そうだ、まちなかで地域医療をやろう
私の原点は地域医療である。
地域の人は、お互いが支えあって地域を元気に、そしてハッピーにしている。たとえ医療者がいなくても、意外と何とかなるものだ。
医師3年目だった私は、地域医療を勉強したくて名田庄村・名田庄診療所に飛び込んだ。枠もないのに中村伸一先生に無理を言って押しかけたわけだが、そんな私に先生が真っ先に投げかけた質問は、「医療者としてその地域に何ができるのか?」だった。
「医療者だけが地域の『元気』を支えている」なんてのは大きな間違いだった。
村人の人生や生活を仕切らず邪魔せず、でもリラックスできる距離感で支えながら、いざというときはやるべきことをやる。そんな当たり前のようでとても難しいことを修行することは、今思い出せば楽しいが、当時は結構苦しんだ。
八百屋さんは美味しくて健康な野菜を仕入れて地域を元気にしている、駐在さんは地域の安全を守っている、お年寄りはその経験と知識でアドバイスをくれる。つまりお互い誰もが地域を支えてハッピーにしている、ということに気づいたのは、村に来てずいぶん経ってからだった。子どもたちが元気に走り回ることさえも、支え合いなのだ。
みんなが地域で生きている。医療者である自分も地域で生活させてもらっている。自分もなにか貢献したい、なら、医療を用いるしかない。それが「医療を用いた地域貢献」という答えだった。
村では、公民館での講演、乳幼児健診、予防接種、学校健診、外来、住民健診、行政との意見交換、施設医療、在宅医療(緩和ケア、看取りも含め)など、地域で人が暮らしていく時のニーズに合わせて医療を行ってきた。4年半の地域医療修行の後、人口27万人の生まれ故郷・福井市に戻ったとき、地域で学んだことをどうやったら活かせるか考えていた。
市街には健診を専門にやっている施設があった。様々な専門医が各科の外来を行っていた。地域で人が暮らすのに必要な医療は、人口が多い分、役割分担して提供されていたのだ。でも、なぜか、在宅医療だけはほとんど行われていなかった。山村での経験から在宅医療は歳をとっても病気になっても家や地域にこだわって生活・療養したい!と思っている人を支える大切な仕組みのひとつと感じていた。このまちで、在宅医療を提供できないだろうか。「そうだ、まちなかで地域医療をやろう。」名田庄で得た答えがそこにあった。
この文章はへるす出版の雑誌「在宅新療 0-100」創刊号(2016年1月号)“はじめよう!在宅医療”に載せていただいた文章を再整理したものです。
写真は、最近の机の上。頭の中もだいたいこんな感じです。
あと、トップの写真は、名田庄での修行の成果を活かすべく飛び込んだ2ヶ所目の診療所、和田診療所時代。山の地域医療と海の地域医療の違いを経験しました。
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