亭主関白な主人と一緒に、愛の不時着。
遅ればせながら、韓国ドラマ「愛の不時着」を観ている。
以前から、ちらほらとタイトル名は目にしており、人気があるのも知っていた。それに今年の2月からNetflixでも配信が始まり、トップ画面には常に上位コンテンツとして大きく表示されている。
面白そう。ほんの少しだけ気になっていた。
でも…
俺がルール
我が家は自営業の二人暮らし。ほぼ24時間一緒に過ごし、何をするにも主人が決める。休日の予定も、仕事の予定も、食事中に観る番組も、ぜんぶ主人が決める。
ザ・亭主関白。わたしが意見を言う余地は、どこにもない。
唯一穏やかなのは夕食の時間だ。ただし、食事中は主人が好きなサッカーの試合やドキュメンタリー番組、もしくはビジネス系の動画などを観る。
わたしも嫌いではないが、難しい内容の時はちょっと気疲れする。食事中に余計な話は一切なし、ちょっと画面から目を逸らしたら「ちゃんとみて!」とぴしゃり。わたしは「はい…」
ここだけの話、くつろげたり、くつろげなかったりする。
そして、主人は恋愛ものの映画やドラマはとにかく苦手だ。
付き合っていた頃「一緒に観よう」と誘っても「無理無理、ぜったい無理!」と断られてきた。だから、いつからか誘わなくなったし、映像を観てロマンチックな気分になったことは、今まで一度もない。
突然の不時着
なのにある日、主人がおもむろに「愛の不時着」のコンテンツを開き、視聴しようとしていた。わたしは思わず、
「韓国ドラマなんて珍しいね。どうしたの?」と聞いた。すると
「いや、だいぶ推してくるからさ。試しに観てみようと思って。」と言った。
ふうん。
思いがけず、我が家のリビングに「愛の不時着」が着地した。
韓国ドラマは、切なさと純愛
わたしの知っている韓国ドラマは、冬のソナタに天国の階段、映画だと猟奇的な彼女くらい…。どの作品も「涙を誘う、純愛」だ。
ひたすら切なくて、誰かが命を落としてしまうとか、記憶喪失になるとか、すれ違ってばかりで登場人物はみな泣いている、といったイメージがある。
愛の不時着のあらすじは次のとおり。
パラグライダー中に思わぬ事故に巻き込まれ、北朝鮮に不時着してしまった韓国の財閥令嬢。そこで出会った堅物の将校の家で、身分を隠して暮らすことになるが...。(Netflix公式サイトより)
わたしは思った。ほら、やっぱり「運命の出会いと、ひたすら切ないラブストーリー」なんでしょ。
ぜったいに、主人はこのドラマは10分ももたない。
ところが…
一話ぜんぶ観た。
なんと、予想に反して主人は嫌がることなく一話きっちり観たのだ。はっきり言って、驚きしかない。
あの気難しい主人が、恋愛ドラマだよ? 義父母に報告したら、きっと爆笑するだろう。なんだろう。愛の不時着は、これまで観た韓国ドラマとは全然違った。
切ない、なのにちょいちょい笑える
とにかくキャラクターがみな個性的。
主人公のユン・セリは美人で優秀なのだが、妙齢の太々しさがところどころ顔を出してクスリとさせられるし、どこか共感する。それに何かとマウントを取りたがるけれど、けして嫌味はなく、表情がコロコロと変わってとてもチャーミングだ。
そしてリ・ジョンヒョク中隊長。クールでとても頼れる男性で、どこまでもセリの意見を尊重する。堅物で嘘をつかず、優しい性格。だけど、口をとがらせてヤキモチを焼いたり、にやけたりする。どこか子どもっぽくて、きりりとした表情とのギャップに思わず吹き出してしまう。
もちろん、他の登場人物もみな人間味にあふれていて、こちらをちょいちょい笑わせてくる。切ないんだけど、なんともおかしいのだ。
主人の反応やいかに
そのためか、無駄な時間をとにかく嫌い、ドキュメンタリーやノンフィクション、ビジネス系番組にしか興味のない主人が、ふつうに韓国ドラマを観ている。
主人の反応はこんな感じ。
唐突なありえない展開に「ええええ? うそだろーーー笑」とずっこける。
主人公たちを陥れようとする悪役の登場に、織田裕二ばりに「きたーーーっ!」と叫ぶ。
