“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑨by大内秀之
パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。
前回、小林さんからは、新型コロナの影響で元気がなかった自分に、勇気を与えてくれた友人とのエピソードが語られました。実は大内さんも、小林さん同様に、元気を失っていたといいます。そんな大内さんが、それでも前を向すくことができるのは、“言葉の力”があったからでした。
▼誰もが笑い合える一瞬のために、99%の努力をし、1%で笑う
毎回こうやって小林さんとビデオレターのやり取りをすることで、発見をすることも多いですし、モチベーションにもつながっています。7月に予定されていた両足のないクライマーのキャンパラバトルは延期とさせていただきました。関係者のみなさまには右往左往させてしまって申し訳ないと思っていますが、今の現状では仕方ないのかもしれないと思っています。ワクチン接種が加速しているということで、今後の状況をしっかり見つつ、過ごしていきたいなと思っています。
小林さんが、元気がないんだよね、という話を、前回のビデオレターでいただいときに、実は僕も元気がなかったんですよね。人生でベスト5に入るくらい落ち込んでいました。めちゃくちゃ不安定でした。何が原因で落ち込んでいるかというと、コロナでスポーツができない、フォースタートとしての活動もできないということもあって。僕は明るいキャラクターをやらせてもらっていますけれど、ちっちゃいこととか、ネガティブなことを、ポジティブというオブラートで包みすぎていて、自分でマヒしていたのかもしれない。緊急事態宣言の延長が決まったときくらいに、一気に心が苦しくなって、なかなか眠れなくなったり、起きているときも寝ているときも、どっちが現実かわからなくてぐちゃぐちゃしていたり、ぼーっとしている時間が多くなっていた。トレーニングしたり、本を読んだりはしていたけれど、なかなか自分らしい自分ではなかったと思います。毎日動画をビデオに撮ってYouTube で配信していても、なかなか心が乗ってこない、しんどかったです。
1週間前くらいに、こんな感覚じゃだめだ、弱ってる自分では駄目だ、ということでホワイトボードに自分の思ってることとか、“自分とは何か”みたいなことを吐き出しました。わあ~って文字をたくさん書いて。本当にやりたいことってなんやろなとか、多様性の実現とか、障害のある人もない人もとか、共生社会とか、そんなことを言っているけど、ほんまか?って。今まで心の中に閉じ込めていたものを全部そぎ落としていって、心の中に残ったものは、障害のある人もない人も楽しく過す一瞬のためにがんばる。誰もが楽しいことをして、わっはっはって笑い合う一瞬のために、99%の努力する。そして1%で笑う、悲しみを共感する、喜びを共感する。そういったことで、自分の大切な人や仲間をハッピーにしていく。それをはっきり認知したのがちょうど1週間前。1週間前までの僕はすごく落ち込んでいました。弱かったです。書き出した文字たちを見て、「だせえな、俺、こんなやつに負けたくないな」と思って、帰ってきたという感じです。
▼自分の言葉でしか、自分の未来はつくれない
いま情報がたくさん溢れていて、いろんな人の言葉であったり、文字であったり、先人の名言であったり、成功者の体験談だったり、そういったもの手に入れやすい時代だと思うんです。一方、ネガティブなニュースとか、コロナのニュースとか、そういったものが手に入ったときに、心がぐちゃぐちゃになっていたと思います。結局、自分を救い出してくれたのは、自分の言葉でしかないのかなと思っています。小林さんは弱っているときの自分が、カヤックで出会った友人が復職されたという便りを受けて、すごく元気になった、励みになったという話をされていた。その話を聞いて心が熱くなって、「大内も一緒に会いに行こう」って言ってくれて、絶対会いに行こうと思っています。小林さんも、友人の活躍を聞いて、それを咀嚼して、自分の言葉に変換して元気になったのかと思っています。僕も過去に発信した自分の言葉であったりとか、僕が誰かに伝えた言葉を誰か経由で聞くとか、そういったことを自分の中で咀嚼して、元気になる、というのがこの2週間くらいでした。ポジティブで明るくて元気いっぱいなだけの人はいない。人にはその人にしか分からない地獄というものを持っていて、小林さんには小林さんの地獄があって、僕には僕の地獄があって。別に人と共感・共有しなくてもいいけど、誰もがそういうものを持っていると思えば、誰に対しても優しくなれる気がしています。
この2週間の経験を踏まえて思ったことは、周りからもらう言葉は、自分の心の中に蓄積されて、心が形成されていくんじゃないかなということ。自分が誰かに話した言葉というのは、自分に一番納得できる言葉だと思うし、それによってまた一歩進んで行ける道を作れるんじゃないかなって、自分の言葉でしか自分の未来は作れないのかなと思っています。言葉を持つ人間というのは未来を作れるんじゃないかなと最近、思うようになっています。叶うかどうかもわからな夢を言葉にすることによって、その未来に近づくそんな気もしますし、ネガティブな言葉で覆い尽くされている環境にいると、ネガティブな未来しかデザインされない。僕は、自分の言葉で未来を作っていきたいなと思っています。小林さんも、小林さんの言葉でたくさんの未来をつくっていっていると思いますし、16年前にモンキーマジックを作ったときから変わぬ意志・思いで、それを言葉にして、今日の未来を作り上げたのかなと思ってますので、小林さんにちょっとでも近づけるように、背中をこれからも追い続けていたいなと思っています。小林さんの言葉は小林さんの未来であり、パラクライミングに携わるすべてのみんなの未来になるのではと思います。小林さんだけじゃなくて、僕や、選手、応援してくれているたくさんの人たちの言葉も、未来になっていくと思うので、みんなが明るい言葉を発する人たちで構成されていくと、パラクライミングというアイデンティティが確立されていくのではないかなと。僕はまだ道半ばで、ぽきぽきぽきぽき心が複雑骨折しますが、紆余曲折を経て、この日の丸を背負える人間にに成長していきたいなと思っています。
あと余談ですが、僕は脊髄損傷なので、腹筋の下半分の機能を使えないという障害なんですけれども、きのうから腹筋ローラーというものを買いまして、やってみました。足の感覚もなくて、腹筋の半分の機能がなくて、出来ることは限られていますが、不細工ながら、ブルブル震えながら、失敗もめちゃくちゃ繰り返しながら、ようやくちょっとできたくらいのレベルなんですけども、できないことが目の前にあると、僕の場合それが希望になるというか楽しくなるので、ふだん使っていない筋力とかもちょっとずつ調整していって、9月のロシアに向けて整えて挑戦できるように頑張ってます。ポジティブだろうがネガティブだろうか僕は僕やし、強かろうが弱かろうが、小林さんは小林さんやし、ありのままの僕と小林さんを、この企画を通してたくさんの人に知ってもらうことでは、パラクライミングのファンが増えることを期待しています。
(了)
“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん
▼大内秀之さん
兵庫県出身
生まれながら脊髄にガンを抱える
ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に
13歳、車いすバスケを始める
大学で社会福祉士の資格を取得
現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務
36歳、小林と出会い、クライミングを始める
38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営
2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場
2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝
▼小林幸一郎さん
東京都出身
16歳でフリークライミングと出会う
大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍
28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される
34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す
37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂
2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝
2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝
2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝
2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝
2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝
2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇
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