イフジ産業 | 「卵がある毎日」をつくる人々
国際鶏卵委員会(IEC)によると、日本人一人当たりが消費する卵の数は年間平均で340個。おおよそ一日一個は口にしている計算となり、その数はメキシコの380個に次いで世界第2位の記録となる。(2021年に公表された「各国の2020年の年間1人当たり鶏卵消費量(殻付換算、家庭・業務・外食を含む)」より)
「多くの人が毎日口にするものだからこそ、私たち液卵メーカーの使命は『絶対的な安定供給』です。液卵の製造工程ってすごくシンプルで、機械も型がある程度決まっているのでやろうという思いがあれば誰にでもできるんですよ。だからこそ、この使命を全うできるかどうかが事業繁栄の鍵になります」
そう話すのは、福岡県糟屋郡に本社を置く液卵メーカー・イフジ産業の藤井宗徳社長。
イフジ産業の歴史は、1964年に藤井社長の父・徳夫氏が養鶏場を持ったことに始まる。その後1972年には事業を卵一本に絞り、液卵・冷凍卵、卵加工品の製造・販売で規模を拡大。その後業績を伸ばし、2021年には液卵専業メーカーとしては全国トップとなる143億円超えの売上高を記録した。(専業以外を含めても液卵を扱うメーカーとしてはキユーピーに次いで2位)
「僕はこの仕事をインフラ事業だと思ってるんです」そう話す藤井社長に、ミッション達成に向けた液卵メーカーのアイデアと日々の営みについて話を聞いた。
卵が液卵になるまで
イフジ産業の朝は、卵の荷受けから始まる。
養鶏場やGPセンター(*)から持ち込まれた大量の卵を受け入れる作業は朝7時台にスタート。運び込まれた卵はすべて3日以内に製造ラインへと渡され、製品に加工される。
工場スタッフの手に渡った卵は殻の表面を機械で洗浄し、次亜塩素酸ナトリウム液に漬け殺菌を行う。ラインに流される卵は福岡工場で一日およそ40〜50トン(殻を含む)、個数にしておよそ100万個にもなるという。
殺菌を終えた卵は高速で動く割卵機で次々と割られ、スキャナで白身と黄身に自動分離される。
その後ろ過し、配管のなかを通過させながら再度殺菌を行うが、ここに液卵の品質を安定させる上で重要なポイントがあると藤井社長は話す。
「液卵の製造において特に気をつけなければならないのは、菌の繁殖を抑えるための温度管理。いつでも一定の品質で衛生的であるという液卵の強みはこの工程を着実に押さえていくことで実現します。
当社では60℃で3〜5分殺菌処理を行っていますが、この温度が然るべき全ての地点で一定に保たれるように、配管のなかにはセンサーを仕込んで秒単位で温度のチェックを行います」
卵を汚染するサルモネラ菌は、この「60℃で3〜5分」によって大幅に減少する。一般の調理においては75℃以上で1分間加熱することによって菌はほぼ死滅すると言われるが、65℃を超えると黄身の凝固が始まってしまうため、生の製品をつくる液卵メーカーの場合はそれが難しいのだという。
そのため、次に待ち受ける工程も合わせて考えることが肝心なのだと藤井社長は話す。
「殺菌とは言っても菌をゼロにできるわけではありませんから、ということはつまり、常温で放っておけばまたすぐ菌が増えてしまうんですよ。そうさせないためには、とにかく素早く冷却して素早く詰めることがポイントになってきます」
60℃で殺菌した液卵を、菌の増殖が停止する5℃以下まで一気に冷やし、充填。製品化された液卵は、その後菌が再び増える時間を与えず素早く冷蔵庫へと運び入れられる。一方、冷凍卵の場合は充填後マイナス18℃(*)で急速凍結し、冷凍庫で出荷の時を待つ。
「毎日安心して使える材料」という信頼に応えるために
イフジ産業では午前のうちに大半の製造が終了し、午後は工場内の清掃時間に充てられる。
「どれだけ温度管理を徹底しても、配管の僅かな窪みに小指の爪の先くらいほんの僅かに卵液が溜まってこびり付いていたとか、ちょっとしたことから汚染は広がります。やはり生物(なまもの)ですから、その点に関して我々の業界は本当にシビアですね」
毎日ほぼ全ての配管とタンクを自動洗浄し、充填口や細かいパーツは手洗いで隅々まで汚れを落とす。福岡工場ではラインの自動洗浄だけで2時間、タンクはひとつ当たり1時間でそれが十数台にも及ぶという。
「卵がある当たり前の毎日」をつくるメーカーの視点
そうしてつくられた液卵・冷凍卵を、年間を通じて安定的に供給する。安定的に、というのはつまり一定の品質の製品がいつでも変わらない価格で買えるということだ。その仕組みづくりこそが「インフラとしての使命」であり、イフジ産業ではそれを実現する手段のひとつとして、原料卵の調達に力を注いでいるという。
