「私はつばめ、ペアゴルファーつばめ!」 第3話
ナイストライ、そしてナイスイーグルでした。
《厚かった雲にところどころ切れ間が。雨も弱まってくる》
次いで映し出されましたのは?
今大会屈指の熱戦が繰り広げられている1組目です。やってきましたのは名物14番。なんと堂々の900ヤード越え、964ヤード、パー7!
パー7、ねえ。
言い方わるいけど、このホールを設計した人はどうかしてるわ。
ええっと……。
高木くんは上野くんなんかほっといて進めて進めて。
んヒド!
ええっと、はい。
では赤井さん、ここまでの詳しい流れをお伝え願えますか?
難波も長崎も、ふたり打ちをくり出しながらここまで来ているよ。およそ合計600ヤード。両校は二打とも300ヤード級のショットをしてみせた、おりしもこの強烈なアゲインストの中で。たいしたもんだ。
《フェアウェイにボールが2つ、兄弟のように並ぶ》
「やるやんけ」
「そっちこそ」
風速14メートルの向かい風の中で300ヤード級を2打そろえてですか、それはすごい。
実際のVTRで振り返ってみましょう。
まず長崎東西が手堅くフェアウェイに置き、次いで難波実業がほぼ同じ位置につけます。
ここにも崖はなかったのね。代わりに大岩を利用して。
つづく長崎東西の第2打はふたたび、一度木に当てるショットを。
難波実業は安定感すら感じさせる、ウエッジからドライバーにつなげるサイクロンショットを披露して。
難波が真にすごいのは変形サイクロンを簡単に量産できるところだな。一方の長崎は毎度のるか反るかの雰囲気がただよう。これが地力の差。
だが、それだけに目が離せないんだ。
ええ。
その結果が画面でご覧の状況です。長崎東西がわずかに手前、難波実業は5ヤードほど先か。フェアウェイの真ん中、残りはどちらも360ヤードほど。
フラットですが林の回廊の影響で風は正面から、壁に感じるまでの猛烈なアゲインスト。両校とも1打では難しい距離を残しています。
んう?
気のせいかしら。長崎の子たち、なんだか緊張感が違わない?
上野くんはカメラ越しでよく気づいたもんだ。伊達に何度も賞金王を獲ってないなぁ。
王だなんてそんな。
どうせなら女王と呼んでください。グフ。
君の指摘の通りだろう、まるで立ちのぼるオーラが見えるかのようだ。
あのふたり、何か仕掛けるつもりがある。
ここを勝負ホールと定めた、ということでしょうか。
おそらく。殺気にも似た空気がある。
難波実業はどうするかしら。だって向かい風の360ヤードよ? まさか水守ちゃんたちが狙ってくるとは考えていない。
あの子たちの嗅覚は正しいの。長崎東西が勝とうと思ったら、このホールのこの一打しかない。
「ここには岩も木ぃもあらへんやん。普通に250飛ばして次を100打つしかあらへんのとちゃうんか?」
「それか300飛ばして50やで」
「普通ならそれで正解です。でもわたくしたちには奥の手があるの」
「奥の手ぇやて?」
「ええ、どうぞお楽しみに」
「ええやんええやん、ここ一番のを見せてみぃや!」
「言われなくとも。参りましょうつばめさん、大一番です」
「ほいきた!」
別れ際、難波に対し不敵に笑ったのは水守!
ボールへと向かいます長崎東西。
おや、水守はクラブを持っていませんね?
え待って!?
ここで仕掛けなきゃあなたたちに勝ち目なんてないわよ? いったいどんな試合勘してんのよォオ!
あああ、机を叩かないでください! 机を叩かないでください!
「んで? 具体的にどうすんの?」
「つばめさんが密かに練習していたアレをやります」
「ギックゥ! アレって、もしかして雷獣ショットのこと? なんでバレて!? こっそり練習してたのに?」
「今それはいいでしょう? 2択です、試すのか、試さないのか」
「でもうまく行かなかったんだよ。まあ、名前はもうつけてあるんだけど」
「あるのですか名前……。では好都合ではありませんか。やってみましょうよ」
「今ぁ!? ここで!?」
「それしか方法はないと思います。それしか勝つ道はありません」
デュアルショットをあきらめた長崎東西、ところがなぜか長考が続きます。
「でもね、必ずスライスするんだ。ムリにかぶせると引っかけるし。それに背中を痛めそうだったから。それでも一か八か、まっすぐ飛ぶと信じてやるわけ?」
「1回だけなら痛めませんよ。安心して力の限り振ってみてください、わたくしがうしろから完璧にサポートいたしますので」
「サポート!? うしろから? 美月ちゃんがそう言うんならやるけど。本当に大丈夫? 衝撃すんごいんだよ?」
「ご心配なく。ジャムとかの瓶のフタって、よく固くて開けられないとかって言うでしょう? でもわたくし、この体になっても開けられなかったことが一度もないのです」
「へぇ、病気になった今でも。でもそれとゴルフにどんな関係が?」
「あるのですよ、力のかけかたの話ですから。わたくしも次なるショットも本当に大丈夫ですから、つばめさんはどうぞご自身の役割にのみ集中してください」
「うーん、なにをするつもりなのかサッパリだけど。美月ちゃんを信じた! よろしくね、ボクは振りかぶりが2だとすると振り下ろしは1だから」
「存じております、お任せあれ。あそうそう、技名はこんなふうに変えましょう」
「なに? キャン! くすぐったいよ!」
台風の風切音の中、広いフェアウェイで耳うちです。いったいどんなナイショ話があるというのでしょうか。
「では間違いなくお願いしますね?」
「美月ちゃんの名づけ? 普通にかっこいい! それにしよう、大決定〜っ!」
どうやら長崎東西の長い長い話し合いが終わったもよう。
おっと! 大空に続き、ここで水守も雨具を脱ぎ捨てた!
