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W2D3 チャプチェ、キンパプ、歌-잡체, 김밥, 노래
直也はルナに箸を渡す。
しかし、ルナはその箸を軽くつまんだだけでまるで絞るようにつぶしてしまい、そのたびにうつむいてしまう。
直也はどうしたものかと考えたのち、「本当に軽くつまんだらどう?」と話す。
直也の言うとおり、まるで米粒をつまむかのような弱い力で箸をつまむと、ちょうどいい具合に箸が握れた。
それだけでルナの顔はどことなく明るくなり、やがて「お前のおかげだ」と、普段見せたことのないような表情で直也を見る。
一体どれだけこのことで悲しんできたのだろうか。
直也は勝手なことだと思いつつも、邪推してみる。
改造され、何かを食べる、あるいは飲むためにコップを持っただけでそれを粉砕し、おいしく水を飲むことすら許されない。
パジャマを着ることも許されず、しかも尻から出ている大きなしっぽのせいで眠ることもままならないだろう。
ただでさえ心が破壊されてしまうような事態なのに、それ以上に生活まで破壊してしまう。
そんな彼女に今、直也は何を語り掛ければいいのか、彼にはわからなかった。
しばらく何も言わず、じっとその場でチャプチェも食べずにいると、ルナはそっとキンパプを食べようと箸を伸ばす。
ちょうど力加減が分かったのか、その力はかなり弱い。
そしてキンパプをつかむ。
しかし力加減がまだおかしいのか、キンパプはもろくも崩れてしまう。
ルナはしょんぼりと俯き、じっと落ちたキンパプを眺めた。
直也はそれを拾うと、スプーンでルナの口に運ぶ。
「恥ずかしいなぁ」ルナは言うと、顔をそらす。
「食べなくちゃ」直也は言う。
ルナは仕方ないなぁ、というとスプーンを口に入れる。
相当おいしいのか、ルナは言葉を失い、ゆっくりと咀嚼する。
「先輩のキンパプ、こんなにおいしかったっけ……」ルナはつぶやく。
何日も食べておらず、人間らしい生産的なことを何一つできなかった。
そして今、自分は食事ができた。
その意味をルナはかみしめる。
ゆっくりと咀嚼するにしたがって広がる、キンパプの豊潤なごま油の香り、海苔の青み、沢庵の甘味。
それらが混然一体となって、口の中で踊る。
その味わいが、今、ルナの求めていたものなのかもしれない。
気付くとルナの表情には涙が浮かんでいた、。
直也はことさらルナに言及したり同情するのはよくないのかもしれない、と思い、キンパプを食べる。
口の中で広がる味わいは、確かにおいしかった。
ルナはさらに工夫するようにチャプチェに手を伸ばす。
ごま油と肉の匂いが香ばしく、食欲をそそる。
「僕の好物か。わかっているな」ルナは言うと、ゆっくりと、慎重にチャプチェに箸を通す。
今度は失敗することなくチャプチェを箸でつまむことができた。
ルナはそれをすする。
その味わいは、涙が出るようだった。
それからルナはしばらく食事をしつつ、箸やコップのつかみ方を練習する。
一体なんでこんなことをしなくちゃいけないのだろうか、とルナは思う。
それでも、生活がより豊かにできるのならやるべきだと、自分のことを律した。
「その変身、解けないの?」直也は食後、コップにジュースを入れながら言う。
ジュースは何かを察したのか、韓国のパルスンサイダーだった。
ルナはそれをそっと、つまむようにつかむと、のどに流し込む。
さわやかな甘さと、はじける炭酸が、ルナの暗鬱とした気持ちを少しだけ癒してくれた。
「解く?」ルナは言う。
「うん。悪に改造された特撮ヒーローって、だいたい作戦のために人間の姿に戻れるよね。だってそうじゃなかったら人間に潜入できないし、移動の時に悪目立ちするし。ルナは怪人でしょ? だったらできるんじゃない?」
「元に戻る、か」ルナはしばし考えてみる。
そういえば自分にマニュアルなんてあるのだろうか。
ルナは少しばかり考え、「魔法ならば」と、そっと念じてみる。
すると意識の中に擬態コマンドというものがあるのを発見した。
擬態、というものが何なのか、いまいちわからないが、ルナはそれを展開し、従う。
するとルナの巨大な尻のしっぽはするすると消えていき、ルナの姿がそこにはあった。
「ルナ!」直也はルナの手を取る。
ルナは自分の肌色の手を見ると、その瞬間、眼を大きく見開く。
背中を見れば背中の巨大な黒い尾ひれも消えている。
それを見ると、ルナの顔がぱあっと明るくなった。
「僕……! 僕……!」ルナは立ち上がり、まるで祭りの時のように舞う。
そして急いで席に着くと、祈りを始めた。
「神様、僕の身体をもとに戻すことができました。大いなる感謝です。僕の身体はもはや人ではありません。それでも僕のことを見捨てず、人間に戻してくれたこと、本当にうれしいです! 神様こそ僕の救い主であること、宣言します! このお祈りを尊き主イエスキリストのみ名を通じ、神様におささげします」
ルナは興奮した様子で言うと、最後、アーメン! と、高らかに言う。
直也はそれに合わせ、アーメン、と答えた。
共通の秘密を知った直也とルナは、じっとお互いを相まみえる。
そして恥ずかしそうにお互い目を放す。
自分の身体という、試練。
それによりルシファーどもに祈りをささげるところだった。
しかし、直也を用い、ルナの絶望をいやした。
それ以上の祝福や、恵はあるのだろうか。
ルナはただ喜び、何度も手を組んで祈る。
「少し練習してみようか」直也は嬉しそうに言う。
ルナはそれに対し、明るくうん、と頷いた。
変身をする方法を試してみる。
意識の中に変身コマンドがないため、体のいろんな部分を触ってみる。
そういえば腕に何かついている。
ルナはそれをどうやって使おうかを意識に問う。
すると、ルナの左手は自然と右手の、腕のブレスレット型の機械に触れる。
そしてそれを撫で、「変身!」と叫ぶと、ルナの身体は青白い光に包まれ、変身することが分かった。
ルナはそれを十篇ほど繰り返すと、すっかり自分の意思で変身と解除ができるようになっていた。
「いい感じだね」直也は微笑む。
ルナは嬉しそうにうん、と頷くと、ゆっくりと体を伸ばした。
「この後買い物に行って、明日はヨネルギーにでも行ってみるか」直也は提案する。
「おぅ、デートか?」ルナは茶化す。
その言葉に、直也はうれしそうに微笑みつつ、「そうだね」と、つぶやいた。