W1D3 十字架の、僕-십자가의 나
ルナの身体は十字架のような白木で作られた寝台のうえに乗せられていた。
その周りには白い袴を着た者たちが取り囲む。
彼らの手にはメスが握られており、執刀リーダーである石井が開始の合図を出すのを待っている。
ルナはそんな姿を見ることもなく、じっと麻酔魔術にかけられたまま、眠ったままだ。
石井の部下、田中は少しばかり居所の悪そうな表情で石井を見る。
「こんなことして、本当にいいんですか?」石井に向かい、田中は言う。
しかし石井は「黙って神の命令に従いなさい」と促すと、じっと素体を見た。
素体であるルナの身体は、まるで陶磁器のようにすべすべしていて、手術台のライトが反射する姿は、まさに芸術品。
その様子に、石井は息を飲む。
ここまでそそられる素体はあっただろうか。
その興奮に、思わず生唾を飲む。
この素体を改造し、機械にし、永遠の神の巫女として、戦わせる。
その興奮を抑えられず、石井はさらにつば飲んだ。
「執刀を開始する」石井は高まる気持ちを何とかなだめ、指示を出す。
記念すべき一刀めは、石井が担当する。
心臓を摘出し、人工臓器に接続するためだ。
石井はゆっくりと胸に刃物を置くと、すっと刀を降ろす。
すると真っ赤な血液がにじみ、ルナの白を汚していく。
まるで日の丸のようなその様に、愛国者としてゆがんだ感情が爆発する。
石井はゆっくりと、この芸術品を刻んでいく刃の感触、そして肉の触感を感じながら、心臓を摘出。
血管を急いで人工心肺に接続する。
この人工心肺に接続し、埋め込むことで水中での活動時間を、シャチ以上にすることが可能だった。
その後も胃、腸などを外し、人工臓器を接続していく。
さらに外した右肺のあった場所に、魔力を練り、強いエネルギーを発動させるための魔力炉を搭載する。
魔力。
アマテラスたち帝国の民と、大日本帝国軍石井部隊が共同で開発した科学の結晶。
これを埋め込むことで、人間には使うことのできない超常現象、そして変身能力を搭載することができる。
この、アマテラスが指示をして作り上げた科学により、すでに日本国内でも山口県や秋田県、そしてアマテラスのおひざ元である三重県をを支配することができていた。
魔力炉を埋め込み、さらに足や腕を強化骨格で覆われたものに取り換える。
そして人間とほとんど変わらない触感の人工筋肉と人工皮膚で覆うと、石井は満足した表情で見る。
まだルナはシャチ人間としての姿ではない。
なまめかしい女性の身体がそこにあるだけだ。
彼女の身体の中に眠るシャチ人間としての本能を起動させ、生きたまま脳にニッポニア人としての喜びと使命を叩きこんでいく。
人間の絶望を見るのもまた、石井にとっては絶頂をもたらすものだった。
両腕、そして両足につなげられたコードのスイッチを女性看護師が入れる。
するとルナの身体は青い光に包まれていく。
腕、足に光が及び、黒いグローブとブーツ、そしてシャチのような黒のワンピースが作り出されていく。
前の部分が開いたワンピースの両側を結ぶかのように伸びる三本のベルトと、腰のコルセットが姿を現す。
ルナはその様子に気づくことなく、まだ気持ちよさそうに眠っている。
顔には黒い仮面がつき、その先からシャチの背ひれのような長く、黒いものが伸びる。
ルナの身体自体にも変化が及ぶ。
ルナの腰部分から長く、太いシャチの尾の部分が姿を現す。
やがて光は尾ひれを作ると、パン、と弾ける。
そして首元に水色のマフラーを巻き、胸の部分にチマチョゴリの胸の部分のような結び目が生じると、ルナの身体の変化は止まる。
あとは目を覚ませば。
石井たちはじっと見張る。
しばらくしてルナは、ゆっくりと目を開いた。
・・
ルナは夢を見ていた。
ふわふわとした感触ではあるが、まるで工業製品を整備するかのように、自分の身体が外され、そして新しいものが付け加えられていく。
不思議とそれに関して痛みはなく、実感がわかない。
しかし、その強烈な狂気に、ルナは発狂しそうになる。
逸れであるにもかかわらず、ルナの口から言葉が漏れることはない。
そのことが余計、ルナを不安にさせ、そわそわさせる。
