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“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑧by小林幸一郎

パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。

2人のやりとりは毎回、新型コロナの状況に触れることから始まってきました。企画していたイベントが中止や延期になるなど、お互いの活動は停滞気味。そんな小林さんのもとに、勇気を与えてくれる友人からの連絡が届きました。


▼“チカラ”って目に見えないもの、けど誰もが持っている

前回、大内からもらったビデオレターの中では、フォースタートで企画をしている、7月のキャンパラバトルを、やろうかやるまいか迷っていると言ってくれていたけれども、その後のやり取りで、このキャンパラバトルは、来年の1月に延期ということに。この状況では致し方ないのかなと思う。

それから、大内にもらったビデオレターを聞き返しつつ、自分でもいろんなことを考えたりしていました。
今回は、ここ最近あった、自分の出来事のことを聞いてもらいたいなと思って、その話をさせて下さい。

正直、コロナになってから自分の気持ちの不安定さに驚いています。すごく元気で、すごく前向きになっている自分もあれば、その全く逆で、何も手をつかなくて、考えが後ろ向きになっている瞬間があることに気付いたりしていて、自分が弱いんだなぁって感じたり、考えたりする瞬間も多くて。
このままで世界選手権に出て5連覇できるのか、そんな瞬間の自分がいることによく気づいていました。小さな出来事に、自分の気持ちが高揚したり、小さな出来事に、自分の気持ちが沈んでしまったりする。

そんな自分にとって驚きの知らせを、友人からメールでもらいました。
その友人は、僕が目の病気であることを知ってまだ間もなかったころ、いまから20年以上前のことです。当時、僕はLLBeanというアウトドアの会社で働いていて、お客さんをアウトドアの教室とか、ツアーとかに連れていく仕事を企画・運営する部署にいた。
病気で人の命を守ることもできなくなり、自分はこの仕事を続けられない、どうやって生きていったらいいんだろうって…
そんなとき、関西でカヌーの仕事をしていた仕事関係の人から「小林さん、いろいろあるね。会わせたい人がいるから、奈良に来ないか。障害者カヌー協会というところが、カヌー教室をやっていて、俺、指導しているんだけど、会わせたい人がいるから来なよ」と言われて。それで奈良の五條市という、吉野川が流れているところに行ったんだよね。
そこで、会ったのが、今回話をする友人。俺と同い年で、原因の分かっていない病気で、体の筋肉がどんどん萎縮して硬直していくような病気だと、そのとき聞いた。
その当時、彼はまだ杖をついてなんとか自力で歩いたり、カヤックを漕いだりしていた。そのときは、自分以外の障害者にほとんど会ったことがなかったんだけど、障害者としての生き方みたいなものを、カヤック漕いで楽しんで、障害があっても、いろいろあるけれども、まんざらでもないよという姿を見せてくれた仲間だった。
人生とともに、お互い、自分の障害と状況は変わっていた。僕にとって彼は、生まれつき障害のある人。今回のビデオレターで、大内は41年間障害者をやっていると話してくれたのと同じ。
彼の病気は、どんどん進行していって、びっこをひいて歩いていた彼が、車いすに乗らないと移動できなくなって、僕の病気はどんどん進行して、目が見えなくなっていって。

そんなころ、俺とそいつと2人で、アメリカ旅行したんだよね。
俺は自分の荷物をリュックサックで背負って、彼の荷物をカートでガラガラ引いて、もう片方の手で車いすを押して。
そのとき、車いすに乗るって大変なことなんだ、でもこういうことはできるんだ、という気付きがあった。
一方、彼にとっても、ロービジョンっていうのはこういう病気で、どういうことはできて何が困るのか、という気づきを得たりしていたと思う。
お互いにとって刺激になった旅だった。

