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担当さんと私が作った幻の傑作 中編

前回までのあらすじ:デザイン会社の企画会議に通らなければ!

それが本を出すための最低条件。
そう息巻いたまではよかったが、肝心の企画会議にはあっさりと落第。
あっけらかんとする私とは対照的に、担当さんは明確な闘志を燃やして次に向けて動き出していたのだった…。
とても大切な「幻の傑作」は、こうして紡がれ始めた。

🔙前回の記事はこちら🔙

※このお話は内容のほとんどをノンフィクションで綴ったものです。
関係者の方々への詮索、特定、その他ご迷惑となる行為はおやめ下さい。
また、ここに書き綴ったものの本質は、私とご縁のあったとある男性の名誉と沽券を守るためのものであることを明記しておきます。
記載事項以外で、内容に関する詳細な質問等にはお答えしかねます。
万が一、ご用件がある場合には、私ひよこ師範への連絡をお願い致します。
Twitter:@piyopiyo_sihan

👇この記事のお品書き👇


企画!通りましたよ!やってやりました!

どこか興奮した様子で担当さんが連絡してきたのは、まだ寒さの厳しい冬のことだった。
企画会議に落ちてから2か月くらい過ぎたある日。
彼は急にそんなメッセージを送ってきた。

当時繁忙期が重なっていた私は、企画会議で落ちたことなど記憶のかなたに置いてきてしまっていたので、理解するまでに時間がかかった。

話を聞いてみると、彼は企画会議で落ちてしまった企画書を見直し、アプローチを見直し、そして何度も何度もプレゼンの練習をし…

単身で再度企画会議に臨んでいたのだ。

そして、彼の熱意あるプレゼンによって、見事企画会議に通った。
我々(という名の担当さん)の勝利である。

「優しくて説得力のある言葉」が必要だ!

企画会議に落ちた後の私達は、確かこんな会話をした。

「これってまたリベンジとかしてもいいですか?」
「そりゃいいですけど、それって(同じ企画内容だと)難しくないですか?」
「そうかもしれないですが、チャレンジしてみたいんです」
「まあ、構いませんが、私はこれからの時期忙しくなるので、あんまり時間割けないかもですよ?みっちり打ち合わせとかは難しいかも」
「大丈夫です!ご迷惑は掛けないので、よかったら挑戦材料にさせてもらえたらな、と」
「分かりました。何かできることがあれば、私も協力は惜しみませんので」

記憶は朧げだが、こんな感じだっただろうか。
私も協力はしたものの、数回相談に乗った程度でほとんどは担当さんが進めていたはずだ。

そして、彼はやり遂げた。

企画書を見直し、プレゼンの方向性を変えたらしい(本人談)

まさか本当にやってのけるとは思っていなかったので、とても驚いたのを覚えている。
担当さんの名誉のために言っておくと、私は彼の能力を低く見積もっていたのではなく、同じ内容の企画は通らないと思っていた。

とにもかくにも企画会議に通ってしまったからには、相応のものを用意しなければならない。

「何ていうか、本当によくやりましたよね。素直に尊敬しますよ」
「今の時代に明確に足りないものを届けるためですから」

何が足りないのか、とは聞かなかった。
私達の間で、今更「それ」を語るまでもない。
遅ればせながら、私も覚悟を決めるより他にないだろう。

かくして、私は再び準備に取り組んだ。
私自身を信じて、熱意をもって発信してくれた彼に感謝しながら。

「自分の言葉でどこかの戦場の銃声が鳴り止めばいいって思ってるんだ」

私がそれを彼に話したのはいつのことだったか。
夜中にオンライン飲み会をしていた時だったような気がする。
絵空事だと前置きして話した「大人の夢」を、彼は真剣に肯定してくれた。

大人になってから抱いた夢や理想など、大抵の場合は無に帰すと相場が決まっている。
そうやって、現実を知っていくのが大人になるというものだ。

とはいえ、それだけで済ませてしまっては、少々ロマンに欠けるというものだろう。
諦める理由を先に探すようになってしまったのは、いつからだっただろうか。

いつの間にか、俗世に染まりすぎていたのかもしれない。

ある意味、大人になるということに違いはないのだろうが。

それでも、「自分の理想を語り、発信できるかもしれない」のだ。

それを実現できるかもしれない機会が、目の前にある。
そして、一緒に為そうとしてくれる人がいる。
ありがたいことだ。本当にありがたいことこの上ない。
これ以上、何を求めようものがあろう。

