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思考だけでも海を越えてくれ
「わたしここでバスに初めて乗るんです。いろいろ質問してもいいですか?」
雨が降りしきる停留所で仕事帰り、傘もささずにスマホをいじっていると一人の女性に声をかけられた。
居住歴がまだ浅く、答えられるか不安だったが、聞かれたことと言えば、「ICカードは使えるのか」「このホテルに行きたいがどこで降りればいいのか」といったごく簡単なことだったので安心した。
ほっとしたのはそれだけではなく、件の女性に「あなたに聞けてよかったです」とこれでもか、というくらいの賛辞を受け取ったからでもある。
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その後バスが来るまでの5分、そのロングスカートが良く似合う淑女は、ずぶ濡れだった私の頭上にステンドグラス調の傘の花を咲かせてくれた。その花の下で、私たちはぽつぽつと簡単な世間話をした。女性は観光でこの町に来たようだ。
「鈍行にのってきたんですよ、この町にどうしても今朝、行きたくなって」
私は彼女の居住地からこの町に来るまでの所要時間を計算した。鈍行なら少なく見積もって7時間程である。私は驚きつつも感銘を受けた。
すごいですね、楽しんでくださいね、と感嘆の声をあげながら、この町での旅がいいものになりますように、と心から願う。
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バスに乗り込むときの席はばらばらだったのだが、バスを降りる時、せっかく縁があったのだからと会釈しようと、彼女の座った席へ目を向けた。すると彼女は朗らかな笑顔で思い切り手を振ってくれた。私も思わず手を振りかえし、つられて笑顔になってしまった。
その瞬間、些細な事柄だったにも関わらず、私はこの人の事をしばらく覚えているだろうな、と思った。100%の感謝の表現を躊躇しないこと、思い立ったことをすぐ行動に移すこと、それは実は難しいような気がしているが、それを飄々とやってのける人はたしかに存在するらしい。もう二度と会わなくても、一度きりの会話や出会いが鮮明に残る。
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さて、これを受けて今私が行きたい場所は「文学フリマ東京37」以外にはないのだが、体力とスケジュールが伴わず行けそうにない。
創作物や人との出会いは一期一会だったとしても「文章で心情や祈り、自分の中の世界を表現する人が一人、二人と確かに存在するその事実」が緩やかに私を救う。
だからこそ差し掛かった目まぐるしい時期を乗り越えるために、本当は直接行きたかったのだが、それは無理そうなのでぜめて私の分身(本)だけでも北海道から東京へ届け・・・と原稿を手直ししていたところだ。
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![織田 麻(Orita Asa)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/43461276/profile_ececee7db002a9b6c3d37c7d0e19630d.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)