“フィナンシェ・ミエル“の設計図| Patisserie ease
ものづくりのスタート地点である材料選びの視点は、職人の数だけ存在します。それらを紐解き、それぞれが持つ価値観に触れる本企画。
今回は東京・日本橋兜町にある「Patisserie ease」の大山恵介シェフに、同店オープン時からの定番商品「フィナンシェ・ミエル」の材料について聞かせてもらいました。
目指したのは「次の日に食べても美味しいフィナンシェ」
お菓子をつくる時は、まず始めにつくりたいものを大まかにイメージして、手元にある材料を使いオーソドックスなやり方で試作します。つくって食べてつくって食べて、を繰り返しながら、その過程で「自分だったらもっとこうしたい、ああしたい」が出てくる。やっていくうちに最適解が見えてくる感覚なので、はじめから明確な理想形があるわけではありません。
フィナンシェ・ミエルの場合は「しっとり、ほっくりしたフィナンシェ」をつくりたいと思ったのが始まり。日本橋兜町という街の雰囲気や訪れる人々の年齢層、利用目的にあわせて、どこか懐かしく感じられる美味しさをつくりたいと考えました。
焼き立てでバターの香りが強いフィナンシェを提供する店も増えていますが、僕が目指したのはそこではなくて。家に持って帰ってもらって、家族と次の日に食べても美味しいものがいいなと思ったんですよね。
材料もルセットも変わって当然
ルセットも材料も、常に変化し続けるというのが僕の考え方。気候だって日々変わるわけじゃないですか。であれば同じ材料でも仕入れる時期によって状態は変わって当然だし、状態が違う材料を使えばルセットだって都度調整が必要だと思うんですよ。
フルーツのような農作物をイメージするとわかりやすいと思いますが、加工品にだって原材料の影響は確実に表れます。例えば卵は、鶏が食べる餌や季節が変われば味も色も変わる。同じ商品を仕入れ続けていても、厳密には年中一定ではないと思うんです。
なので、つくったお菓子を食べてみて「柔らかすぎるな」と思えば小麦粉を足しますし、現場でロスが増えてくれば「何かの状態が変わっているんだろう」と仮説を立てて材料を見直します。毎日細かくチェックするというほどではありませんが、三ヶ月に一度はリストを見直して、必要に応じて材料の切り替えを行っています。
というわけで、ここで紹介する材料はどれもあくまで“今の僕”が選んでいる材料。三ヶ月後にはもしかすると変わっているかもしれません。
フィナンシェ・ミエルの材料
フィナンシェ・ミエルを語る上で欠かせない材料をひとつ挙げるとしたら、白餡でしょうね。今使っているのは的場製餡所の白餡で、うちにある材料のなかでは珍しく、このフィナンシェのためだけに仕入れている材料です。
「ほっくり、しっとりしたフィナンシェ」という構想ができた段階で、白餡を入れるアイデアは浮かんでいました。街のイメージに合わせて和の要素を取り入れたいという気持ちもあったのでなおさらです。
的場製餡所の白餡は、一般的なものよりも水分が少なくてちょっと硬いテクスチャ。それがこのフィナンシェの食感を出す上で役に立っています。というか、水分量って当たり前ですけど重要で、大量生産をするにあたってはじめ他のメーカーのものでもいくつか試したんですけど思い通りにいかなかったんですよ。焼けるまでに余計な時間がかかったり、生地のバランスが崩れて凹んだり、シンプルにロスが増えてしまって。
複数のスタッフで回している現場なので、誰がやっても失敗しない仕組みづくりはとても大事なこと。材料選びひとつでもそういうことは考えますね。
卵白は、キユーピーの凍結卵白。割る手間を省けるので、店では冷凍卵を選ぶことが多いです。割卵も場合によっては使いますが、割卵を使った生地って比較的どろっとする印象があって、一つひとつ型に流すようなお菓子だと作業しにくいんですよ。これもロスを増やす原因のひとつになります。
その点、冷凍卵は総じて割卵よりシャバシャバした液状なので生地にしても扱いやすいですね。
選ぶ条件は「いつでもどこでもすぐ手に入ること」だけ。広く流通していて物流が安定しているメーカーであればどこのものでもOKです。うちは大きな店舗でもないですし、在庫はできるだけ抱えたくない。なので、無くなったらすぐに頼めてすぐに手に入るようなものをこまめに発注できる状態を保つことが重要だと思っています。
商品名にも入っているはちみつ(ミエルはフランス語で「はちみつ」)は加藤美蜂園本舗のもの。味も勿論ですが、ここではちみつを使う一番の目的は保湿です(*)。「次の日に食べてもパサつきがなく美味しいフィナンシェ」を実現する上で、欠かせない材料ですね。
