らあめんババア。
「らっしゃあせぇー!」
威勢の良い掛け声が店内に響く。
そこに私は一人で入り、右手の人差し指を力強く立てる。
「カウンターどぞぉー!」
足取りは軽い。なぜなら私はラーメンが好きだから。
仕事一筋のこの人生。子どももいないので、楽しみといえばこのランチ。
仕事仲間と行ったこじゃれたランチよりも、ニンニクもヤサイもアブラもマシマシにして、誰とも会わないように過ごすのが好きなの。
「けっこう量多いっすけど、大丈夫っすか?」
店員が心配そうに私の顔を覗き込む。ふん、私を誰だと思っているの。さながらバキュームカーのように吸い込んでくれるわ。
「そう?じゃあ、ヤサイもっと増やしてくれる?」
そう告げたときの店員の二度見が気持ちよかったわ。カウンター越しにラーメンをつくっているお兄さんもこちらを見ていたわ。
注目の的ね。
「らっしゃあせぇー!」
ヨレヨレのスーツを着たサラリーマンが入ってきた。顔には疲れをにじませ、手早く注文を済ませた。
責任世代も大変よねぇ。もう少しよ、頑張んなさい。
そう心の中でエールを送ったとき、店の奥からチョモランマのように高く盛られたラーメンを恐る恐る運ぶ店員さんと目があった。
「お待たせしました!大将特製ラーメン全部マシマシです!」
…!素敵じゃない…!確かに多いわね…!
「お客さん、無理はしないでくださいね」
大将らしき人物から声をかけられる。大将は口角を少しあげ、あなどるように私を見た。
戦よ。これは。勝つわよ。
まずは目の前のチョモランマの登頂にかかった。
ニンニクが絡み、とてつもなく香ばしく、私の鼻を刺激した。
カウンターのマニュアルには「少しずつ外側から崩すようにたべてね!」と書いてあるけど、
イヤよ。伸びちゃうじゃない。麺が。
チョモランマが天保山に変わった頃、大将の表情が変わった。
そして、いよいよ麺とご対面。恥ずかしがり屋さん。たくましくて太くて長いのね。私が相手をしてあげるわ。
マニュアルには「コシがあるよ!少しずつ食べてね!」とあるけど、私はマニュアル人間なんかじゃない。
麺はバキュームカーに吸い込まれていった。
天保山が更地となり、麺も跡形なくなったあと、闇をたたえた海が現れた。
戦はここからよ。
マニュアル「スープはレンゲですくって食べてね!」
いいこと?この時間は私がマニュアルなの。
私に従いなさい。
隣のヨレヨレスーツは私の半分サイズのラーメンを少しずつマニュアルにしたがって口に運んでいる。時々私の方を見ては驚くような表情をしていた。どうせ仕事場でもそんな顔してんじゃないの?マニュアル人間とか言われて、ウダツがあがらないんじゃないの?
あらヤダ。私としたことが。じゃあ、スープをいただくわね。
スープの入った器を両手で持ち上げ、天を仰ぐ。
海は私の中に入っていく。
大将、手が止まってるわよ。あなたは手を動かしなさい。私はのどを動かすわ!
「ありあとあしたー……!」
まあまあだったわね。さぁ、のんびりお昼寝でもしようかしら。
店内を後にし、口直しのガムを口に含みながら、アスファルトを踏みしめて帰路につく。
「店長…すごかったっすね」
「あぁ…ありゃあバケモンだ。ラーメンババアだ…」
以上が「らあめんババア」誕生秘話である。