「しっかし、何というかアレですよね。担当さん、結構大胆なんですね」
「そうなんです。割と行動派ヲタクなんです!全ては世界平和のために!」

…行動派が過ぎるのではなかろうか。
そう思いはしたものの、気炎を上げる彼と一緒に私も笑うことができた。

大人になってから、久しぶりに「頑張ろう」と、そう思えた。

今回の本題は、そこじゃないんだ…

ここまで読んで、私が出そうとした本の内容に興味を持ってくださる方がいたのであれば、それは大変にありがたいことである。

それは内容も含めてとても重要なことなのだが、この記事はあくまでも「私の禊のようなもの」である。

私が実現したい「若い世代の人達を素直に肯定する大人を作る」ことについては、いずれまた別の機会に話すとしよう。

企画会議に通り、担当さんを窓口としてその後の打ち合わせは順調に進んだ。
そして、私は正式にデザイン会社と共同出版の契約書を交わした。

ところが、順調に思えた矢先、思いもしなかった横槍が投げ込まれることになる。
ミストルテインもグングニルも、求めたつもりはないのだけれど。

矢と槍だけに。

内容に不信感を抱かざるを得ない???

「本当にそう言われたんですか?」
「そう言われてしまいました…」

企画会議に通ってからしばらく経ったある日。
私達は今後の打ち合わせをすることにしたのだが、担当さんは何ともしおらしい様子で報告をしに来た。

つまるところ、せっかく企画会議に通ったというのに、その内容を本にまとめて出版したら、「世間からの不興を買うのではないか?」と、会社内部の人間に思われているというのだ。
一体、そんなことを思っているのは、どこの誰なのだろうか。

おかしい、我々の奮闘(ほぼ担当さんの手柄)で窮地は切り抜けたはずではなかったのか。

話を聞いてみると、企画会議の日は出社していなかった企画部の部長(以下:部長)が、企画書に目を通して苦言を呈したとのことだ。

担当さんはそう言われてすぐに毅然と反論したらしい。

・既に企画会議で通っている
※広報班の班長の過半数以上が支持する必要がある
・そもそも、部長職の独断を防ぐための企画会議である
・会議で通った企画の差し戻しを判断する権限は部長個人にはない
・不信感に対する指摘の内容が具体性に欠ける

他にも理由はあったりしたのだが、ざっくりまとめるとこんな感じだ。

だが、それでも言ってこれたということは…。

「…それって、企画会議の意味ないのでは??」
「ッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……………、それを言われると痛いですね」

思ったよりもタメが長かったな。これ以上の追撃はやめておこう。
会社のシステムや風土のことで担当さんを責めてもしょうがない。

少なくとも、上役のお気に召さなかったことは確実だろう。

やはりというか、これだけを見ると、道理が通っていないのを承知の上で言ってきているようにしか思えない。

「結局、私がいくら説明しても、部長には納得してもらえなくて…」

担当さんは比較的物静かなタイプではあるものの、言うべきことはハッキリと言える人だ。
興奮しすぎてヒートアップしてしまったならまだしも、彼はそういう人間ではない。
むしろ、打ち合わせの段取りや手際は見事なもので、いつも非常に感謝している。
端的に言えば、行動派ヲタクではあるが有能な人なのだ。
まして、彼の肝いりで企画会議を突破させた内容でありながら、説明の仕方を違えるというのは考えづらかった。

さて、どうしたものか。現状のままでは埒が明かないor八方塞がりがデッドヒートを繰り広げることになるだろう。
担当さんの話を聞けば聞くほど疑問は湧くばかりだが、このままにはできない。それは担当さんも同じ見解だった。
こういう場合に対応を間違えると、企画そのものが頓挫することになりかねないからだ。

「分かりました。それなら、私が直接出向いてお話しますよ」

先方が納得してくれるのなら、私の時間など安いものだ。
何より、そうするだけの価値がこの企画にはあるのだから。
そう思わせてくれた人のためにも、後顧の憂いは断つに越したことはない。

担当さんの驚いた顔。少し申し訳なさそうな、しかし同時に確かな信頼を感じさせる瞳が、眼鏡のレンズ越しにしばたいたのが見えた。

元来、人の目を見て話すのはとても苦手だが、今だけはしっかりと目を合わせて頷いた。

他に説明が必要な箇所や不安な点はございますか?