今うちではラベンダーのはちみつなんかも仕入れていますが、それは“その味”や“その香り”が出したいお菓子に使う材料という位置付け。「フィナンシェ・ミエル」とはいえ、はちみつの風味を特徴として全面に出すことがコンセプトではなかったので、ここではオーソドックスなものを使用しています。
塩も、つくるお菓子や用途にあわせて使い分けます。フィナンシェ・ミエルで使用しているのは伯方塩業の焼塩。サラサラしていて作業性が高いのと、塩味の強さが最終製品にも生きるところが良いですね。
同じ量を入れても、塩はものによって塩味の感じ方が変わるのでーーたとえばゲランドの塩は粒が大きくて塩味が薄い、とか(*)ーー表現したい味や使いどころに応じて選ぶようにしています。
バターは、フォンテラの食塩不使用グラスフェッドバターです。安価で味が濃くて、コストパフォーマンスが良い材料だと思いますね。
とはいえフィナンシェ・ミエルの場合、バターは焦がして使うので、焦がす前提で考えると味にそこまで強いこだわりはありません。
バターの水分値や香りの違いを大事にする場合っていうのは当然あって、たとえば香りの癖が強いバターで敢えて火入れを浅くすれば乳の香りを生かした焦がしバターをつくることもできます。でもそれだとコストが上がるし、単純につくりたいイメージとは違うな、と。
どんなバターでも、きちんと焦がせば一定の香りを出すことができます。なので今は「よく焦がす」ことを徹底して、その上で手に入れやすいものを適宜検討して仕入れるようにしています。
砂糖、それから粉は複数のものをブレンドして使っています。
砂糖はパールエースのグラニュ糖と、大東製糖の喜美良。グラニュ糖のさらっとした甘みだけではしっくりこなかったので、キビ糖(喜美良)のコクのある甘みを掛け合わせることで、ちょうど良い味わいに調整しています。
粉はヒラタのアーモンドプードルと、日清製粉のバイオレット、それから増田製粉のアモーレ。どれも品質と価格が今の自分のなかの基準を満たしていることと、特に薄力粉2種類は昔からよく使っている馴染みのものなので、配合の調整も楽なのがいいですね。
フィナンシェの場合はそもそもアーモンドプードルと薄力粉を混ぜて使うのが前提になりますし、のちにフレーバーを加えて展開していくことまで考えると(現在はミエルのほか、抹茶カシス、大納言、ショコラ・ノワゼットなど複数の味わいのフィナンシェを販売)一つひとつの粉はできるだけシンプルでプレーンなものがいいと思っていました。
薄力粉を2種類使っているのは食感の調整のためです。バイオレットだけだと生地が柔らかくなりすぎるから、アモーレを足して調整する、みたいなイメージですね。
うちの場合、「絶対にこれがいい」と選ぶ材料って実は少ないと思います。ゼロとは言いませんが、一部のそういうものはそういうもので、後は基本的にトータルのバランス勝負というのが僕の考え。たとえばコーンスターチなんかもそうですね。今は雪和食品のものを使っていますが、求める機能をきちんと果たして、かつ価格が適正だと感じられるものならどんなものでもいいんです。
最終的なイメージに近づける方法はひとつではありません。多少特徴の違う材料を使ったとしても、手元の調整や配合でカバーできる部分は多々あります。そう考えると、材料一つひとつに対する強いこだわりって正直ないんじゃないかな。
それよりも、先ほどお話しした通り年間を通じて変化のない材料なんて存在しないので、一つの材料に固執するのではなく最終的な仕上がりを日々ちゃんと見て考えることのほうが大事だと僕は思います。
「お菓子は手段のひとつなんです」
すべてのお菓子に言えることですが、僕がこの店で一番重要視しているのはブランドとしての総合的な価値です。「ease」というブランドは、お菓子それ自体だけではなく、店の空間設計やパッケージ、この場所でケーキを選ぶという体験まで全て引っくるめて成立している世界。そう考えると、お菓子一つひとつの味と向き合うことも当然大事ですがそれ以上に「どんなブランドだと思ってもらいたいか」を考えることがすごく重要なんじゃないかと思うんです。
つまり、ここにあるお菓子はすべて「ease」というブランドの世界観をつくるための手段のひとつだということ。目指す世界観を表現できるなら、お菓子一つひとつの味わいはガチガチに決め込まなくていいと思うんですよ。だから材料もある程度柔軟に捉えて、品質と価格とを照らし合わせながら都度自分の目で見て考えていきたい。それが僕のやり方ですね。
>>Patisserie ease
東京都中央区日本橋兜町9-1
03-6231-1681
11:00〜19:00(L.O.18:30)
不定休
https://patisserie-ease.com/