甘いラブシーンに「んーーー照」と顔をしかめる。
第5中隊のメンバーたちの素朴な優しさに「豊かだよな」としみじみ。
舎宅村のパワフルでおせっかい焼きのご婦人たちに「明るいひとたちだ」と笑う。
そして、何度も何度も訪れる2人の別れのシーン。
わたしはドラマにすっかり夢中で、ううーっと涙を堪えるので精いっぱい。なので、主人の様子を確認する余裕がほとんどない。
いったい主人はどんな表情をしているのか…。ただ、とても静かにしている。
笑いあり、涙あり、緊張感あり、胸きゅんありの、不思議なドラマ。ああ、人気があるのがよくわかる。
結婚してもうすぐ9年、知り合って20年になるが、恋愛ドラマを一緒に観ること自体初めてなので、こっ恥ずかしい。だからひたすらお互いにツッコミを入れ、リビングが妙なテンションになる。
あ、けして「きゅん」とするような雰囲気にはならない。
君の名は…
ちなみに主人は、登場人物の名前を覚えられない。というか、そこまで熱心ではないので覚えようとしない。
だから、ドラマの話をしようとこちらから「セリがね」と話しかけても「誰、それ」と必ず返される。「もう、主人公だよ!」といちいち説明をする必要があるので、まったくめんどくさい。
そのため、わたしたちは愛を込めて、登場人物をこう呼ぶことにしている。
主人公のユン・セリは、30代半ばの女。(監視役がそう呼んでいたシーンがある)
リ・ジョンヒョク中隊長は、ジョンヒョクさん。(なぜか彼の名前だけは覚えた)
心根が優しい第五中隊の愛すべきメンバーは、三馬鹿トリオ。(本当は4人だ)
詐欺師のク・スンジュンは、アイドルのような切長な目元、整ったお顔立ちということで、BTS。
ジョンヒョクさんの婚約者ソ・ダン(主人のお気に入り)は、キム・ヨナ。
※各方面のファンの皆さま、いろいろと申し訳ございません。でもこれで、夫婦の会話が格段にスムーズになったんです…。どうか、どうかお許しください。
いつまでも終わらない、愛の不時着。
ここまでいろいろと書いたが、実はまだドラマを観終わっていない。この作品は全16話でしかも1話が80分と、ものすごく長いのだ。
ふたりで一緒に観られるのはせいぜい40分が限界で、タイミングを見て主人が「ここでストップー!」と叫んでその日はおしまいになる。
そして「今回も(内容が)濃い…」と苦笑いしながら、主人は歯磨きへ向かって、寝る準備をする。
毎回息もつかせない展開のため、観終わるといつもぐったりして、いろいろとお腹いっぱいになる。なので、続きを観るのはだいたい2週間後だ。
なんと今年の2月から観始めて4ヶ月が経つが、まだ10話目。うーん、遅すぎる…。
ハマっていないはず…?
しかも、Netflixの視聴期限が切れているため、ここ1ヶ月は、とんとご無沙汰している。観終わってもいないのに、「愛の不時着ロス」状態だ。
…本当は、続きが気になる。すごーく気になる。
実をいうと、たまに夜な夜なイヤホンでオリジナルサウンドトラックを聴いては涙し、胸をきゅんとさせている。
あれ? わたしハマっているのか…笑
けれど、こちらから「観よ!」と誘ったら主人にドン引きされて、もう観ないと言われかねない。もしハマったと知ったら、ぜったいに「お前、おばさんになったな」と笑うだろう。
だから内緒にしている。
何よりも、愛の不時着を主人と一緒に観ることが面白くてしかたがない。
もうこの先一緒に恋愛ものを観ることはないかもしれない。できることならこの貴重な体験を、じっくりと味わいたい。終わって欲しくない。笑
おそらく、このペースだと観終わるまでにあと数か月はかかるだろう。それでもいい、主人のペースに合わせる。わたしは決めた。
続きはまたいつか、主人の気分で。
亭主関白な主人が再び「今日はこれにしよう」と再生ボタンを押すのを、ひたすらじっと待っている。
その日が来たら、きっとわたしは「ん? いいよー」とクールに応えつつ、心の中では「よっしゃーー!!!」と飛び上がるほど喜んでしまうだろう。