原美術館 光-呼吸 時をすくう5人
原美術館
Time Flows Reflection by 5 Artists
光-呼吸 時をすくう5人
2020年9月19日(土)-2021年1月11日(月・祝)
今井 智己
城戸 保
佐藤 時啓
佐藤 雅晴
リー・キット
2020年もあっという間に時が過ぎる。「今年もあっという間でしたね」といつも年末にぼやいている気がする。
コロナ禍のおかげで仕事がなくなり、今までのこと、これからのこと、色々考えさせられた。
自粛中は街の様子も自分の目と体でしっかり見つめることもできなかった分、久しぶりに人に会ったり、出かけて外の空気に触れるととても新鮮で感動した。
まだ手放しで自由を謳歌できる訳ではないけれど、そんな不安定な時勢の中、この展示が行われ、そして立ち会えた意味を少し考えてみる。
2019年3月 原美術館 ソフィカル展
2019年でこの美術館が閉館するとのことだったので、『これで最後だな』と思いつつ、ゆっくりと見て回った。
カル自身の体験が元になっている痛みを共有する作品だ。あなたや私もそうであるかもしれないと、一瞬自分事のように感じるような、どこかの誰かの人生の、物語や映画を見ているようだった。
過去の自分の失恋や失敗もカルの作品に投影し、体験や痛みが余韻として残る作品だった。
原美術館の展示ではなかったけれど、海を見たことがない移民の人に海を見てもらう作品も印象的だった。
例えば日本に来たことがない日系人などに、この美術館の庭を見てもらったらどんな気持ちになるだろうか、とふと考えた。
思いがけず閉館が延長になり、再びこの庭を眺めることができて感慨深い。最後に写真を一枚撮りたい、と思っていたが、静かに心にだけ焼き付ける。
そして忘れないうちにここに記しておきたい。
佐藤雅晴 『東京尾行』
雨の日、憂鬱な日、静かな日
庭を眺めてお茶を飲む
銀杏の実が沢山落ちている
葉っぱが雨粒を受けて揺れている
水溜りにぽたぽたと波紋をつくる
まるでピアノに合わせて踊っているようだ
誰もいないピアノの自動演奏、誰かの軌跡を辿るように演奏する。そして静かに窓の外を眺める。
もし仮に誰かが演奏しても、作曲家の軌跡を辿るような追体験をし、再現と再構築をしているように感じる。
演奏する人も、それを聴く人も、遠い過去を生きた作曲家と今という時間が繋がり、体験を共有し、創造を更新する。
この作品は作者の遺作、未完の作品になってしまったのかもしれないけれど、今も進行形で作品が更新されていくような新鮮な体験ができたように感じる。
窓の外には風景がある。音に合わせて移ろっていく。今日は雨、明日は晴れ、会期最後は静かな雪、もしそうだったらきっと美しい。しかし東京の冬は案外晴れることが多い気がする。
会期最後の日はどんな景色が見られるだろう?
佐藤時啓 『光-呼吸』
佐藤時啓氏の光の軌跡の作品はいつも力強いと思う。彫刻的で立体的な捉え方と、移ろう時間と光をしっかりと定着させていくプロセスも魅力がある作品だ。
かなり前に制作のプロセスを作者から伺ったことがあり、ウェットスーツを着て、小さい鏡を携えて、荒波の中を無我夢中で泳いで撮影している記録を見せて頂いたことがある。
泳いでいるのか、溺れているのか分からなくなるような悪天候だったけれど、光を追いかけて必死に泳ぐ姿から目が離せなかった。
作品の光の軌跡をひとつずつ辿っていくと、そんな作者の身体の移動や運動のプロセスが追体験できるようで、静かな風景であっても、作者の呼吸や熱量が伝わってくる作品だった。
日々の忙しさに追われ、大切なものを見落として忘れてしまいがちな毎日だったけれど、作者たちの過去から現在、未来までの深遠な繋がりと、静かに見通す眼差しを作品から感じ、「気付く」「丁寧に見る」「見続ける」ということの重要性を改めて実感した。
毎日時間は早足に通り過ぎていく。
どんどん記憶からこぼれ落ちてしまう大切な時間を少しでも意識して、丁寧に掬いあげることができたなら、よりよい充実した人生になっていくのかもしれないと思った。
観賞日:2020年9月25日(金)