W5D4 兎の生き血-토끼 생혈
都ソラは一人、つまらなさそうに大学からの帰り道の電車に乗っていた。
立つ場所は電車のドア横。
ここに立って景色を見ていると、なんとも言えない物足りなさや、微妙さを少しだけ忘れることができた。
ヘル朝鮮、という言葉を真に受けて信じ、この国に逃げるように留学して3年。
この国の社会のひずみや、それに対して誰も動こうとしないこと、そして何より、自分自身の正義感を満たしてくれないこの社会に、半ば辟易としていた。
もしかしたらもう少しまともな社会が待っていたのではないか。
その期待をもろくも打ち消してきた、この国の社会と、国民。
それに対して強い怒りを感じつつ、かりそめの平穏の中を駆け巡る家畜輸送貨車のなか、家畜として生きることを強いられることに皮肉を感じ、ソラは鼻を鳴らした。
もはや自分の生きる世界など、ないのかもしれない。
そう思うと心が塞いでくる。
――今日こそしてやるんだ
たとえゆがんだ決心であったとしても、もう自分自身を止められない。
電車は川崎駅に滑り込む。
ここで京浜東北線に乗り換えれば自宅まですぐだが、きょうはそうしない。
むしろここで豪華特急サフィール号の華々しい経歴に赤いシミをつけることが目的だったのだから。
先発の電車が東京方面に出発して数分後、お目当ての特急電車の入線案内がかかる。
――いまだ!
ソラはその瞬間ホームを飛び越え、線路に降りようとする。
しかしその時、体がふわりと浮かび、そのまま落下しなくなってしまった。
「ここで死ぬなら、京急の快特の方が良かったんじゃないかな」
誰の声かわからないが、自分の意識の中に語り掛けるような声が聞こえる。
――誰?
ソラは周囲を見る。
自身の目の先に、赤い目をしたコウモリのような男が立っていた。
「僕と契約しよう。アマテラス様と一緒に、この社会の地獄を排除し、そして君を殺そうとしてきた韓国社会を完膚なきまでに破壊しよう」
完膚なきまでに自分を育てた社会を破壊する――。
その言葉にソラは目をきょろきょろと動かす。
確かに自分は自分を育てた社会を恨んだ。
そして、いま自分がいる社会も恨んでいる。
しかし、それを破壊する勇気は、どうしても出ない。
「君はこの世界の命を大切にしすぎている一方で、悪におじけづき、その原因と戦う勇気も出ていない。それが他者への依存となり、そしてそれを叶えてくれない社会への憎しみに変わっている……こんな社会、壊しちゃおうよ。勇気をもって。そして誰もが住みいい社会に作り替えるんだ」
コウモリの男は言うと、羽のようなマントを軽くはためかせる。
「こんなところで死ぬなら、すべてを壊してしまおう。理不尽な社会も、何もかも」
男は微笑む。
そのほほえみにゆっくりと頷くと、ソラの意識は白く濁っていった。
ソラの身体はそのままアジトに回送され、服などを流れ作業で切り刻んでいく。
そして白木のベッドに寝かせると、執刀医のリーダーである成田は医者たちを見る。
「彼女は私たちの進化のマイルストーンにするべく改造される、ということを忘れないでほしい。みんな、行くわよ」
成田はいうと、レーザーメスを手に取り、ゆっくりとソラの白い肌を切り刻んでいく。
元気で活発な印象があるとはいえこのように白い肌を持つ彼女に、少しだけ成田は嫉妬を抱く。
その嫉妬にそそのかされるかのようにナイフを皮膚全体に走らせ、筋肉質の体の中から大きな筋肉をいくつも取り出していく。
「いい筋肉ね。筋肉は強化兵生成のための遺伝子検査に回して。内臓はパトロン様への臓器スペアにするわよ」
ソラの内臓はどれも健康的で、機能にも影響はない。
この内臓はどれだけの品質ランクをつけられるかと思うと、胸が自然とワクワクする。
彼女の身体には筋肉や臓器の代わりに、新世代のピンク色の臓器を埋め込んでいく。
この臓器には小さなコンピュータが仕組まれてお り、洗脳が解けそうになった際にもここからのプログラムによりすぐさま再洗脳が可能になっている。
さらに臓器の再生のスピードも速く、マスクドオルカなら故障してしまうほどのダメージを受けても、一切彼女はびくともしない。
アマテラスの聖戦をふさぐ憎き存在に立ち向かう強力な兵士として、この良質で上質な素体を確保できたことは、成田にとっても僥倖としか言いようがなかった。
新型傀儡の身体のコードが埋め込まれていき、次に脳も機械化を行う。
脳の前頭葉を改造し、ここにコンピュータを埋め込む。
そして海馬なども改造し、かつての依存的で軟弱な彼女の精神を根本から改造。
今までの自分の意識すらも捨てさせてしまう。
こうすれば彼女のもろい精神を捨て去ることができる。
懸念事項であり、なおかつ彼女が悩んでいたことを寸時に解決できたことに、我ながら良いことをしたきぶんになる。
改造がひとしきり終了し、コンソールで専用のコードを入力。
魔力が動作しているのを確認すると、軽く息を吐く。
「ウサギ傀儡、起きなさい」
いうとウサギ傀儡はゆっくりと目を覚ます。
「ウサギ傀儡、気分はどう?」
「ああ、最高だぜ。今まで俺は腐っちまっていたけれど、もう大丈夫だ。俺を殺した反日どもを殺害してやる」
成田はそう息巻くウサギ傀儡に、少しだけ意地悪をしようと思う。
「それが同胞でも?」
その質問に、ウサギ傀儡は力強く手を握り、答える。
「あたりめぇだ! 俺が根性から叩き直してやる!」
その言葉をどれだけ信じるかは、まだ未知数だ。
しかし、彼女の燃えるように赤い目を見て、成田は満足そうに微笑んだ。