“歩けない僕”と“見えない私”の交換日記⑦by大内秀之
パラクライミング世界選手権“視覚障害”クラスで4連覇のレジェンド・小林幸一郎さんと、“車いす”クラス銀メダリストのルーキー・大内秀之さんが、クライミングへの思いを語り合うため、交換日記を始めました。
前回、小林さんからは、ワクワクするような“ビジョン”を持つことが大切だという話がありました。そして「大内のビジョンは何?」という問いかけも。それに対する大内さんの答えは、“人”でした。
▼早く行きたきゃ1人で行け、遠くに行きたきゃみんなで行け
このビデオレターも、何回もラリーをしていて、こんなにワクワク楽しいもんだなと改めて思いました。
緊急事態宣言、コロナの自粛で、僕は本当にいろいろ考えさせられました。現在の大阪の状況ですけれども、命の選別というか、同じ助けられるシチュエーションであれば、回復力の高い年齢の低い人間を優先するといった、そういった現実があります。
そんな状況の中、前のビデオレターの中で、1月のキャンパパラクライミングバトル、両足が使えないクライマーたちの大会をやらせてもらったことに、小林さんが触れてくれて本当に嬉しかったです。
よくやったと言ってくれただけで目頭が熱くなるような。キャンパラバトルを7月に開催しようと、また横浜のバムでやろうと思っているんですけれども、そこに関してもコロナの状況、ワクチンの普及率を考えるとまだまだどうなのかなってすごく悩んだりしています。
それに伴ってロシアの世界選手権をどうしたらいいのか。本当に本当に悩んでいます。 金メダルを取って、たくさんの人たちに笑顔や元気を届けたいという気持ちはあるんですけれども、自分も、高みを目指してやっていきたいというのはあるんですけれども、いまの状況であったりとか、医療現場の状況であったりとか、僕はそういった現実というものを、なかなか消化できない人間なのかな、なかなか切り替えられないなと思っています。
最近、全くクライミングもできていなくて、家でトレーニングするだけの 日々です。
前回、小林さんからのビデオレターに、「正しいことは続かない、楽しいことは放っておいても続いていく」ということを言っていました。その通りだと思っています。
最近、よく思うことは「 早く行きたきゃ1人で行け、遠くに行きたきゃみんなで行け」という言葉を聞いたんですけれども、まさにその通りだなと思っています。
正しいことをずっとやっていったとしても続かなくて、周りはついて来れなくて、自分一人になっちゃって、行きたい目的地には早く行けるかもしれないけど、遠くには行けない、想いが届いていかないと思っていて。
遠くに行っていろんな人に、思いをお届けたいので、ゆっくりに見えるようでもみんなと輪になって一歩ずつ進んでいきたいなと思っています。
僕に宿題いただきました。一般社団法人フォースタートとしてのビジョンは何?バラクライマーとしてのビジョンって何?というだったと思うんですけど、フォースタートとしてのビジョン、 大きい大きい大前提として「障害のある人もない人も一緒に輝ける社会づくり」というものをビジョンに掲げてやっています。
そのきっかけとして車いすバスケットボールをしたり、障害者アートの普及をしたりとか、障害のある人のものづくりであったりとか、パラクライミングの普及であったりとか、ミニ四駆という遊びを通して障害のある人もない人も理解し合う、そういったことをやっていきたいなと思っています。ビジョンはその一点です。
障害者を41年もやっていると、障害のある人が活躍できる社会というのは、“正しいこと”と、“楽しいこと”の違いなんかなって。
障害のある当事者の声っていう形で強く打ち出してしまうと、なかなか続かなかったりする、遠くに届かなかったりする印象を持っています。
楽しいことであったり、それを遠くに広げようと思ったら、たくさんの人たちの力を借りてやっていかないといけなくて、その中には、障害のない人も含め、たくさんの人たち、全員でやっていくことが必要なのかなと思っています。
依頼があってお話しさせていただいたときも、障害のある人からの目線ということで、「すごく参考のなりました」、「勇気づけられました」と言われることが多いです。
けれども、僕はプラスして、自分の周りにいる障害のない人の声って、障害のある当事者の声と同じように、もしくはそれ以上に深くというか、広く遠くまで届くような気がしています。
僕は車いすバスケットの授業させてもらいに行くんですけれども、障害のないメンバーも車いすに座って、子どもたちに、「実は俺、歩けんねんで」と、車いすから降りて立ち上がった瞬間、「おおーっ!なんで足動くのに車いすに座ってバスケしてるん?」みたいな。興味関心がそっちに、ズバっていくんですよね。
障害ある人が伝えるメッセージと、障害のない人が伝えるメッセージをミックスしていくことが大事なのかなと思っています。
僕は障害者をずっとやっているんですけども、障害のある子どもが、地元の中学校に、なかなか行けないというケースが未だにあったりします。
