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チャイルド・カマキリあらわる

駅のホームで電車が来るのを並んで待っていた。

僕の前には2人の女性が並んでいた。どちらも30代ぐらいで、何やら楽しそうに談笑している。

ボーッとその人たちの後ろ姿を見ていると、背が低い方の女性の後ろ頭に変わった髪飾りが付いていた。

その髪飾りはなんだか非常に精巧に作られており、ガラス細工のように鮮やかな緑色で、夕陽を浴びてキラキラと半透明に輝いていた。

綺麗だな〜、でも一体何のモチーフなんだ?と思ってシゲシゲと見ていると、どうもカマキリらしい。

カマキリモチーフの髪飾りなんて変わってんな〜〜、虫が好きなのかな?と思って見ていると、髪飾りはイソイソと歩き出し、頭の上を行ったり来たりしていた。

こいつほんまモンのカマキリやんけ!!!!と、僕は叫びそうになった。髪飾りと見間違えたのは、そのカマキリが非常に小さかったからである。べびちゃんカマキリであった。

が、ふたりの女性は頭に乗っているカマキリなんて全く気にも止めずおしゃべりを続けている。まさか気づいていないのか…?それとも彼女らの中では当然のことなのか……?頭にカマキリを乗せる不思議チャンなキャラでやってるのか……?とモヤモヤしていたところに電車がやってきた。

彼女らは横並びで着席した。僕は彼女らの向かいに座っていた。ふたりはまだまだおしゃべりを続けていた。カマキリもまだまだ頭に居座っている。

その様子があまりにも平常運転だったので、僕は「これは『ついてる』んじゃなくて『つけてる』んだな」と渋々納得していた。

しかし、僕が次の駅で降りるとなったその瞬間のことであった。

「え、頭にめっちゃデカイ虫乗ってるんですけど!?!!?!?!」

頭に虫が乗っていない方が、頭に虫が乗っている方に向かって絶叫した。

いや、今まで気づいてなかったんかーい。

突然のカマキリの登場に、彼女たちとその両隣に座っていたオバちゃんたちも大混乱。みんなして席を立ち、カマキリを乗せた女性だけがポツンと座席に取り残される事態になった。

このままじゃ電車内は大混乱だ。僕は覚悟を決めた。彼女らにとっては突然の登場だが、僕にとってそのカマキリは大分前からいた奴なのだ。まるで成人式の時お世話になった恩師とも言える先生に、ほぼ初対面みたいな反応をされた時の僕のようだ。

それに、相手はカマキリの赤ちゃんである。これで黄色と紫の縞々のエゲツないトゲが生えた毛虫とかだったらソソクサと別の車両に逃げているだろうが、ここで引き下がる僕ではないのだ。

僕は彼女の頭に乗っていたカマキリに指を近づけた。するとカマキリはトコトコと僕の指を登ってきたのだ。なんと可愛い奴だ。と、僕が思ったのも束の間、カマキリはピョンピョコピョンと身軽に僕の腕を駆けあがり、あっという間に首までやってきた。

日頃あまり意識していないが、首というのは死角だ。奴は一瞬でそこに詰め寄ってきたのである。

カマキリのフットワークを侮っていた。僕が見てきたカマキリはみんなアダルトカマキリだったので、そんなに素早い印象は無かったのだ。手を近づけたらシャーッと威嚇するだけで、そんなにスピードがあるイメージは無かった。しかし、コイツはチャイルドカマキリだ。アダルトカマキリには無い圧倒的な脚力を持っていたのだ。

カマキリというのは昆虫界では最強の格闘家である。いま、その最強の格闘家に首を捕らえられている。僕はあの大きなカマとアゴで、頸動脈をギコギコとやられちまうのではと縮み上がった。

ふたりの女性は僕に「ありがとうございます、助かりました!」と感謝を述べた。僕も「はは、いいんですよ(イケボ)」と返したが、内心メチャクチャ焦っていたのだった。

ふたりは僕に「首のところにいますよ!!」と怯えた顔で教えてくれたが、これで僕が取り乱してしまっては、せっかく車内に訪れた平穏が台無しになってしまう。

ちょうど電車のドアが開いた。僕は「はは、いいんですよ(イケボ)」と繰り返しながら踵を返し、ドアの方へと歩みを進めた。

肩にカマキリ乗せてる僕ってインベスターZの7巻みたいだなと思った。

帰り道、カマキリに背後を取られていると思うと気が気では無かった。今回の記事のサムネは電車降りてすぐに撮影したものである。帰宅してから確認すると、カマキリは僕の元を去っていたようだった。どうやら僕の行いに免じて情けをかけてくれたらしい。

今思うと、最初に僕の手に乗ってくれなかったら本当にまずかった。僕の手を警戒して明後日の方向に飛んでいったら、車内はもう収拾つかないぐらいパニックになってたかもしれない。

カマキリくん、どうぞお幸せに。

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