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“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑪by大内秀之

パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。

今回、大内さんは、ひとつの目標としていたロシアでの世界選手権出場を辞退するという辛い決断について綴りました。しかし、そんな苦しみの中にあっても、クライミングを通じて経験した出来事に、自分のこれからを見出していました。


▼日本代表として考えなきゃいけないのは、日本人としての模範的なスタイル

お疲れ様です、大阪の大内です。いただいたビデオの中で“夢中は努力に勝る”という素敵な言葉をいただいて、本当にそうだと思います。小さい子どもが一生懸命遊んだりするのは全力、努力はあまり感じないと思います。それでも一心不乱にがんばっているさまというのは、見ているこちらも勉強になる。本業で、障害のある方々のアート活動の支援をしているんですが、特に知的障害の方のアートは、まさに一心不乱で、世間の目とか、批判とか、そういったものに全く関係なく自己表現している姿というのは、いつも力をもらっています。“夢中は努力に勝る”まさにその通りだと思っています。

今回のラブレターなんですけれども、ひとつ決断をしたのでご報告させていただきます。それは9月に開催予定のパラクライミング世界選手権ロシア大会(モスクワ)に、僕は今回、参加しないことを決めました。いちばん大きな理由はコロナのリスクです。帰ってきて滞在期間があるということもそうですが、万が一ロシアで感染してしまったことを考えると、きついなと思っています。7月13日、いまの時期で大阪府ではまん延防止等重点措置が発令されている中です。行政、民間、地域で働いている方たち、学んでいる方たち、全ての方たちが新型コロナウイルスのまん延防止をしましょうという時期で、この期間での決断をするのであれば、9月の大会には不参加だと思います。 日の丸を背負わせていただいて、日本代表として、いちばん考えなきゃいけないのは、日本人としての模範的なスタイルじゃないのかなと思っています。僕はパラクライミングで生計を立てているわけではないので、クライミングという活動がなくなったとしても生活費はあるので、そういった人間は、まん延防止に努める義務があるのかなと。大阪府に生活している人間としては、そういう判断をすることが大事なのかなと思っています。

本心はめちゃくちゃ行きたいんですけれども、小林さんの記録、5連覇というものを間近に見てみたいなと思っていましたが、本当に苦渋の、悩み尽くした結果というか、考え抜いた思いです。誰に決めてもらうわけでもなく、自分で決めなければいけない決断なので、本当に苦しかったですが決意しました。2年後、スイス・ベルンの世界選手権が予定されているので、そこに向けてどうあるべきか、自分の生活もそうですし、パラクライミングをどう国内で盛り上げていくのか、まずは車いすカテゴリーをどう充実させていくかということを、一生懸命考える2年間にしていきたいと思っています。

▼その場にいる人間がワイワイ応援し合えたクライミング

先日、横浜バム(クライミングジム)に日帰りで行ってきました。ふだんなかなか会えないクライマーの方と、クライミングすることができました。僕のノリで集まった人たちと、腕だけで登るキャンパシング大会をやりました。女性は、手数かける4倍のハンデ。優勝したのは神経障害(RP3)の高野くん。準優勝したのが横浜バムの常連のお客さん。3位が女性クライマー。僕が4位で、車いすクライマーの世界2位が表彰台を逃すという。無観客ことが本当に残念ですが(笑)。集まった人間で即興でやって、女性も男性も子どもも大人も関係なく、その場にいた人間でわいわいできた、応援し合えたクライミングができておもしろかったです。車いすカテゴリーのメンバーも、平井君も来てくれたし、畠山さんは退院したてでクライミングできないにも関わらず来ていただいて、1月のキャンパラバトルに参加してくれた丸山くん。1月以来のクライミングたったみたいなんですけども、一生懸命やってくれて。車いすカテゴリーにとって、いい空気感でできたことが本当に幸せです。僕がやりたいのはそういうことなのかなと思っています。クライミングを通して自己実現・自己表現ができる環境づくりというのが、やってみたいことなのかなと思っています。その先に国内大会、海外の大会というのがあると思っていて、まずは自分の目の前、日常の中にクライミングを据え置くためには、どう立ち振舞いしていくのかというのを考えています。

ロシアに行かないと決めたので、残りの今年度、11月のジャパンシリーズ第1戦、来年3月のジャパンシリーズ第2戦、両方とも大事な目標として、そこに向けて調整していきたいのと、全国にもっともっとパラクライミングを知ってもらったり、知っている人に会いに行ったり、小林さんがやっている活動にちょっとでも力添えができたらいいのかなと。僕は僕なりのやり方でやっていけたら、たまに交わるところでは一緒にやっていってもいいのかなと。一緒にパラクライミングと盛り上げていければいいかなと思っています。まだまだ緊急事態宣言が東京に発出されて、穏やかではない我慢を強いられる時期ではございますが、お互い心も体も健やかに、また再会に日が楽しみになると思います。またお返事お待ちしています。

(了)

“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん

▼大内秀之さん

  • 兵庫県出身

  • 生まれながら脊髄にガンを抱える

  • ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に

  • 13歳、車いすバスケを始める

  • 大学で社会福祉士の資格を取得

  • 現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務

  • 36歳、小林と出会い、クライミングを始める

  • 38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営

  • 2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場

  • 2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝

▼小林幸一郎さん

  • 東京都出身

  • 16歳でフリークライミングと出会う

  • 大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍

  • 28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される

  • 34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す

  • 37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂

  • 2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝

  • 2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝

  • 2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝

  • 2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝

  • 2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝

  • 2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇

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