学校がバリアフリーじゃないから、一番近い中学校じゃなくて隣の中学校に行ってほしい、という現実があったりする。
僕はフォースタートで、どんどんお金を儲けて、いつか日本中の中学校に、全部エレベーターをつけてやろう、全部点字ブロックと点字板をつけてやろうと思っています。
エレベーターがないからとか、建物がバリアフリーになってないからとか、そういったのは単なる逃げてあったり、言い訳だったり、そういう風に思っているので。
それに気付かせるかせるきっかけは、楽しいことであったり、スポーツであったり、アートであったり、エンターテイメントの力が必要だなと思っています。
フォースタートは、エンターテイメント・遊び・楽しみを通して、障害のある人も、ない人も、一緒に輝ける、活躍できる、理解し合おうとする、共に生きていこうとするきっかけを作れるようにやっています。
パラクライマーとしてのビジョンは明確にあって、“人“だと思っています。クライマーとして、僕を支えてくれているのは?とか、何でキャンパラバトルをやったのか?とか、何で日本選手権の結果にこだわっているのか?とか、何で世界選手権の上で目指してるのか?とか、なぜこんな辛いトレーニングをやっているのか?っていうと、それは全部“人”です。
一番は、みなさんへの恩返し。一緒に挑戦していくすべての日本のパラクライマーの仲間たち。みなさんとの関わりが、僕のモチベーションになっています。
僕はパラクライミングは、人との勝負ではなくて、自分の勝負だと思っていて。みんなが、「おーすげーな、楽しいな、かっこいいな、やばいな、一緒にやりてぇなぁ」と思えるような、みんなが褒めてくれるために、僕は動いているような気がしています。
それって日本代表じゃなくなったとしても、その思いはずっと続いていくと思うので、人に対する恩返しみたいに、人がモチベーションになるというのが、クライマーとしてのビジョンなのかなと思っています。
小林さんのビジョンって何なのかな?
ブリアンソンの帰りの飛行機で小林さんと喋っていたときに、一緒にこの国をひっくり返したらいいなと思っていたということを伝えさせてもらったんですけれども、小林さんと一緒なら、 この国を人たちの思いであったり、願いであったり、そういったものを一緒に応援できるんじゃないか。この国に生まれてよかったなとか。この国で生きていてよかったなとかって、みんなが心底思えるような、そういったマインドを根付かせるために、小林さんと僕が、このパラクライマーの仲間たちと一緒に活動していくことで、たくさんの人たちに、温かい思いを届けていけるんではないかなと思っています。
これから若輩者の大内のわがままに、どんどん付き合ってもらうことになると思いますけど、どうぞよろしくお願いします。
いつもいつも、小林さんの後ろ姿を目標に、頑張ることができています。ありがとうございます。またね、バイバイ、ありがとうございました。
(了)
“歩けない”大内さんと、“見えない”小林さん
▼大内秀之さん
兵庫県出身
生まれながら脊髄にガンを抱える
ガンは摘出するも、腹筋から下にまひが残り、車いす生活に
13歳、車いすバスケを始める
大学で社会福祉士の資格を取得
現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務
36歳、小林と出会い、クライミングを始める
38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営
2018年パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1(車いす)クラス初出場
2019年ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝
▼小林幸一郎さん
東京都出身
16歳でフリークライミングと出会う
大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍
28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される
34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミング普及を目指す
37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂
2011年パラクライミング世界選手権イタリア大会(アルコ)視覚障害B2クラス優勝
2012年フランス大会(パリ)B2クラス準優勝
2014年スペイン大会(ヒフォン)B1クラス優勝
2016年フランス大会(パリ)B1クラス優勝
2018年オーストリア大会(インスブルク)B1クラス優勝
2019年フランス大会(ブリアンソン)B1クラス優勝 4連覇
▼2人のやりとりは、以下の記事で一覧に↓
みなさんのサポートは、パラクライミングの発展のため、日本パラクライミング協会にお届けします。https://www.jpca-climbing.org/