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インバウンドはノアの箱舟になれるか
訪日客数の増加とともに、「インバウンド・ツーリズム」という言葉は一般にも知られてきた。だが、その意味となると意外と考えたことがないという人が多いのではないだろうか。
実際、「ツーリズム(tourism)」を辞書で引いてみると「観光」とある。逆に、「観光」と引けば、「ツーリズム」とある。どちらも「観光」という意味だが、「ツーリズム」と呼ばれる「観光」はかつての「サイトシーイング(sightseeing)」とは使い分けされているようだ。
いろんな見方があるが、私はツーリズムを『観光行動を起点とする新しい市場の形成と持続的な発展』と定義づけている。従来型の「観光(sightseeing)」と区別することでツーリズムとはどういう取り組みなのかが、わかりやすくなるからだ。
さて、「インバウンド・ツーリズム」に話を戻そう。そもそもどうして国をあげて「インバウンド」を頑張ることになったのだろうか。これが意外と語られているようで語られていない。訪日外国人客数が3100万人を超えたとか、6000万人を目指すとか。そういう情報はたくさん流通しているが、肝心の「なぜ?」の部分はあまり聞こえて来ない。
とはいえ、聞けば簡単な話で、目指すのはもちろん、世界的に成長産業となっているツーリズム市場において、観光資源豊富な日本をアピールし、これまで取りきれてなかった市場をとるということなのだが、その先には、待ったなしで進む少子高齢化という大きな課題を克服し、持続可能な地域を再び取り戻すという壮大なミッションがあることを知っておく必要がある。
店舗に例えれば、かつては常連や新規の若い客で賑わっていた店舗がじわじわと客を減らし、店舗は老朽化。雇用は減り、新たな労働力も得られない。少子高齢化のもたらす、このような状況を海外から新しい客を呼び込むことで打開できないのか。要はそういうことだ。店舗を地域や国に言い換えても良い。
かくして、政府はビザの緩和やプロモーションを行い訪日外国人の呼び込みをはじめた。私がタイムアウト東京を始めた2009年の年間訪日客数が679万人。2018年には、3119万人だから、ここ10年の間に随分とたくさんの旅行者が日本を訪れるようになった。客の呼び込みには成功したのだ。
しかし、確かに大勢の客はきたが、閑古鳥の鳴いている店舗に新しい客がどっと押し寄せたってだけでは、その店が再び持続可能な成長を手にすることにはならない。彼らにお金を落としてもらうことが必要だからだ。
そのためには、今ままでのやり方だけでは難しい。新しい客が買いたい商品が必要かもしれないし、快適な接客や決済方法などサービス改善も必要だろう。場合によっては店舗自体をデザインし直す必要だってあるかもしれない。
地域に置き換えれば、文化財などの観光資源の磨き上げ、交通や宿泊施設などの街のインフラ、環境の整備などが必要になる。
訪日客は自分たちが知っているこれまでの常連客たちとは異なる多様な人たちだ。対応には知恵を絞る必要があるし、投資もいくばくか必要かもしれない。しかし、それでも目の前に新しい客がやって来るというのだから、千載一遇の機会には違いない。
そして、この機会をしっかり捉えることができれば、新しい市場の形成はもちろんのこと、新たな雇用を生むこともできるようになり、地域の活気を取り戻すことにも繋がっていく。再び持続可能な地域となれる可能性が見えてくるのだ。
インバウンド・ツーリズムとは、『観光行動を起点とする新しい市場の形成と持続的な発展』を目指すもの。従来の「観光(業)」の枠の中に止まる必要は全くない。言葉は同じでも、目指す先は異なる新しい領域なのだ。
だからこそむしろ、これまで観光に縁のなかった様々な新しいプレイヤーが、既存のしがらみなどに気を取られることなく、多様なアイデアを持ち込み、チャレンジしたい。そうすることで、この新しい領域を確かな市場に変えることができるし、持続可能な社会づくりが現実味を帯びていくのだ。
以前、関西財界セミナーで「インバウンドとインプラントの違いもわからないのに、、、」と言った意図は以上のようなことなのだが(読売新聞の記事に取り上げられて少々面食らった)、東京五輪を翌年に控え、大阪関西万博開催決定に沸き、やれIRだなんだと再びインバウンドにアクセルを踏み込むこの時期だからこそ、あえて「なぜ、今、インバウンドなのか」ということを丁寧に伝えていく必要があるだろう。
最近、オーバーツーリズムや観光客のマナーの問題などがニュースでよく取り上げられる。考えてみれば、日本の国土にこれだけ多くの外国人が入れ替わり立ち替わり常に存在していること自体が歴史上なかったことであり、いろいろなところで軋みや摩擦が生じるのは当然なのかもしれない。
(大阪万博が開催された1970年の訪日外国人数は854,419人)
心の中をのぞけば、この状況にストレスを抱えている人たちも少なからずいるだろう。私たちは、国をあげて、かつてない経験の最中にいるのだ。
まして、現代の観光は観光地だけでなく、生活空間である街を舞台に繰り広げられる。故に、地元の理解は必須だが、そもそもどうしてこんなに多くの訪日客を呼ぶのか、その理由が明確に伝わらなければ、事態は悪化の一途をたどることになる。発生する軋みや摩擦を真の意味で解消することは困難となり、本来の目的達成を阻む大きな障壁にならないとも限らないのだ。
ノアの箱舟を用意したつもりが、「誰だ、こんなとこにでっかい船を置いたやつは!さっさとどけろ」などとなっては、本末転倒。そんなジョークのような結末とならないように、今こそ丁寧に対応しておきたい。
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