へずまりゅうが控訴したのはなぜ?不法領得の意思等についての解説
令和3年8月27日、「へずまりゅう」という名義で活動していたYoutuberの男性が、窃盗及び威力業務妨害などの罪で、懲役1年6月、保護観察付き執行猶予4年の判決を言い渡されました。
このうち、威力業務妨害のほうは言い逃れができない罪でしょう。
一方、窃盗のほうは、報道によれば「へずまりゅう」さん(以下、「へずまりゅう」という)はスーパーで魚の切り身を清算前に食べたという点が窃盗に当たるとして有罪判決を受けています。
「へずまりゅう」自身の素行もあって、世間ではかなり注目を集めていますが、窃盗の点はけっこうおもしろい論点を含んでいる(大学の刑法各論の試験問題で出しても面白い)ので、法的にもなかなか興味深い問題といえます。
「へずまりゅう」自身もこの窃盗の部分については不法領得の意思を欠くので無罪ではないかと主張して、控訴の意思を表明しています。
そこで、今回の記事では、「へずまりゅう」の窃盗を題材に法的な解説をしていきます。
問題の出発点~代金支払えばそれでいいんじゃないの~
「へずまりゅう」の窃盗でどこが問題かというと、たしかに刺身は食べたけどもお金を払ったんだからいいんじゃないの、という点です。
これについては、
・「代金はちゃんと払うつもりだったんだし盗んではいないんじゃないの」という意見と
・「会計前に食べたら窃盗でしょ」という意見があります。
法律を離れて考えるとどちらも首肯できる意見です。
ただ、「へずまりゅう」の件で問題になっているのは倫理的に許されるかどうかではなく、あくまでも犯罪になるか否かという法的問題ですので、以下、この点について解説していきます。
窃盗罪が成立するためには不法領得の意思が必要
お金を払うつもりがあったからいいんじゃないの、という点に対応する法律上の争点は、「へずまりゅう」も上記の動画で言及している不法領得の意思の有無でしょう。
※以下、あまり本論と関係のないところなので読み飛ばして大丈夫です。
不法領得の意思というのは、実は刑法の窃盗罪の条文に明記されているものではありません。
刑法235条(窃盗罪の条文)は非常にシンプルで「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」と記載しているだけです。
条文には「不法領得の意思」なんてものは一言も書かれていません。しかし、最高裁は、その前身である大審院の時代から一貫して窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要であるという立場を維持しています。
実はこの「不法領得の意思」というのは日本独自の概念ではありません。ドイツ刑法などでは、条文上、「不法領得の意思」が必要である旨明記されています。
ただ、日本の刑法では条文上明記されていないので、「不法領得の意思」必要説と不要説とがあり、学説上の対立があったりします。ただ、裁判所は前述のとおり、一貫して不法領得の意思必要説にたっていますので、ここでは不法領得の意思必要説にたって解説していきます。
不法領得の意思とはなにか
判例における不法領得の意思とは、「権利者ヲ排除シテ他人ノ物ヲ自己ノ所有物トシテ其経済的用法二従ヒ利用若クハ処分スル意思」(大審院大正4年5月21日・刑録21輯663頁)であるとされています。
はい、カタカナで書かれていて何言っているのかよくわかりませんね。
解説すると、不法領得の意思は2つの要素で構成されています。
(1)権利者を排除する意思
(2)経済的用法に従ってこれを利用・処分する意思
この2つが窃盗罪成立のために必要とされています。
といってもこれを見ても、ほとんどの方はちんぷんかんぷんでしょう。なんでこんな要件が必要だとかいう議論になっているのかわからないのは当然です。
以下、それぞれについてもう少し詳しく解説していきます。
権利者を排除する意思がなぜ必要なのか~不法領得の意思の要素その1~
なぜ、権利者排除意思が必要とされるのか。
これは使用窃盗を不可罰とするためであるとされています。
大審院(大正9年2月4日・刑録26輯27頁)は、他人の自転車を無断で使用したという事例について、不法領得の意思がなく、窃盗罪を構成しないとしました。