書籍
小林さんの半生を綴ったエッセイ「見えない壁だって、超えられる」に、この旅の模様が描かれています

その彼が、病気が進んでいって、車いすから電動車いすになり、3年くらい前に連絡が来たときには、また病気が発症してひどくなって、病院に入って、もう自宅に戻ることができないような状態に。食事だけはできるけど、そのほかのことはできなくて、高齢者の介護施設に入所することになったって言っていた。
京都の城陽市というところにあるんだけれど、この間、そいつに会いに行った。そうしたら、そいつはベッドで寝ていて、鼻に酸素の吸入器みたいなものをつけて寝ていて、声も弱々しくて。俺は、そいつの姿を見たときに、「この人は片道切符で、この施設に来て、このまま次会えなくなるのかもしれない…」と覚悟しなきゃいけないと思えるような姿だった。
でも本人から出てきた言葉は、「俺は復職したい」というものだった
彼は、京都府の教育委員会の仕事をしていて、休職していたんだけれども、「俺は復職したい。その日のために、こばちゃんにメールを送ったりするのも、音声でやっていたら、自分が動かなくなるから」と、指一本でパソコンのキーボードを打って、一生懸命連絡をくれた。
でも、自分の印象は、酸素吸入器をつけて、握手をしても冷たい感じをするような弱々しい感じで、もう片道切符でここから出てこれないんじゃないかというものだった。

なのに、3〜4日前に届いた彼からの連絡は、2〜3か月前に施設をちゃんと出て「いよいよ今日から復職しました」って、信じられないような、涙が出るほど嬉しい、自分に力を与えてくれるような連絡だった。
人間ってすげーって。人の持っている力ってすげーって思った
諦めちゃいけないって。自分の意思があれば、志があれば取り戻せることって絶対あるんだなって思った。俺、何やってるんだろう、落ち込んたりしている場合じゃないよなって。
ビデオレターのやり取りの一番最初のときに、大内と、「この国をひっくり繰り返そう」って話をしたことを思い出させてくれた。
そうなんだよ。俺たちにはやりたいことがあって、そのためにモンキーマジックや、フォースタートという活動をしながら、もっと社会を豊かにすることを目指していこうっていう風に話していたはずなのに、俺ちょっと元気なかったかもしれない。
俺の友達は、いつも俺に「こばちゃんから元気もらえる、お前のおかげだ」って言ってくれる。
でも、俺はそいつから、むちゃくちゃ“チカラ”をもらえた。“チカラ”って目に見えないものだと思う。けど誰もが持っているもので、“チカラ”を使うのも使わないのもその人次第なんだってすごく思った。

もうちょっとできっと、コロナも落ち着いて、俺、大内に、その友達のことを絶対紹介できると思う。次に関西に行くときには、俺は必ず、その城陽の友達のところに足を運ぶと思うので、来れるんだったら来てほしいな。
人の気持ちの浮き沈みがあったり、元気なかったりすることは仕方ない。それは認めてあげないとなって思うんだけれども、そういう素敵な出会いとか、素敵な言葉とか、素敵な出来事とかに出会えたんだったら、そのプレゼントを、誰か他の人に回せるように、もっと元気でいたいなって思えた。

俺が障害者になり始めた、まだ手帳も持っていなかった、でも目が見えなくなると言われて思い悩んでいた頃に出会った、いまでも大事な友達からの連絡を、きょうは大内に話したいなって思いました。
大内はいつも元気だけど、でも、いつも元気だなんてことはないんだろうし、いろいろ思い悩んだりすることもあると思うんだけれども、またいつか、そんなお互いの人間らしいところとかも、ちょっとお酒でも飲みながらちびちび話ができたらいいよね。
ここ6~7月というのは、きっとモスクワの世界選手権に行く行かない、行けるいけないという話がいろいろ動いてくると思う。
お互いに、分かること分からないこととか、心配になっていることとか、考えなきゃいけないこととか、共有できると思うので、やり取りしながら頑張っていきましょう。

(了)

“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん

▼大内秀之さん

  • 兵庫県出身

  • 生まれながら脊髄にガンを抱える

  • ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に

  • 13歳、車いすバスケを始める

  • 大学で社会福祉士の資格を取得

  • 現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務

  • 36歳、小林と出会い、クライミングを始める

  • 38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営

  • 2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場

  • 2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝

▼小林幸一郎さん

  • 東京都出身

  • 16歳でフリークライミングと出会う

  • 大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍

  • 28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される

  • 34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す

  • 37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂

  • 2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝

  • 2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝

  • 2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝

  • 2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝

  • 2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝

  • 2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇

▼2人のやりとりは、以下の記事で一覧に↓

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