜しいところまで入っている選手はいて、ほとんどの選手が世界で戦えるレベルだと思う。

B3の蓑和田選手

大沼:視覚障害クラスにはB 1、B 2、B 3とあるが、クラスごとに設計しているんですか?

マーシー:視覚障害クラスは、人によって感覚がぜんぜん違う。ちょっと見える人、ぼやけたりする人、そういう感覚は当事者じゃないと分からない。選手の登りを見ていても、見えてそうだなと思ったら、やっぱり見えてないなと思うこともあって、そこの感覚は難しい。基本的に、完全に目を隠して試登した。

大沼:視覚障害クラスに対して“サイトガイドとの連携を崩す”というテーマがあると聞いた。

マーシー:視覚障害クラスの予選の2本目、あと決勝のルートなんかは、実際に上に行って自分で登ってみないと手順が分かってこないというルート。

視覚障害クラス、予選2本目(左)と決勝(右)のルートを登る選手

マーシー:ホールドの位置だけだったら、下からでも分かる。でも近くまで行ってみないと次の動きが読めない。そうすると現地に行った選手が「ここはこうなんだけど、どう次はどうしたらいい?」みたいにサイトガイドとの連携が生まれる。そのときサイトガイドが瞬時に判断して次のホールドを指示する、というのが見たくて。

大沼:確かにまっすぐな壁を登っているだけなら、基本的にはクロックポジションで指示が出せるけど、かぶっていたり、膨らんでいたりするとその指示も通しにくい。どう伝えたらいいのか難しいかも。

マーシー:下から見るのと、実際にとりついたときの距離感は、けっこう違う。

大沼:質問が来てます。「視覚障害クラスは選手自身の実力も試している感じですか?」

マーシー:下から見ているサイトガイドが登り方を伝えることも大切だが、選手自身が伝えられたホールドにどう対応するかという判断スピードも大切。ただ選手とサイトガイドは一緒に登っている感覚がないと突破していくのは厳しい。

B1選手とサイトガイド

マーシー:自分でサイトガイドをやってみると、伝えるのは本当に難しいというのが分かる。足入れ替えた方がいいんだけど、でも手を出し始めちゃったとなるともう何も言えなくなるっていう瞬間がある。結局、その動きじゃ手詰まりしてしまって、選手が戻ってきて、 足を入れ替えた方がいいと後から伝えることに。

ビーチ:サイトガイドは、一般の競技にはない余計な手間ですもんね。

マーシー:その時間をぐっと短縮できると、もっと登れたはずなのに。その積み重ねで持久力を残していけるはず。 

ビーチ:今回の視覚障害みたいに、ああいう落とし方、順位の付け方っていうのもあるんだなって思った。時間との勝負というか、急ぎにくい課題。

マーシー:時間でふるいにかけるつもりはなかったが、連携を取るのに、時間がかかる課題にしたくて。

ビーチ:登る手順に考える余地が多かったと思う。 

大沼:次の質問です。「重度四肢麻痺にはどういう風にルートを作ってるんですか?」

マーシー:加藤あすみ選手(RP1)のことですね。

RP1の加藤選手

マーシー:RP1の障害に関してはどういう感覚なのか分からない。選手の登りを見ていても、何がどうなって、どういう障害があるのかっていう感覚が分からなすぎて。これは選手の登りを目に焼き付けるしかない。加藤選手は、インスタに自分の登りをあげているが、それと自分の作った課題を照らし合わせて、ここまで登ってくるだろうなあというのをもう感覚だけで作っている。

大沼:実際ここら辺で落ちるだろうなという感覚よりは上にいった?

マーシー:予選は、Road to Finalを超えた。決勝に関しては結構粘っていた。留まっているだけじゃなくて、結構進めていたので、そこは強く印象に残っている。

大沼:加藤さんは想像以上に高いところまで行っていてびっくりした。

マーシー:頭の中でイメージしてシミュレーションして、加藤選手が登っている姿を自分で目の前に流しながらっていう感じで作った。

大沼:イメージできるものでもないですよね、実際に障害がないと。指の使い方とか、体幹とか。

マーシー:大沼さんは右手を競技中、全く使ってないじゃないですか。実際に使おうと思ったら使えるんですか?

AU1の大沼選手

大沼:肘を曲げることはできる。軽い5 kg くらいの荷物なら引っ掛けることができるが、指先は全く感覚もなく曲げることも全くできない。ホールドに押さえつけるっていうこともできない。全く肘から下は何もできない。世界選手権に出ているバラクライマーの選手も様々。自分と同じクラスはほとんど切断なので、片腕だけ登る。

もうひとつ質問が来ています。「好みのタイプは?」ちなみに僕は、笑顔が素敵な人ですかね。

マーシー:間違いないですね。僕は仕事で家にいないことがほとんどなので、各地にルートセットに行くので、それでも何も言わずに待ってくれる人ですかね。

大沼:ご結婚はしてないんですか?

マーシー:していないです…誰かにも言われたんですが「めちゃくちゃ結婚してる人だと思ってました」って。

大沼:パパさんなのかなって思ってました(笑)

(了)

▼障害別クラス分けについてはこちらの記事を↓

▼“パラクライマー”大沼和彦【日曜日のインスタライブ】22年10/16

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