「気になる部分があれば、今のうちに解消しておいた方がいいと思うのですが」

後日、デザイン会社の会議室にて対峙、もとい大きなデスクの向かいに座った部長へ私はそう付け加えた。

担当さん経由で部長には正式なアポを取って「不信感払拭プレゼン」に臨んだものの、最初は取り付く島もなく露骨に嫌な顔をされていた。
どうにか話を聞いてもらおうと周囲の目も構わず腰を90°に曲げる私に、彼は溜め息を1つこぼすと、ようやく身体を向けてくれたことを今でも鮮明に覚えている。

会議室は透明なガラスで仕切られているだけなので、私と担当さんが揃って頭を下げている様子は企画広報課で絶賛お仕事中の社員さん達の目にも入っていたことだろう。
あとになって、変なやつとか思われてませんでしたかね?と担当さんに聞くと、乾いた笑いしか返ってこなかったので深掘りはしないでおいた。

それはそれとして、部長と話した内容は、いたってシンプルな問答だった。

我々が提出(主に担当さんが主導で手直しを敢行)した企画書に、部長が気の済むまでケチをつける。言い方は悪いが、これが一番伝わりやすい。
そして、それに私が一問一答のごとく、都度「納得してもらえる説明」をしていくという形になった。

そして、いくつめの質問に答えた時だっただろうか。
ついに部長からの質問が止まった。

たっぷり30秒、もしくはそれ以上の時間、沈黙が会議室を支配する。
ここが潮時だと思った私は、冒頭の質問を切り出した。

それを聞いて、彼はどこか呆れたように、長い長い溜め息をついて…。

「いや、分かりやすい説明だったよ。まあ、…企画会議に通るだけはある」

まさに不承不承。遣る方無さ(※)を隠そうともしない態度だったが、それには一切触れないでおいた。
※やるかたなさ:やるせない、思いを晴らす方法が見つからない様子のこと

今しかない。そう思って、私は一気に畳みかける。立ち上がって再び腰を折ると、思っていることだけを言葉にしていく。
ありがたいことに、担当さんも一緒に立ち上がって私に倣ってくれた。

「であれば、是非とも御社の力添えを頂きたく思います。もちろん、何かにつけて批判を受けやすい今現在における世の中の体質を鑑みれば、ご心配になるのも無理はありません。しかしだからこそ、私達大人が届けようとした事実を、鬱屈感を感じている若い世代の人達に届けたいと、私はそう思います。表現や言論には細心の注意を払いますので…」

ただ淡々と内心から湧き出てくる言葉だけを掬い取っていく。
普段はあまり回らない舌が、この時ばかりは一度も空回りすることなく仕事をしてくれた。

「今時、随分と物好きなことを言うね。珍しいタイプだよ、君は」

褒められているのか、それとも嫌味を言われているのか測りかねていると、部長はおもむろに立ち上がると、やはり大きな溜め息をついて言った。

「両輪が揃っている状態で止めるのは大変だからね。まあ、やれるところまでやってみればいいんじゃないか」

下げていた頭を起こしてから改めて部長の顔を見ようとしたが、彼はこちらを見ようとしてくれなかった。
であれば、こちらからやれることは一つしかない。

「お時間を頂き、ありがとうございました。全力を尽くします」

それだけ言い置いて、荷物をまとめる。
結果で語る以外に道はなくなった。

…ちょっと叫んでもいいですか?

そう言った私を担当さんが速攻でたしなめる。

「やめて下さい。ファミレスですよ、ここ」
「うひょー!仕事が一段落した時が、1番生を実感する!」

叫びたくてウズウズしている私だったが、担当さんがさらに押しとどめた。

部長との対決(?)から半年以上が過ぎて、製本作業は佳境に入っていた。

最初こそ部長から再びお呼びがかかるのではないかと懸念していたが、その後は目立った干渉もなかったので、この時には既に過去の出来事になっていた。

そもそも、原稿の制作と校正作業に追われて、余計なことを考えている時間などあるはずもなく、やるべきことを淡々とこなすので精一杯の日々だった。
そして、原稿を全て推敲し、校正とページデザインの修正まで済ませ…。

作業工程の最終チェックは、2人で一緒にやろうと決めていた。

それが今日である。

場所は値段がとってもお安く、そして味もとても美味しいイタリアンなファミレス。

元より仕事の打ち合わせなので、飲食は打ち合わせの後にするというのが私達の暗黙のルールだった。
それでも、大概の伝票は短くなっていたけれど。
私達がいる時間に店が混んだ記憶はほとんどないが、単価の悪い客だったとは思う。
いつも通り、今のテーブルにはミラノな感じのドリアも、パルマ的なスパゲッティも置かれてはいない。
焼けた若鶏が運んでくる悪魔のような誘惑をどうにか振り切って…。
いや、今日という今日は、あとで食べるのも悪くはないか?

