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夏休みっぽいことしてあげられなくてごめんね

朝食
・ヨーグルト、ナッツと数種類のベリーをのせている
・甘夏のゼリー
・黒いパン
・クルミとチーズが入ったパン、ペッパーが効いている

素敵な朝食だった。おしゃれだ。でもチャラついていない。
今日は子どもたちとプールに行く約束だ。
カフェインを抜くと頭痛が起こることを思い出して、私だけコーヒーを淹れて急いで飲んだ。いつもは通勤途中にコーヒーを買う。家で朝食を食べるのは久しぶりだ。

小雨が降っていたが昼前には止み、強い日差し。
プールってこんなに汚かったっけ?というぐらい色々浮いている。
ウォータースライダーに並ぶ。大したスピード・長さではないものの、子どもに興奮を与えるには十分なようである。下の娘は身長制限に引っ掛かり、列の途中で離脱。小さい子向けの滑り台へ移動。ふてくされる様子もなく楽しむ。手を振りながらゆっくりと滑り、飛沫の向こう側から笑みを送る。愛しい。
造波プール(という言葉を初めて知った)には老若男女がひしめきあっている。どうやらこのプールの目玉のようである。「まもなく造波が始まります。安全確認のため潜るのはやめてください」とのアナウンス。まもなく始まるという割になかなか波が起こらない。
『造波』…管理された△△地域住民に対し行われる一斉トレース作業。不法所持物品や健康異常を察知された者は、処罰・強制退去の対象となる。住民たちはレジスタンスを組織し、地下に潜るのであった…
と「造波」からのインスピレーションを耕していると、やっと始まった。娘と手を繋ぐ。息子は妻とべったりである。
造波という言葉の鋭利さとはかけ離れた、穏やかな波だった。10分間、寄せては返すだけ。侵略者や原型を程よく残した近未来のメカニック、核戦争後の終末世界は微塵も姿を見せなかった。
利用者たちは波が押し寄せるたびに「お~」と歓声をあげる。みんな防水装備したスマホを首から下げてスタンバイしている。一定のリズムでやって来る造波。周囲を埋め尽くす「お~」に乗っかって、私も二度、三度声を挙げてみたがすぐに止した。
この造波は時間指定の催しである。この10分間が過ぎれば、次の造波まで結構な時間を待たなければならない。予想外に優しい波であっても、ワクワクを募らせた分、楽しまなければ損だ。声をあげた方が楽しい。彼らは正しい。

ほどよく疲れたところで、荷物置き場に戻る。貴重品はコインロッカーに預けたが、それ以外の荷物は持参した簡易テントに置きっぱなしだ。日本の治安の良さを享受している。そういえば迷子のお知らせがあった。
はじめはよくある「迷子を預かっている」という内容かと思ったが、「自分の子が迷子になった、情報求ム」の放送だった。耳で特徴を覚え、辺りを見回したが、該当する子は見当たらなかった。係員はかなりの数が配置されていたので、水の事故は心配ないだろう。他人事だが、迷子になることも人生においては必要なのだ、と顔も知らない(でも名前と服装の情報は知っている)男の子にエールを送る。

ある程度の恐怖や不安を通過しないまま大人になってはいけない。他人の痛みを想像するためには、自分がその経験をすることが一番なのだ。その意味で、迷子は、教科「恐怖」の必修科目といってよい。

そういえば小3の時に旅行で行ったさっぽろ雪まつりの会場で、母とはぐれたときは詰んだと思った。もののけ姫のモロー像に見とれていた一瞬だった。母がいない。夜、人混み、雪、雪、雪…はぐれたと書いたが、見失ったという方が近い。たかだか数十秒の出来事だったと思う。母の背中を見つけ、もぎ取るように手を取る。「どこに行ってたの!?」と半べそで呪詛をぶつける。母はキョトンとしている。
見知らぬ土地で親と離れる絶望は、後の「どこ行ってたの~」とセットで再会できる条件のもと、子どもの間に経験すべきだ。子どもの方が、恐怖が刻まれるから。恐怖は優しさの種になる。忘れてはダメだ。

べたつく肌もそのままに、着替えを済ませる。息子は一丁前に更衣室で全裸になることを恥じらっている。愛しい。
水に入ると本当に腹が減る。プールサイドのカレーの看板が食欲をそそる。しかしこういう所のカレーは費用対効果でいうと最低だと決まっている。でも口は完全にカレーの口になってしまった。

帰りにネパール料理店に寄ることにした。
ネパール料理店といえば、ナマステ○○○とか、○○○タージマハルとか、店名がふざけたおしているわりに、味は良い意味で平均的でハズレがないのが嬉しい。お国柄か、サービスも良い。注文の融通もきく。
私が注文したセットにはカレーが2種類つくので、これを娘と分けた。ほうれん草とエビのカレーが美味で、小ぶりな椀にエビが3尾も入っており狂喜。つくづく小市民。

息子は近頃ソフトドリンクメニューに目を通すことを覚え、飲んだことのないものをねだる。断ると非常に不機嫌になり、始末が悪い。レモンソーダが飲みたいと言うが、ランチメニューのドリンクはオレンジジュース、ラッシー、チャイ、コーヒーの中からしか選べない。
面倒だったが店員に追加料金を払う旨を伝え、レモンソーダをつける。意外にもこれが甘くなく、さっぱりしていて料理に合う。辛口のレモン酎ハイに近い。絶対原価安い。
ナンを2枚お代わりし、満腹になった。お子様セットは1つしか注文していなかったが、店員の粋な計らいで、デザートのアイスを人数分提供してくれた。単純だが、私はこういうサービスに弱い。また来たいと思う。外国人が切り盛りしている店だと尚更である。これが作戦なのか?いや、優しい国の人なのだ、きっと。
彼の子どもが、これから先迷子にならなければよいと思った。

帰りの車中。後部座席でウトウトする二人。お腹いっぱいだね。

突然、助手席の妻が「あっ!」と声をあげた。
どうやら店に日傘を忘れてきたらしい。
先週、祖母からもらった品の良い白地の日傘。
河の土手の向こう側に入道雲が見える。日傘と似た、品の良い白だった。

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