なぜ、自転車の無断使用が窃盗にならないとしなければいけないのでしょうか。
窃盗というのは、簡単に言うと、他人の物をこっそり自分の物にしちゃうことです。
使用窃盗、つまり、無断でちょっとだけ借りて返すだけなら自分の物にしてないから窃盗には当たらない、ということなのです。
経済的用法に従って利用・処分する意思がなぜ必要なのか~不法領得の意思の要素その2~
※「へずまりゅう」の問題には関係ないのでここは読み飛ばして大丈夫です。
経済的用法に従って利用・処分する意思が必要な理由は器物損壊罪などの毀棄罪や隠匿罪と区別するためであるとされています。
たとえば、嫌いな人のスマホを壊してやろうと思ったとします。しかし、その人の目の前で壊すと当然バレてしまいます。そこで、こっそりスマホを盗んで、自分の家で壊したとします。
この場合、成立するのは窃盗ではなくて器物損壊罪(刑法261条)になります。
窃盗罪の法定刑が十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に対して、器物損壊罪の法定刑は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料と大きな違いがあるので、このような区別をすることは非常に重要になります。
窃盗罪がなぜこんな重く処罰されるかというと、人間みんな他人の物が欲しいからです。
普通なら、他人の物が欲しければお金を出して売ってもらえばよいだけです。でも、お金がなかったり、そもそも非売品であったりしたら買えません。
人間は欲望に弱いので、こういった時にこっそり盗んじゃおうと思ってしまうことがあります。
いやいやそんなことないよ、と大抵の人は言うでしょう。しかし、窃盗が犯罪にならなかったり、軽い刑罰だけですむようならどうでしょう。
あなた自身は、「それでも盗んだりなんて絶対しない」と言えるかもしれません。でも、他の人はどうでしょう。やっちゃう人がいると思いませんか?
このように、他人の物を自分の物にしちゃうという行為は、常態的に行われるために危険性が高いので重く処罰されているのです。
不法領得の意思があったと言えるか
さて、これらを踏まえて、「へずまりゅう」には不法領得の意思、とくに権利者を排除する意思があったと言えるでしょうか。
「へずまりゅう」側とすると、以下のような主張をするでしょう。
刺身はたしかにレジで会計してもらう前に食べてしまったけど、ちゃんとお金を払うつもりだったし、もちろんレジでお金も払った。
スーパーのほうは、お金を払ってさえもらえばそれで良いはずだ。自分は刺身の権利者、すなわちスーパーを排除して自分のものにする意思なんてなかった、そのことはすぐにお金を払ったことも明らかだ、というような主張です。
ぱっと見、なんだか通りそうな主張のように見えますね。
へずまりゅうはなぜ控訴を表明したのか
「へずまりゅう」はツイッターで控訴をすることを表明しました。
なぜ控訴をしたのかというと、理由は二つ考えられます。
まず一つ目は、前述したように「へずまりゅう」の無罪主張はまったくもって荒唐無稽というわけではなく、理論上はありうるという点です。
二つ目は、被告人側である「へずまりゅう」のみが控訴した場合には、一審判決よりも重い判決にはならないという点です。
つまりは、「へずまりゅう」とすると、
・控訴をしたらワンチャン窃盗無罪はなくはない
・控訴をしてもどうせ一審判決より重くならないからノーダメージ
・控訴をすればノーダメージなのにマスコミは騒ぎ立ててくれるだろうから、知名度が上がる(上がるというよりある程度維持できるというのが正確でしょうか)
というメリットがあるのです。
このように、ノーリスクでメリットしかないので控訴をしたのではないでしょうか。
つまりは、控訴は単に知名度を上げるないしは維持するボーナスステージともいえます。
もちろん控訴によって弁護士費用がかかるかもしれませんが、話題になるメリットと弁護士費用とでは話題になるメリットのほうが大きいのではないでしょうか。
へずまりゅうは無罪になるか~私見~
私見とすると、「へずまりゅう」の無罪主張は通らないと考えます。
そもそも、「へずまりゅう」に”後で”購入する意思があったとしても、レジでお金を払って買うまでは刺身はスーパーのものです。この段階では、スーパー側とすると、「へずまりゅう」に刺身を売る自由もあれば売らない自由もありました。
