“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑫by小林幸一郎
パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。
9月15日から、モスクワでパラクライミングの世界選手権が開催され、小林さんは日本代表として出場します。今回は、大会を前にした意気込みを語ってくれました。
▼勝ち続けられている自分が不思議でしょうがなかった
大内、久しぶりです。 きょうは9月11日、午後8時を回ったところです。思い返すとこの数か月、時間があったようでなかったような、私たち、パラクライミング世界選手権出場を目指してトレーニングを積んできて新型コロナのこともあって、日本代表に選ばれながら出場を断念した人、いろいろ調整をして出場に至ってくれた仲間、さまざまな仲間と共にいよいよ明日9月12日(日)午前、羽田空港からから、パラクライミング日本代表チームは、明日フィンランドのヘルシンキを経由して、決戦の地モスクワへ旅立ちます。大内は、いろいろな思いの中、今回の出場を断念してしまったけれど、同じ日本代表選手の一人として、 僕たちのこの試合を、この大会を、この日本チームを応援してくれていることに改めて心からお礼を伝えたいと思います。
今日の出発前日までバタバタしていました。今日は何をしていたかというと、コロナ前の海外渡航では考えられなかった、現地到着72時間前までのPCR検査の陰性証明書を取るために、PCR検査を午前中に受けに行って、それから現地に持っていく食べ物とかそんな物を買いに行ったり、バタバタとしていたんだけれども。このPCR検査の陰性証明が本当に出るのかまでドキドキしながら、もしこれでコロナが出てしまったら、いくら無症状だとしても出発、出場を断念しなければならなかったので、本当にこの出発の前日までドキドキしながらの今日を過ごしていました。このドキドキというのはあってしかるべき感情で、長い時間をかけてトレーニングをしてきたり、自分の気持ちの浮き沈みに向き合ったり、大会に出ても惨敗するんじゃないかという不安とか、“5連覇取りに行ってきます”という周りからのがんばれのプレッシャーに潰されそうになったり。そんな中でも自分はトレーニングに向き合うしかないと思って過ごしてきました。
今回は、過去4連覇してきた世界選手権の中でいうと、自分はそれぞれの大会の中で自分が勝てるために何ができるかということを毎回、何か違うことを取り入れて、自分なりにがんばってきました。それはフィジカルのトレーニングもそうだし、誰か人と過ごす時間もそうだし、何か一つ新しいことを取り入れて、その結果として勝ててこれたのかなと思う。でも、直接的にトレーナーについたり、 クライミングだけじゃない体のトレーニングの指導者についたりしたことはなかったんだけども、今回初めて、メンタルトレーニングのトレーナーについて“僕がなぜここまで勝ち続けることができたのか”ということに向き合う時間を過ごしてきました。自分自身なんで世界選手権で勝てているのか、勝てるだけじゃなくて連覇できているのはなぜなのかということがずっと不思議で。今でも不思議です。
僕はずっと小学校も中学校も高校だって大学だって運動が得意ではなくて、中学高校なんて部活も何もやったことがなくて。そんな勝ったり負けたりの勝負に向き合ったことがない自分が、こうして世界選手権に出る表彰台の一番上に立つ。いつだって自分が大会に出ている選手の中で一番背が低くて、そして一番歳をとっていて、そんな状況の中で勝ち続けられている自分が不思議でしょうがなかった。体のこともあるだろうけれど、一体どういう心の状況で、これが手に入れられているかというところに疑問があって、仕事の中で出会ったスポーツ心理学のメンタルトレーナーの人に今回約9か月、メンタルトレーニングを受けてきました。たくさんの言葉を重ねる中で、自分の頭にとっちらかった自分の精神状態や、自分が向き合うべきことや、そういうことを整理して自分の強み弱みをたくさん向き合うことができました。
▼目標は5連覇ではない!?
今回の世界選手権中では、自分自身が5連覇に向き合うということがすごく大きいんだけれども、5連覇ということだけではなくて。それはクライミングというスポーツの性格上、試合の順位は、自分が最高のパフォーマンスができたとしても、他の出場選手がその自分の最高のパフォーマンスよりも、もっと最高のパフォーマンスをしたら順位は変わってしまう。 だから5連覇のためにモスクワに行くのではなく、 自分の最高のパフォーマンスをして、自分が満足できるような行動をして、日本に帰って来れるかどうかが自分にとっての最高の目標なんだなというふうに今は考えられるようになりました。人が人生の中で、世界選手権で5連覇に向き合う機会自体は、誰もが向き合えることではないので、その機会そのものに感謝をして、やれるだけをやってこようというふうに思えるようになりました。心も技術も体も、今の僕に、今の生活の中でできるだけのことをやってきたと思う。もちろん、やりきれなかったこともある。でも、やりきれなかったことに向き合うのではなく、今日までの間に自分ができたことに目を向けて、自分が積み上げられたことをきちんと表現できる明日からの一週間のモスクワ世界選手権の旅にしたいと思います。
▼“みんなの笑顔とみんなの輝く姿がそこに残されていることを”
僕らがやっているパラクライミングは2028ロサンゼルスパラリンピックの正式種目化を目指して、国際スポーツクライミング連盟の方で、国際パラリンピック協会に正式なプロポーザルを出すそうです。これから僕らがやっているパラクライミングはもっともっと発展をしていくだろうと確信しています。東京オリンピックに初めてスポーツクライミングが取り入れられたこの年をすごく誇りに思っているので、そんな誇りに思えるような年の大会に、まだ選手として関われり続けていられることを本当に幸せに思っています。
自分の試合に真摯に向き合い続けてきた大内の姿、言葉、行動を、自分自身の学びにして、明日からの試合を戦っていきたいと思うので応援してください。僕を、そしてパラクライミング世界選手権日本代表チームを応援してください。僕も一緒に行く仲間たちも、精いっぱいがんばってきます。日本に帰ってきたら14日の自宅待機期間が待ち構えています。みんな余すほど時間があって、呆れるほどたくさん発信をすると思うので、その発信を呆れずに見続けてやってください。みんなの笑顔とみんなの輝く姿がそこに残されていることを楽しみにしていてください。では明日から行ってきま~す。応援してください。
(了)
“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん
▼大内秀之さん
兵庫県出身
生まれながら脊髄にガンを抱える
ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に
13歳、車いすバスケを始める
大学で社会福祉士の資格を取得
現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務
36歳、小林と出会い、クライミングを始める
38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営
2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場
2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝
▼小林幸一郎さん
東京都出身
16歳でフリークライミングと出会う
大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍
28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される
34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す
37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂
2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝
2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝
2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝
2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝
2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝
2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇
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