“白杖の金メダリスト”と“車いすの銀メダリスト”「コンペはお遊びじゃない!」
障害者クライミング=【パラクライミング】世界選手権で銅メダル獲得の、車いすの大内秀之選手。そして世界選手権の金メダリスト、視覚障害者の小林幸一郎選手が対談。2人にとって、3月に開催される日本選手権とはどんな存在なのか?ガチなアスリートとしての顔が見えてきました。
▼登れるやつが最強、以上
大内:日本選手権はガチンコ勝負なので、お遊びではないと思っている。勝つか勝かないかによって大きく未来が変わってしまうもの。この競技の発展とかを考えると、共感を生む仕掛けをして、たくさんの人に観てもらったほうがいいと思うんですけれども、まず真剣に登っている姿を見せることが重要なのかなと思います。観ていただけるのはいいですけれども、自分は一生懸命がんばるしかできない。日本選手権は国内最高の大会なので、一手二手で落ちる選手は応援されないぞっていうシビアな物差しで観てくださいって思います。ここは言い訳が許されない世界大会への玄関口。だからエンターテイメント性ではなく、登れるやつが最強、以上っていう感じで。
小林:僕も大内と同じ考え方。テレビ番組をつくる人だったら、新旧メダリスト対決とか、感動のストーリーなんかが取り上げられると思うんだけど、出ている選手は全員、この日本選手権を勝ち抜いて、日本代表として日の丸のついたユニフォームに袖を通して、国際大会に出場することを目指している人たちだと思ってる。そこにいる人たちは全員、目をギラギラさせて、ここまでの1年間なり、日々の努力の積み重ねをぶつけるために来ている人たちだと捉えてくれたらいいと思っている。
今回、すごく目新しい出場選手がいるわけでもなくて、どちらかというとこの2年間のコロナ禍の中で、パラクライミングの発展は若干横ばいだと俺は認識している。これからパラクライミングの大会に出場しようとする人たちが増えていく時期を作って行かなければいけないし、みんなが役割を持ってこれからできることを考えていかないといけない。でも、日本選手権に関しては、この一発勝負の結果で、日の丸のユニフォームに袖が通せるかどうかがかかっているので、みんなそこに向かって、ここまでの努力を出し切るだけ。観てもらうとしたら、そこだけだと思う。
大内:ライブ配信の解説でも、ガンバって声はいらないですよね。それは観てくれる人が心の中で思ってくれたらいい。解説は競技志向でいい。
小林:これは競技だからね。新聞の記事の話だけれど、障害者が扱われるときに、社会面なら小林幸一郎“さん”。でも、スポーツ面に出るときは、小林幸一郎。呼び捨て。だから日本選手権は競技スポーツなので、すべての選手が呼び捨てで表現されるような、そういう場所として、「福祉」というイメージから離れて欲しい。出場選手の数も、ほかの競技に比べたら少ないし、規模の小さな大会だけど、それでも出ている我々は、日の丸のユニフォームに袖を通すことを、そして国際大会で表彰台に立つことを目指している。福祉ではなくてスポーツに向き合っているアスリートがこの日に集まっているんだっていうことを伝えたい。
▼トップにならない限り、普及につながらない
大内:本当に切実な想いなんですけれども、日本代表になりました。海外の大会に行きます。でも渡航費は自腹です。ワールドカップに参戦しますけど、3回で合計150万円かかりますってなると、お金がないから海外の大会出場をあきらめる選手がいる。活動資金は僕たちにとって大きな課題。解説とか配信とかしていただくのであれば、その画面の先にはスポンサーとなりそうな企業がいると思って、応援したいなって思ってくれる企業の担当者が1人でもいることを信じて、日本代表を応援してもらえるきっかけにしたい。日本選手権は、企業から審査される場、パラクライミングが競技として、広告宣伝として使えるか使えないかをジャッジされる場でもあると思っている。それがパラクライミングの発展につながると思っています。
小林:自分たちはいち選手であり、モンキーマジック代表の小林として、フォースタート代表の大内としては、そこにはいない。大会が終わったあとには、ちょっと引いた目線で、客観的に大会がどうだったかとか、みんなにもっと出てみようよって声を掛けたりといった普及活動をするかもしれない。でも現時点では、モンキーマジックの小林として、フォースタートの大内として何かをするっていう考えは出てこない。