しかし、刺身を食べてしまった時点で、「へずまりゅう」はスーパーの刺身に対する所有権を確定的・不可逆的に侵害してしまっています。
刺身を食べたあとに代金を支払ったとしても、それは購入したわけではなくて不法行為をしたがために損害賠償金を支払ったにすぎません。
また、スーパー側としても、店内で清算前の商品を飲食するなんてことは不衛生かつトラブルのもとであり当然許容するものではありません。
さらに、自転車の使用窃盗は権利者排除意思がないから不可罰だと解説しましたが、実は、不法領得の意思に関して、判例はかなりこれを希薄化している傾向にあります。
最高裁(昭和55年10月30日判決・刑集34巻5号357頁)は、自動車を4時間乗り回したという案件について、「たとえ、使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであったとしても、被告人には右自動車に対する不正領得の意思があったというべきである」とし、自動車については使用窃盗も可罰的であるとしました。
このような判例の傾向について、「権利者排除意思の点についても、一時使用の事案について不法領得の意思を肯定するようになってきており、判断ファクターとしての機能を果たさなくなってきている」「判例のいう不法領得の意思の内容としては、現在では「他人のものを自己の所有物として利用・処分する意思」という部分が機能しているとだけいえよう」と指摘されています(日高義弘「30 自動車の一時使用と不法領得の意思」『刑法判例百選Ⅱ各論[第6版]』63頁)。
このように、「へずまりゅう」の不法領得の意思は認められ、控訴審でも普通に有罪判決になると予測します。
でも、「へずまりゅう」は窃盗が無罪になればもちろん多大なメリットがあるものの、無罪にならなくてもメリットがあるので、そもそも本当に無罪になるかどうかというのはあまり関係ないのではないでしょうか。
逆に実刑判決になってしまうケース
以上、今回の控訴で無罪とはならないだろうが、「へずまりゅう」にとって、ノーリスクでメリットが大きいボーナスステージのようなものだと解説しました。
これに対して、「へずまりゅう」の目論見がはずれるケースもありえます。
それは検察側が控訴するケースです。
「へずまりゅう」だけが控訴しても、一審判決以上に重くはならないものの、検察も控訴すれば、裁判所は一審判決よりも重い判決を下すことができるのです。
「へずまりゅう」の一審判決後、反省ゼロという動画などがあげられています。
これらの一審判決後の事情に加え、次のような記事もあります。
どこまで本当かはわかりませんし、このうち略式でも起訴された案件があるかどうか等によっても変わってきますが、「へずまりゅう」はこれまでに6回逮捕された、しかも窃盗罪での逮捕歴もあるというのが本当であれば、検察側が控訴すれば実刑もワンチャンあります。
まとめ
・「へずまりゅう」が無罪だと主張しているのは、スーパーで精算前の魚の切り身を食べたことについて、不法領得の意思がないと主張しているから
・不法領得の意思とは(1)権利者排除意思と(2)経済的用法に従って利用・処分する意思とをいう。窃盗罪成立のためにはこれらが必要
・「へずまりゅう」は、きちんと精算をするつもりだったし、事実すぐに代金を支払ったから(1)権利者排除意思を欠くと主張していると思われる
・しかし、代金を支払うまではあくまでも所有権等の権利はスーパー側にあり、これをどのように扱うかといった権利もあったのに、「へずまりゅう」が刺し身を食べてしまったことにより、その時点で、他人の物を確定的に侵害してしまっている(スーパーが刺し身をどのように扱うかという権利は排除されてしまった)ので、窃盗罪は成立するだろう
・「へずまりゅう」だけが控訴をするのであれば、これ以上重い判決はない(実刑判決はない)
・このため、「へずまりゅう」は、自信が控訴するだけならノーリスク。また、世間の注目を集めることができる、つまり控訴はいわばノーリスクのボーナスステージなので控訴したのだろう
・ただし、検察側も控訴をした場合には逆に実刑もありうる
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