創作ラノベ「異世界から帰還した俺は人知れず学校イチのぽんこつ美少女を支え続ける」
第1話 ギブ&テイク
ここは俺の部屋か?
よかった。現実世界に戻ってこれたのか。
異世界召喚という言葉を知っているだろうか?ラノベやアニメでよくみるあれだ。
異世界にいる邪悪な魔王を倒すために勇者を召喚するのだ。
俺は先月までそれに召喚され10年修行を積んだ結果、
魔王を打ち砕きオリバンダー王国を救うことに成功し現実世界に戻ってこれたっていう訳。
異世界の10年間はこちらでの1ヶ月程度であり、
今日は高校の入学式初日であった。
「ええと。今の時刻は8時50分!?入学式まであと10分じゃん!」
身支度に5分かかるとして、学校まで走っても15分。遅刻確定か…
異世界の時みたいにテレポート魔法が使えればいいのだけど。
試しに唱えてみると目の前に大きな扉が現れた。
「まじか。こっちでも使えるのかよ。」
こんな能力が世に知れたら大問題になるに違いないと思い、
テレポート先は学校の体育館裏に設定した。
「よし。5分前に到着できた。あとは式に参列するだけか。」
バタン。
何かが落ちた音がして振り返った。
そこには1人の女子高生が立っていた。
亜麻色の長い髪は、妖精の紡いだ糸のようにさらさらと、春風に柔らかく揺れる。
雪の彫像めいて白く華奢な肢体は、触れたら融けてしまいそうで怖いくらい。
まるで繊細な硝子ガラス細工のように……危ういまでに可憐で儚はかない。
生まれて始めて「あぁなんて美しい人なんだろうか」と思った瞬間
「えええええええ。急に人が現れたんですけど~!?」
と叫びながらその場で尻餅をつき、カバンの中身が全部溢れかえって、宙に浮ぶ。
食べかけのパン、ぐしゃぐしゃなレシート、空き缶。ゴミだらけだ。
あれ、思っていたような美少女ではないのか…?
近くに駆け寄り飛び出たものをかき集める。
【絶対に失敗しない高校デビューの方法】
「みないで!」
彼女はとてつもないスピードで俺の手から一冊の本を奪った。
顔をみるとさっきまでの雪のような真っ白い肌が一気に赤くなっていくのが分かる。
まるで男梅かのように。
「ごめん、見るつもりではなかったのだけど」
「そ、それよりさっきの扉はなんなの?まさか魔法とか言い出さないよね?」
言葉が詰まる。この能力は誰かに知られてはいけない。しかしテレポート魔法を見られては、噓のつきようがない。彼女からしたらいきなり目の前に扉が出てきているのだから。
「そのまさかだ。信じてくれないかもしれないけど、俺は先月まで異世界にいたんだ。
そして魔法が使える。頼む。この能力のことは誰にも言わないで欲しい。」
「あんなものを見せられては信じるしかないわ。誰にも言わない。その代わりにあなたも私が高校デビューしようとしていることは誰にも言わないで欲しい」
「商談成立だな。ところで君はなんで高校デビューしようとしているの?
容姿端麗で友達の1人や2人すぐにできそうだけど」
「それは…」
先ほどまでの真っ赤な顔が白色を経由することなく青ざめていく。
まるで赤い絵の具に青い絵の具を入れているかのように。
もしかして中学時代いじめられていたとか?聞いてほしくない質問をしてしまったのか。
「ごめん答えなくていいよ」
彼女は大きく息を吸った。
「私、、ぽんこつなの!!!」
どういうことだ。
その瞬間、突如膨大な魔力が現れたのを感じた。魔王並だ。
なぜこの世界に?異世界から敵がきたのか?どこにいるのだ。
当たりを見渡しても敵などいない。
そしてこの魔力は彼女から出ていることに気付いた。
これは一体…?