なんと大空はぬれたウエアを脱いで下着に!?
キャミソール、ね。ギリギリ下着ではないけれど。
まあ、ほぼほぼ下着よねぇ。
いざ勝負です、長崎東西。
大空だけがアドレスに入ります。水守はかたわらに立つのみ。
なんにしても危ないところだったわね。今は定位置に戻ったものの、ジャッジが歩み寄るそぶりを見せていたもの。
ダメだって、こんな素晴らしい一戦の幕切れがそんな些事になってはならない。どんなかたちであれ、決着は彼ら彼女ら自身の手で。
ジャッジが思いとどまってくれて本当によかった、あやうく彼につかみかかるところだ。
ええと……?
それは本気のお話で?
本気も本気、VTR確認してみなよ。歩みよる彼のうしろを、俺がついて行こうとしてるから。
怖いですよぅ赤井さん!
でもステキ!
事なきを得てよかったです、ええ。本当に。
「なんや、ハラぁ決まったらしいな」
「ホンマにここから届くんか? 見せてみぃや!」
「ええ、とくとご覧あれ」
さあ、選手たちの預かり知らぬところでひと悶着が勃発しそうでしたが未遂で収まり、いよいよ。
ななめ5ヤード先で待つ中大阪代表・難波実業高校が勝つのか、これから試技に入る長崎代表・長崎東西高校が勝つのか。
あるいはキャリーオーバーの道も。しかしこのホールにはこれからの第3打で、決まる予感で満ちています。
構える大空の真うしろに立ちましたか水守は? あの位置ではスイング軌道の邪魔になりますが?
やっぱり何かやるつもりなのねあの子たち。
ホンット、だからペアゴルフって楽しいの。
この1打がはたして、長崎東西の栄光への架け橋となるのか!?
「水を吸った地面は鋼の硬さ、抵抗に負けないでください」
「まかせて! いくよ美月ちゃん!」
「どうぞ!」
「いっっっっっけえええええええええ!」
ああっと! これは!?
大空ちゃんが盛大にダフった!?
《うしろに立つ水守の髪がわなわなと立ちのぼり、両手を禍々しく高く掲げる》
「そのまま振りぬいてッ!」
「ふんぬぬぬぬぬぬぬむぬぬぬううう!」
「ここ!」
《水守の目が光る。大空がボールをミートする瞬間に水守が後ろからおおいかぶさり、大空の両手を強烈に押さえこむ》
「菩薩掌ッ!」
「第二の奥義! マリオネット・オブ・アルバトロス!!」
まさかの二人羽織!?
ダフったクラブを強引も強引に!?
振りぬいたわ大空ちゃん!? 水守ちゃんの力を借りて!?
雲の切れ間にまっすぐ、白いボールがさながらロケットのように打ち上がる!
「ぬぅあああっ! どこまでも飛んでけ! セントアンドリュースまで!」
えっと? どうゆうこと?
スッゴイ飛んでるわ!
放送席?
……君たち見たかい今のスイング。
ええっと。
実は速くてよくわかりませんでした。
とてつもなく高度なことをやってのけたよ彼女ら。
君らアレ覚えてるだろ、1回戦で茅ヶ崎が使っていた特異なショットを。
はい、記憶に新しいです。茅ヶ崎学園の角野は試合後のインタビューで雷獣ショットだとかなんとか。長崎東西と対戦した——
まさか!
そのまさかだろうさ。
一度ダフってシャフトを耐久の限界までしならせ、その反動ごとボールを打ちぬくとかって謎理論のアレぇ?
彼女らマネしたんだよ昨日の今日で、彼女らなりにアレンジして。
使い手の角野くんは筋骨隆々、恵体の197センチだった。それであんな工夫を。
聞きまちがえでなければ菩薩掌と言ったかな、鬼道館空手の片山選手の技と関係あるのか?
大空はもとより、計り知れませんね水守も。
んちょっとちょっと! ボールボール!
そうでした!
滞空時間の長いロングヒットも、下降に入ると風の影響で急激にブレーキがかかります。
例によって方向性は抜群、問題は距離。果たして届くのか?
「ホンマかいな!?」
「なんやねんな、あの打ち方は! そんでなんなんやあの飛距離は!?」
比較的フラットな14番、ボールは手前から転がって!?
「お願い、乗って!」
「止まれや!」
「とどけええーーーーーーーーーーッ!」
「乗ってもかめへん、乗せ返したる!」
【つづく】