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「勝手にふるえてろ」がすばらしい理由

どんな言葉も足りないや
足りても困っちゃうけどね
/黒猫チェルシー「ベイビーユー」


いやあ便利ですね、Amazonプライム・ビデオ。
産後映画館に足を運んだことなんて2回しかないワーキングマザーでも、こうして自宅で過去の話題作を観れてしまうわけですから。

「勝手にふるえてろ」は綿矢りさも松岡茉優も好きな自分には垂涎の作品だったので、アマプラに来てるよ~と聞いて秒速で飛びつきました。
正直、実写化には不向きでは……と危惧していた部分も鮮やかに処理されており、結論から言うと、今ゴリゴリに推したい邦画No.1かもしれません。たぶん絶対。

※以下、印象的なシーンを拾いながらのレビューになるため、これから観るので事前知識入れたくない! という方は踵を返してください! また会おう!※

江藤良香(ヨシカ)は中学時代から引きずっている片思い相手以外に恋愛経験がなく、一人暮らしをしながら会社の経理部で働き、絶滅した生物を愛するおたく。妄想を肥大させ、こじらせすぎて世間に歪んだ視線を向けている。
そんな自家中毒気味の彼女がある日、社内の合コンで同僚に告白される。恋愛経験のステータスが上がるのは嬉しいけれど、いやいや別に全然好きじゃない。なのに温度差を無視してぐいぐいくる彼を心の中で「ニ」と呼び、片思いの「イチ」はますます神格化されてゆく……。

あくまで個人的な見解だけれど、この映画が成功したのは原作も監督も女性だからというのは大きい気がする。

恋愛映画の中の男性って、基本的にかっこよすぎるのだ。自信なさげに振る舞っていても、けっきょく自己肯定感高いからそんなことできるよな……という言動ばかりだし、女性と恋に落ちるのは「ごく普通の」とか言いつつもばりばりのイケメン、ヒーロータイプばかり。
リアルな男性主人公って「モテキ」のフジくんくらいしか浮かばない。

しかし本作は自分が普段見ている世界との乖離が全然なく、ピントがかちりと合ったままだった。
とにかく「ニ」くんがむちゃくちゃリアル。交際をお願いする立場でありながら、上から目線で会話のイニシアチブをとり、テンションも合わないまま連れ回す。女性の心がわからず気遣いができないからひどいデートになる。気に入られようとする努力のベクトルもズレている。
こういう男いる! こういう絡みされたことある! と首がもげるほどうなずく女性は多かろう。

でも、だからといって恋愛対象外なのではない。ヨシカはちゃんと「ニ」を通して世界と折り合いを付けようとするし、彼のいいところが無防備に心に飛びこんでくるシーンも共感性をもって描かれる。

同僚女性の久留美もそうだ。彼女も社内で恋愛をするが、その相手タカスギくんの言葉に過剰な自己愛の片鱗を感じていて、「彼はちょっと頭がいいと思われたいだけなんだよ」などと冷静に客観視できてもいる。
それでもちゃんと相手を尊重し、恋愛ができるのが女性だとわたしは思っていて、その包容力のような不思議な器用さのような部分が絶妙に描かれていることにいたく感嘆した。恋愛の相手はヒーローでも偶像でもない、生身の現代人なのだ。

語弊があるかもしれないけれど、男性視点の映画やドラマには男性ならではのフィルター越しに観ているような違和感が常に少なからずある。その類の違和感がここまでないのは、個人的には稀有な体験だった。

ヨシカの化粧がいつも微妙に肌の色に合っておらず、ファンデーションが顔から少し浮いて白っぽく見えるのとか、バリッとめかしこんでいるつもりのコーディネートが垢抜けないのとかも、さりげなくみんなヨシカを表現している。
もったりした半端な丈のスカ―トにカラータイツとパンプスを合わせ、いそいそと「イチ」に会いにゆく。首には変な色柄のスカーフを巻きつけて。
こうした要素は原作にはない、実写ならではの表現だ。単純にすごい。
ヘアメイク担当や衣装担当との綿密な連携があったのだろうと、うっとり想像してしまう。ここにも女性ならではの繊細な視点を感じた。

原作にある地味なシーンもきちんと拾われていて、どんなに嬉しかったか言い表せない。
職場の女性たちの、昼寝の習慣のシーン。「携帯を握りしめて目を閉じる」から目覚めまでが、あんなに絵になるものとは。
タワーマンションでの飲み会で、汚れた食器を片付けようとするヨシカを制する声がかかるシーン。願わくばここは「せわしなくて落ち着かないからやめて~」をそのまま言ってほしかったけれど(贅沢)、あの気まずさ、あの温度差が絶妙に表現されていた。

ああ、本当に語り尽くせない。
ウザいのに妙にピュアなところも見せつけてくる「ニ」を演じる、黒猫チェルシーの渡辺大知というのが本当に名演技&ナイスキャラで、いつまでも見ていたくなった。本人が歌うエンディング曲「ベイビーユー」がまた、感動と感傷をはてしなくブーストするやばいやつ。
黒猫チェルシー、出てきた頃の姿を覚えているけれど、いつのまにこんな活躍をしていたのか。地球の裏側で知己に出会った気分。

「イチ」くんも負けていない。DISH//の北村匠海という彼、ここまで原作のイメージとズレない人選も珍しい。
わかりやすいイケメンでも、スクールカースト上位の陽キャというわけでもない、絶妙な位置にいるいじられキャラ。そういう人物がまとっている空気感とか、視線のさまよわせかたとかがもう、ウワアァと叫びたくなるほどリアルに表現されていた。すごい……。

そしてなんといっても松岡茉優。自他ともに認めるハロプロおたくである彼女が演じる、こじらせおたくのリアルさよ。圧巻である。
台詞を台詞として感じさせない、完全に肩の力を抜いた発声ができる稀有な女優。だらんとした沼そのもののような姿を晒していたかと思えば、乙女そのものの表情と可憐な声で観る者の胸をキュンとはじく。

願わくばもう少し若いときに出会って、人生観を再構築したかった。
そう思わせてくれる良作でした。

※おまけ
深夜にこの映画を鑑賞した直後、余韻に浸っている最中に大きめの地震が起きました。
地盤は勝手にふるえなくていいよ……。

生きているうちに第二歌集を出すために使わせていただきます。