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“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑬by大内秀之

パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。

先日、日本代表選手が大活躍した世界選手権モスクワ大会(金メダル2個、銅メダル1個)。新型コロナの感染拡大のために出場を辞退した日本代表の大内さんですが、小林さんの言葉を糧に、次を見据えて気持ちを新たにしていました。

キャプチャ
世界選手権でメダルを獲得した日本代表選手たち

▼世界選手権を辞退したことに後悔はないが…

小林さん、大内です。ビデオレターありがとうございます。本当に心温まるというか、覚悟が滲み出ていて世界選手権モスクワ大会(ロシア)にかける思い、ビシビシ伝わってきました。考えていることを直接教えてもらっているというのは本当にありがたいことで、 自分も後輩や若い選手に対してそういう存在で居続けなければいけないなという気持ちになれました。

ロシアに行く組、行けない組の2組に分かれるという今回の世界選手権。出向するみなさんの写真を見させてもらったときに、本当に行きたかったです。2か月前にロシア大会に参加しないということを決めました。それからオリンピック・パラリンピックがあり、その中でも新型コロナの感染者が増大していき、緊急事態宣言が全国で発令されている中で、それほど辞退したことに対して後悔した気持ちはなかったんですけれども、みなさんが出国する様子をSNSで見たときに、悔しい気持ちが溢れ出てきました。本当に行きたかったです。なんで行きたかったかというと2つあって。1つはもちろん、自分が世界選手権を戦いたかった、世界の舞台でパフォーマンスをしたかったということ。もう1つは、行くメンバーを直接、目の前で背中を押したかったという2点が後悔です。

▼最高のパフォーマンスを追い求めるのがクライマーである

小林さんが5連覇にチャレンジするにあたってメンタルトレーニングを9か月間したこと、そして最高のパフォーマンスについて話をしていました。最高のパフォーマンスをしたとしても、ほかの選手が最高のパフォーマンスをして、それらを比べたときに、相手を負かすのではなく、相手をやっつけるのではなく、自分との戦いがベースにある。それがすべてである。そのために心技体をしっかり整えて、足りてないものがあっても、ちゃんと足りたところを信じて頑張るという話はすごく感銘を受けました。

自分も2年前の世界選手権ブリアンソン大会(フランス)で心技体を整えていくというスタンスでずっと頑張っていきました。結果、 自分では納得いかない登りだったにも関わらず銀メダルをいただきました。やはり「最高のパフォーマンスを追い求めるのがクライマーである」ということを小林さんから教えてもらった。2017年の1月、初めて日本選手権に出させてもらって、初めて日本一になって金メダルを取らせていただきました。そのときに僕は、最後の最後でホールドを握りしめることができず、タッチで落ちてしまった。そのタッチで金メダルを取った状況だったんですが、閉会式が終わった後に小林さんと話をして「最後の最後でホールドをつかめなかったので悔しいです」と話したときに、「金メダルをとってもホールドを取れなかったと悔しい思いをしている大内は、もうれっきとしたクライマーだよね」という言葉があって。だから今もこうやってクライミングのことを大事に思えているんだと思います。僕は小林さんからかけてもらった言葉ひとことひとことで、自分のクライミングに向き合う姿勢の軌道修正をしてもらっている気がします。

ロスパラリンピックの話もしていました。あと7年。ロスパラリンピックに向けては時間がないと思っています。正式種目決定には、実はもう7年も時間がないような気がしています。だからこそ、今回のモスクワ大会(ロシア)での、クラス分けの正当性そして透明性。次の世界選手権ベルン大会(スイス)での世界選手権での参加選手の拡大。その2点が、パラクライミングが2028年ロスパラリンピックで、パラクライミングが正式種目になるかならないかの決め手になると思っています。特に後者の参加選手を増やしていくというのは、選手・関係者・ファン、ひとりひとりの努力によって叶えられていくことなのかなと思っているので、チームジャパンで選手拡大を目指して、コロナ禍が明けているであろう2023年世界選手権ベルン大会(スイス)では、チームジャパン一丸となって、全力で素晴らしい大会にできるように、僕は切り替えて日々のトレーニングを頑張っています。

▼スポーツが、社会を変える推進力になるとして、何が悪い

僕たちって、世の中をすぐに変えることはできないと思います。でも、障害のある人もない人も、アスリートもアーティストもそうでない人も、たくさんの人が共存し、世の中を発展させていくという宿題をひとりひとりが持っていて、その宿題をしっかりこなして、次の世代に引き継いでいくというのが、僕たちの役目だと思っています。そのためにパラクライミングという競技は、必ず発展していかなければならないものだと思っています。できることは人それぞれ違うと思います。役割は人それぞれ色が違うと思うんですけれども、僕たち全員が、できる役割を認識して、たくさんの人に応援してもらいながら世の中の変革をしていきたいなと思っています。みなさんと一緒に、世の中をポジティブなものに一歩でも近づける推進力を高めていきたいと思っています。その推進力がスポーツ。「社会を変える推進力がスポーツで何が悪い!」と思って僕は過ごしています。新型コロナウイルスで困っている人たち、社会課題に苦しんで自己実現ができない人たち、すべての人たちにとって、パラクライミングやこのビデオレターが励みになってくれればいいと思っています。頑張りましょう。

(了)

“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん

▼大内秀之さん

  • 兵庫県出身

  • 生まれながら脊髄にガンを抱える

  • ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に

  • 13歳、車いすバスケを始める

  • 大学で社会福祉士の資格を取得

  • 現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務

  • 36歳、小林と出会い、クライミングを始める

  • 38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営

  • 2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場

  • 2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝

▼小林幸一郎さん

  • 東京都出身

  • 16歳でフリークライミングと出会う

  • 大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍

  • 28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される

  • 34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す

  • 37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂

  • 2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝

  • 2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝

  • 2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝

  • 2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝

  • 2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝

  • 2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇

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