待て待て。今はそれどころじゃない。そんなことは後回しだ。

今までの作業工程表を2人で見返して、1つずつチェックをつける。
業務上では既に全て確認済みだとか、そんな野暮なことはどうでもいい。

私達にとって、大事なことなのだから。
この半年間、心血を注いだ作業を、私達が歩いてきた道筋をしっかりと見届けるために。

「原稿は全て完納。校正チェックよし。デザイン修正なし。…ですよね?」
「仰る通りです。既に印刷のスケジュールも押えました。電子版の方も問題ないです」

最初から最後まで、特に今後のスケジュールの抜け漏れや連絡漏れがないかを確認していく。

「取り扱い書店さんも決定。印刷会社さんも決まってる。…ってことは?」
「製本作業に関しては、全ての作業工程が終わりました」

短い沈黙。そして…。

「…お疲れさまでした」
「…こちらこそ、お疲れさまでした」

どちらからともなく、頭を垂れていた。
作業期間は半年以上。総ページ数、360。
私達のありったけの情熱と、期待と、願いの結晶。

それらが集約された1冊が、ついに完成した。

あとはデータを元に印刷会社に刷り上げてもらい、電子書籍版はサイトで公開を待つだけである。
もちろん、細かい作業は残っているものの、概ねの仕事は完遂したと言って差し支えないはずだ。

そして今、作業工程表に最後のチェックが付けられた。
それを見て、大きく息を吸って、吐いて…。

「…ここじゃアレですから、そろそろ出ますか」
「それもそうですね。そうしますか」

声が浮ついているのが全く隠せていないが、お互いに指摘するような真似はしない。
私の方も、担当さんの方も、色々と限界だった。

担当さんが広げていた手帳や資料を手早く片付けている間に、私はそそくさと会計を済ませる。
見慣れた単品ドリンクバー2つの値段が記された伝票を清算して、早鐘を抑えつけながら先に入り口を出る。

足取りが明らかに軽い。足首に羽でも生えているかのようだ。
我ながら、何とも分かりやすいことである。

夕飯時の来店客と入れ違いで、ファミレスの階段を下りた。
少し遅れて、担当さんが階段を下りてくるが、足取りはどこか頼りない。
きっと、私も似たようなものだったことだろう。

ようやく最後の一歩を踏んだ彼と、同じ地平に立って、目が合った。


その瞬間。


「「っしゃああああああああ!!!!!」」

強烈な電気信号が身体の奥から突き上がってきて、全身を駆け抜ける。
抑えていた感情の箍(たが)が、盛大に弾け飛んだ。

都心のファミレス前で叫ぶ、大人2人。

あまりにも小気味よい、会心の痛みと、音と、痺れが、手のひらから二の腕、そして心臓までを迸った。

示し合わせてなどいない。

それでも、全力で振り抜いた手の感触が、言いようのない全能感を引き寄せてきた。

背中をバンバンと叩き合い、ただただ笑った。笑うことしかできなかった。

もしかしたら、泣いていたかもしれない。どうだっただろうか。
やたらと笑ったことだけは鮮明に覚えているのだが、つい先日のことながら記憶は朧げだ。

前日から急変した気候。夜の帳が引き連れてきた冷気に宥められ、どうにか一息つく。

私達は旧知の仲のように、まるで高校生のように身体をぶつけ合いながら、人目など欠片も気にすることなく笑って街を歩き出した。

駅で別れてからも、身体を包む余韻は電車の揺れと共鳴して、帰り道の白い吐息には自然と笑みが混じっていた。



それから約1週間後。



担当さんが亡くなったという連絡が来たのは、夏の暑さが戻ってきた朝のことだった。

担当さんと私が作った幻の傑作 後編へ続く🛫

次回はこちら👇

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ひよこ師範
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