今日も言葉に託して

私はあまり写真に残さない
どこへ行っても自分の目で見て、身体で感じて、頭の中に残るもので十分だと思っている
だから、ここ数年の自分の写真を自分では持っていない

最近よく昔のことを思い出して、当時の資料を見返すけれど、もちろん写真はすべて消してしまっているので残っていない
ちょっと不安になる
"私がしたこと"は資料として残っているけれど、"私の存在"はどうやって確認したらいいのだろう
確かにそこに存在していたと、そう確かめる手段がないことに気づいた

私はやはり偏っているようで、好きなアーティストはここ10年変わっていない
当時聴いていたアルバム曲をかけてみると、当時の感情、景色が鮮明に蘇る
たくさん悩んで、たくさん泣いて、もがき続けた日々
もう会えない大切な人も、失ってしまった友情も
未知の体験に憧れて、未来に希望を抱いていた、何にも染まらない純真さも
全部自分の中に残っていた
失くなってはいなかった

私も誰もすべからくいつかはこの世界から消えてしまう
自分がここに確かに存在していたんだと、私達はどうやって刻むんだろう
私は、どうやって刻んでいくんだろう

自分の中に大切に刻んだ思い出とともに消えていけるのなら、それも悪くはないかな

今日もこうして”私”を言葉に託して

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