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「死」の瞬間の曖昧さ-episode.3 「生きてるうちにお風呂に」

「約束どおり、生きてるうちに、お風呂に入れてあげようと思うんです。

よろしいですか」

施設のナースから、朝、電話がかかった。

そんな確認の電話なんてこれまで一度もなかったのに

そんなの、確認しなくてもお風呂に入ったらいいじゃん。


そんな確認の電話なんてこれまで一度もなかった、から、

施設に会いに行くことに、した。


看取りが近いことを、本人も家族もスタッフも、みんなが受け止めて関わっていた女性。その日も、小さな施設の小さな部屋で横になっている。いつものように、いつものナースが隣に立っていた。いつもどおり、穏やかな雰囲気。

でも、何かが、違う・・・?


その人は、呼吸をしていない・・・ように、見えた。
顔は蒼白で、動かなかった・・

「え? これって・・」と僕が呟くと、いつものナースが言った。

「えぇ、そうなんです。今日、お風呂に入る約束をしていて。とても楽しみにされていたので。約束どおり、お風呂に入れてあげようと思うんです。よろしいですか?」いつものトーン。


い、いやいや。あの・・・。これって・・?


「はい。そうなんです。今日の午前中にお風呂に入ろう、って約束をしていて。生きているうちにお風呂に入れたいんです。よろしいでしょうか?」


そ、そういうことか。


「そうですか。わかりました。お風呂に入って大丈夫ですよ。今のうちに、お風呂に入りましょう。」


そこに、同じく連絡を受けた、娘さんが到着した。


僕はこう話した。

「お母さんは、今朝から体調が変わりました。血圧は測れないくらい低く、脈も触れません。そして、呼吸もしていないように見えます。
ですが、私にはわからないくらい弱い脈を打っている可能性もありますし、極めて浅い呼吸をしているかもしれません。

ここが、病院なら、

モニターとか機械をつけて、はっきりさせることをするかもしれませんが、

ここは、生活の場所ですから、そういうものはありません。使いません。

今は、そういう意味では、はっきりしない、曖昧な時間です。

この時間の間に、看護師さんとお母さんが約束していて、楽しみにされていたお風呂は予定通り入っていただきます。

そして、ぜひ、ご家族などお会いしたい方がいらっしゃいましたら、集まって、お別れをしてください。

私は午後に、もう一度出直します。その時も脈が触れず、呼吸も確認できなければ、その時に死亡確認とさせていただくかもしれません。」


お風呂に入り、ご家族や親戚とお別れをして、午後、死亡診断をしました。

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