「新入生入場!」
体育館から大きな声が聞こえた。まずい。入学式が始まった。
二人で急いで体育館まで走ろうとした瞬間、彼女は目の前の柱を避けたと同時に靴ひもに引っ掛かり派手に水溜りに転んで全身ずぶ濡れになった。
「いててて。ほらねこういうところがぽんこつなんだよね。」
そういうことか。膨大な魔力のせいで上手く体をコントロールできていないのか。
なんとか式には間に合い、彼女の汚れは魔法で全て綺麗にしてあげた。
式典中の市長挨拶というこの世の最も無駄な時間に、俺はこの世界中に探知魔法をかけたが、魔力を持っているような人間は見つからなかった。
ひとまず異世界から敵が参入してきたという事態はなさそうだ。
式が終わると下駄箱にクラス分けの紙が張り出された。
彗星高校1学年360人。1クラス40人の9クラス。
俺のクラスは1年5組で出席番号は10番。教室は3階か。意外と遠いな。
扉を開けると綺麗に着席した生徒から視線を感じた。
恥ずかしいから見ないでほしいが、入学初日では避けられないイベントだから仕方ない。
下を向きながら歩こうとした瞬間、視線は俺ではなく僅か右にずれていることに気付いた。
吸い込まれそうなほどに大きな眼を縁取る長いまつ毛。
ぽんこつの美少女だ。
「同じクラスじゃん。よろしくね。」
「こちらこそよろしく。」
一番後ろの席に着くと彼女は俺の隣に座った。
「席となりだね、私の名前は早乙女 愛。あなたはなんていうの?」
「俺の名前は金丸 勇人」
「改めてよろしくね。金丸君。あとさっきはありがとう。」
至近距離で見るとやはり早乙女さんは美少女だ。
艶を帯びた形のいい桜色の唇に主張しすぎない化粧。確かにものすごく努力をしているようだ。̇
すぐに担任の平林先生が自己紹介をし、担当科目の数学が1限目だった。
初回の授業はクラスメイトの自己紹介と先生の雑談で残りの10分でプリント問題を解いた。内容は因数分解に平方根、最終問題で一次関数。中学の復習だから止まることなくペンを走らせた。
だが早乙女からまた魔力が出ていること、問題を1問も解けていないことに気付いた。
「あははは。中学復習レベルも解けないぽんこつかよって思ったかな?」
「いや、別にそんなことは。」
「いいよ、バカにされるの慣れてるし。なんか私ね、調子の波みたいのがあって。
勉強したことを覚えている時と全部忘れてしまう時があるんだよね。スポーツもそう。」
どうやら早乙女さんの体には常に魔力があり、タイミングは不明だが急に膨大に膨れ上がる時がある。
その結果、いわゆる̇ぽんこつ̇状態になってしまうということか。
とりあえず彼女に問題の答えを教えてあげて提出させた。
魔力が関わっている以上、早乙女さんの問題は俺も関わった方が良さそうだな。
異世界から刺客がくる可能性も否めないしな。
「金丸君、昼休みにまた体育館裏で待ち合わせしてくれない?ちょっと話したいことがあって。」
「ああ分かった。俺もちょうど二人で話したいと思っていた」
10分間の業間休み後、現代文、世界史、数Aの授業が続き、全く同じ自己紹介を3回した。
あっという間に昼休みになり、購買で焼きそばパンと牛乳を買い、体育館裏に向かった。
今朝よりも面積が大きくなった水溜りは太陽光により蒸発し泥に変化しており、
それを避けて待ち合わせ場所に到着した。
数分後に早乙女さんがカバンに入っていた食べかけのパンを加えながら現れた。
「ごめんお待たせ。」
「大丈夫。話ってなにかな?」
まだ半分あるパンを丸吞みして答えた。
「えっとね、中学2年の時に県大会出場を賭けたテニス部の大会があったの。その時に大きなミスをしちゃって負けたの。それから私はあまりいい学校生活を味わえなくて。」
「そうだったのか、それは気の毒だね。」
「金丸君の魔法で私のぽんこつを治すことってできたりする?高校生活は全て上手くいきたいんだ。」
「治るかどうかは分からないけど緩和させることは可能だと思う。俺からも話したいこと伝えるね。」
「うん。」
「まず、早乙女さんには魔力がある。」
「ま、魔力?」
「ああ、タイミングは不明だが急に膨大に膨れ上がる時がある。
その結果、いわゆる̇ぽんこつ̇状態になってしまい、解けるはずの問題や動けるはずの動作ができないんだと思う。」
「そういうことだったのか、でもどうして私に魔力が?」
「それは分からない。」
「緩和させる方法っていうのは?」
その方法は、まず暴走した時は俺の制御魔法で通常状態に抑えてあげる。しかしそれを止めるにはかなりの魔力量を消費してしまう。話を聞く限り、1日に数回、不定期にぽんこつになるとのことだ。おそらく俺の制御魔法で食い止めるにはせいぜい2回が限度だろう。
そうなると、魔力回復が必要だ。通常魔力回復は1晩寝れば回復するが、それだと間に合わない。
睡眠以外の回復方法は、早乙女さんから摂取するやり方だ。通常、魔力は体全身を酸素と共に巡っている。人間は口と鼻で呼吸をしている。
つまり人から魔力を摂取するには、
『キス』をするしかないのだ。
このことを全て早乙女さんに伝えた。
彼女はまた顔を男梅になりながら、いやここは女梅にしてあげよう。女梅になりながらこう答えた。
「わ、分かった。でもこれだと金丸君に頼りっぱなしになっちゃう。だから金丸君が私を助けてくれる代償にキスをして助けてあげるの!金丸君が私にキスをしたいっていうことにしてあげるんだから!これは立派なギブ&テイクなんだからね!」
俺たちはこのことは他言無用にしようと誓った。
そして彼女は背中を向け走り出し、泥に変化した水溜りに再び転んだ。
どうやら正常でぽんこつ状態らしい。
こうして俺の人知れず学校イチのぽんこつ美少女を支え続ける学校生活が始まるのであった。