大内:真剣に登るからこそ、普及に貢献できると思っています。日本選手権では、自分が車いすクライマーのトップにならない限り、普及にはつながらないと思っている。先日、コロナに感染して、体調もいまだに戻っていなくて。調整が遅れていて、正直焦りもありますし、緊張もある。ライバルの追い込みもあるので怖い。キャンバラバトルで応援してくれた子どもたちに勇気を届けたいという気持ちよりも、目の前のホールドをつかんだら次の一手をどうつかむかに気持ちがフォーカスしていて、この姿を見てもらうことこそが、普及につながるのかなと思っています。
小林:俺、故障したまま、今回、大会に出る。手首が壊れていて、本当にトレーニングもままならなくて。どうなるか分からないが、出る以上、自分がやれることやらないといけない。恥ずかしいことできないなっていう気概はある。
大内:納得は、てっぺんにしかないと思っています。あ~、早く登って楽になりたい…
▼努力は夢中に勝てない
ストイックに大会に臨む2人のまなざしにはヒリヒリとしたものを感じましたが、話の最後には、思い描いている楽しい未来について語り合いました。
小林:いつか一緒に海外行きたいね、2人でね。
大内:僕、英語、ハローとサンキューとアイラブユーしか喋れないですよ(笑)
小林:20年前に、車いすの友達と海外旅行したんだけど、俺は見えないし、大内は歩けないけど、俺は車いす押せるし、大内は目が見えるし。エベレストに登った視覚障害の友達が、アメリカで毎年でかいイベントやっているから、そこに行ってみるとか。お互いがどういうことに困ってるのかみたいな発見がめっちゃあると思う。全然違う、新しいことをしてみたいな。
大内:僕は夢物語かもしれないけど、2人で会社をつくりたい!何か分からないですけど、アルミ缶を集めてお金にして寄付する会社とかね。小林さんと一緒なら面白おかしくできないかな。子どもたちにアルミ缶を集めさせて、それでポイントをあげて、ポイントが貯まったら小林さんと登れるとか。なんでそんなことを思うかというと、僕は残りの人生、楽しいことしかしたくないんですよ。何が楽しいのかなって考えたときに、みんな笑っているときだなって。それぞれの楽しみ方があっていい。楽しみ方にこうじゃなきゃだめだってことはないので。
小林:この間、ラジオで「努力は夢中に勝てない」って言っていた元Jリーガーの人の話を聞いた。勝ち負けの世界にいる人たちは、そういう世界にいるんだなって。やっぱり俺たちが思っていることって、多かれ少なかれ、そんなに変わんないんだなあ。
大内:僕は、夢中になりたいから努力している。クライミングジムでは、筋肉疲労なんて無視して登り続けてしまう。それでも、もっと登りたいから家で歯をくいしばって懸垂でトレーニングしている。努力ってめちゃくちゃしんどい。でもジムで夢中に登っていたら、頭がパッパラパーになってめっちゃ楽しくなる。夢中の時間をもっとのばしたいから努力している感じ。
小林:大内は懸垂している時間も、きっと夢中になっているんだよね。やらされてる感っていうのは努力。やらされている努力は、自分がやりたくてやっている夢中には勝てないってことだよね。
(了)
大内さんと小林さんについて
▼大内秀之さん
・兵庫県出身。
・生まれながら脊髄にガンを抱える。
・ガンは摘出するも、腹筋から下にマヒが残り、車いす生活に。
・13歳、車いすバスケを始める。
・大学で社会福祉士の資格を取得。
・現在、大阪府堺市立健康福祉プラザに勤務。
・36歳、小林さんと出会い、クライミングを始める。
・38歳、一般社団法人フォースタート設立。車いすバスケチーム「SAKAIsuns(サカイスンズ)」を運営。
・2018年、パラクライミング世界選手権インスブルク大会(オーストリア)AL1クラスに初出場
・2019年、世界選手権ブリアンソン大会(フランス)AL1クラス準優勝
▼小林幸一郎さん
・東京都出身。
・16歳でフリークライミングと出会う。
・大学卒業後、アウトドアインストラクターとして活躍。
・28歳、「網膜色素変性症」が発覚。将来失明すると宣告される。
・34歳、米国の全盲登山家エリック・ヴァイエンマイヤーとの出会いから、障害者クライミングの普及を目指す。
・37歳、NPO法人「モンキーマジック」設立。
同年、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂。
・世界選手権“視覚障害”クラスでの優勝4回。
・2023年、競技者としてのパラクライミングから引退。
・現在、日本パラクライミング協会 共同代表を務める。
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