しばらくすると腰の部分から、まるでシャチのような模様の巨大なものができる。
それはやがて尾ひれとなり、まるで自分自身が人魚にでもなったのではないかという想像をさせる。
少しずつ、しかし確実に変化し、化合していく姿を、ルナは恐れをもって見て行く。
一体なんでこんな思いをしなければならないのか。
そしてなぜこんな目に合うのか。
その理由が分かるのなら、教えてほしい。
いったいこの理不尽な夢に、何の意味があるのか。
夢だからこそ、理不尽なのか。
ルナの心は少しずつ、しかし確実に理不尽によってそめられていく。
祈りをしようにも手が動かせない。
せめて讃美歌を歌い、神に向かって「アッバ、アッバ」と叫ぼうにも、声が出ない。
どうしようもない悲しみや困難に、ルナはただ打ちひしがれるほかなかった。
しばらくすると「オルカ、眼を覚ましなさい」という声が聞こえる。
優しく、ジェントルで、柔らかな声。
聞き覚えはないけれど、まるでどこかで聞いたことがあるかのように感じる声。
ルナはその声に導かれるように、ゆっくりを目を覚ます。
「おはよう。オルカ君」
オルカ。
自分はそんな名前ではない。
しかしながら、そのように呼ばれてしまう。
そして、その名前が妙にしっくり来てしまう。
ルナの気持ちは少しずつ、まるで平和鳥が水と空中を行き来するように気持ちが揺さぶられていく。
「僕は……ルナ……」
しかし、自分を見つめる人間たちは、彼女がルナであることを認めないかのようにじっと、にやにやとルナを見る。
そもそも、さっきまで王禅寺のお寺にいるはずだった。
そこで人を助け、そしてふっと意識が消えた。
こんなところで、しかも皆、能でもしていたかのように般若の能面をかぶっている。
あまりに異形で、信じられない。
ルナは急に自分の身体に何をされたのかが気になって、自分の身体を見る。
自分の身体は先ほどまで来ていたシャツではなく、黒いグローブにタイツ、そしてそれを覆うかのようなドレスをまとっている。
魔法少女のようと言ってもいいが、それ以上に特撮物の改造シーンのようにも感じる。
しかし、改造シーンなど、空想の世界の物語だ。
そんなものが実際に起こるはずがない。
しかし。
ルナの頭は少しずつ混乱し始め、頭が痛くなる。
それにしても、自分の背中が何だか弛緩しているのか、伸びているような気がする。
ルナは寝台に座り、腰を見る。
そこには夢で見たように背中からシャチの尾ひれが伸びていた。
一体何が起こり、そしてどうなろうとしているのか。
ルナは処理ができず、ゆっくりと息を吐き、頭を抱える。
「オルカ君。これを握ってもらおうか」般若顔の男の一人が、ルナにガラスの瓶を持たせる。
ルナはそれを軽く握ると、ガラスの瓶はいとも簡単に粉々になり、破片が飛び散る。
しかも、一切痛みも、傷も入らない。
ルナはその瞬間、自分自身の境遇と、悪夢を察知した。
しかし、こういったときになると、涙が流れないことを知った。
あきらかな狂気であり、そしてかぶってしまった絶望。
いま、自分が目にしていることにルナは絶望し、さらに心がふらつくのを感じた。
「君も気づいたかもしれないが、もう君は人間、ポム・ルカじゃないんだよ。シャチ傀儡オルカという、教化された我らの傀儡になったのだよ」
傀儡、強化。
言葉の意味としては十分に理解している。
しかし、その言葉が実態を示さない。
ルナはただどうすればいいのかを自問自答し、涙が流れない絶望に言葉を失う。
「これから君にはオルカとしての祝詞を授けたいと思う。祝詞を聞き、魔力や意識をアマテラス様とつなぐことで、お前は傀儡オルカとしての喜び、を得るはずだ。醜い過去を捨て、神国日本の復活のために、お前は喜んで戦うべきである」
その言葉に、ルナは血の気が引くのを感じた。
神国日本の復活。
それが具体的に、古事記を指しているのか、あるいは大日本帝国を指しているのかはわからない。
しかし、どちらにせよ、自分の同胞を消すのが目的なのかもしれない。
そうであったら……。
ルナは混乱する意識をなんとか御し、男たちに向く。
「僕をこうした目的はなんだ!」威勢のいい声が響く。
男は軽く鼻を鳴らすと、ルナに近づく。