そもそも液卵メーカーでは、大きすぎる、あるいは小さすぎるなど規定のサイズ外の卵や、殻に汚れた付着した卵、ひび割れた卵など、店頭に並ぶことのない「規格外卵」を材料のベースとして液卵製造を行う。鶏卵農場で生産される卵のうち10~15%程度は常にこの「規格外卵」と見做されるため、それらを安価で購入し加工することで、資源を無駄にせず、価格の高騰も抑えることができるというわけだ。
さらに同社では、季節の需要を見据えた買付量の調整も重視しているという。
「夏場になると食事は水物にシフトしていくので、その分卵の出番は減っていきます。逆に冬は濃厚なものが求められるので需要が伸びる。でも、鶏が卵を産む数ってそこまで大きく変わらないんですよ。生産は一定、需要は変わっていく。その間に入って調整役を務めるのが、私たち液卵メーカーです」
イフジ産業では、夏に余剰となった卵を買付け、凍結加工し備蓄を行う。それらを、クリスマスケーキやおでんなど卵の需要が伸びる冬や、鳥インフルエンザの蔓延などで市場に卵が不足したタイミングで放出することにより、年間を通じて市場全体の需給バランスを整えていくというのだ。
「鶏卵生産者からすれば、私たちのような売り先はあくまでもサブ的な存在。当然ながら基本的にはスーパーやお店に出すものをつくるのが彼らのメイン事業です。ですが一方で、当社のような売り先がなければ規格外のものや余った卵ってどうにもならないんですよ。
そういう意味で、生産者さんとはお互いにWin-Winの関係を築けていると思います。現時点で全国に300〜400ほどの仕入れ先がありますが、それぞれのニーズに応えながら都度買い付けを行い、調整しながら安定的な生産体制をつくるというのが我々のやり方です」
また、この買い付けのタイミングや数量をいかに見極めるかが、その年の命運を分ける勝負どころなのだと藤井社長は言う。
「相場の変動が激しい業界なので、うまく乗り切れるかどうかはそこにかかっています。ですが結局のところ、決断の理由なんて過去の経験に基づく直感でしかないとも思うんですよ。とはいえその一手ですべてが決まってしまいますから……“今だ!”って決める、その瞬間は毎回スリル満点ですね」
届け続けるためのチームプレー
加えて、イフジ産業ならではの取り組みとなるのが、複数拠点の柔軟な連携体制だ。2022年現在、日本の液卵メーカーはほぼ全て一拠点による操業を行っている。しかしそうした場合、鳥インフルエンザや大規模な自然災害など、いざ大きなトラブルが起った場合に全国的な欠品を発生させてしまう恐れがあると藤井社長は話す。
一方イフジ産業では、福岡、京都、名古屋、水戸と全国4箇所に工場を展開。そうすることでより広い範囲に届けられるだけでなく、どこか一箇所でトラブルが起きても他の工場と連携して融通を利かせることができるため、前述のリスクを大幅に低減させることができるのだそうだ。
「たとえば東日本大震災の事例は象徴的ですね。当時、関東工場(水戸)では1日1000トンほどの出荷を請け負っていました。しかし地震が起きて稼働がストップしてしまった。そこで私たちは他の3工場総出で関東工場の支援を実行しました。名古屋から関東支援、京都から関東支援、その京都を支えるために今度は福岡から京都支援…といった具合で約50日間、とにかくどうにかしなければと。
正直輸送費だけでも数億円という莫大な費用が発生しましたが、それでも私たちの社会的使命は『絶対供給』。今思えばよくやりきれたなと思いますが、あの時は無我夢中でしたね」
その努力は実を結び、イフジ産業の卵はそれらを求めるシェフたちのもとへと一日も途切れることなく届けられたという。
「当たり前」のその先で
「私たちがやっていることは、いわゆる“職人技”ではありません。新しい何かを創造するクリエイティブというよりは、一定の品質の製品を毎日つくって届け続ける、言ってしまえば工業製品のようなものづくりと言ったほうが感覚としては近いと思います。ですが、卵がなければ日本人の暮らしは成立しませんし、“当たり前に卵がある日常”があって初めて、シェフたちには安心して自分のものづくりと向き合っていただけたり、こだわりを深めたくなったりしていただけるんだと思うんですよ。私たちの仕事の価値はそんなところにあるんだと思います」
イフジ産業
〒811-2318 福岡県糟屋郡粕屋町戸原東2-1-29
https://ifuji.co.jp/