真珠のネックレス
「二十歳のお祝いにママに買ってもらったHERMESのバッグ」
「就職のお祝いに祖母からプレゼントされたCHAUMETのウォッチ」
学生の頃に読んでいたファッション雑誌には、
読者モデルの小物紹介に、こんな文章がたくさん並んでいた。
私はそこで初めて、
世の中の女性は、大人になると親族からブランド物をプレゼントされるらしい、と知った。
その時高校生だった私は、
両親から「携帯電話がほしいなら自分で稼いで買いなさい」と言われ、
時給650円でアルバイトをして、
発売後間もないカメラ付き折りたたみ携帯を手に入れたところだった。
その生活とは違う世界があるということに、驚いた。
今考えれば、そういう世界も、そうではない世界も、
その両方があることを理解できる。
私はどちらかと言わなくても、そうではない世界の人間だった。
地元を離れて暮らしている私には、
ときおり実家から荷物が届く。
その時々で詰められているものは違っていて、
例えば祖母の家で採れた栗、
例えば届いたお中元をきょうだい均等に分けたもの、
例えば母が感銘を受けた肩こりストレッチ法の新聞記事の切り抜き、
大体こんなようなものが詰められている。
ある時、届いた荷物の中ほどの層に、
新聞の折り込みチラシで厳重にくるまれた菓子箱が入っていた。
かなりの厳重さ加減だったが、中から出てきた菓子箱を開けると、
そこには別の白い箱が入っていた。
その白い箱を開けると、
今度は淡いグレーのベルベット調の箱が入っていた。
ベルベット調の箱、つまりアクセサリーが入っているような、あの箱だ。
開け閉めの度に、パカッと音がして、パタンと閉じる箱。
びっくりしてその箱を開けると、
中は真珠のネックレスとイヤリングのセットだった。
良く見れば、手紙らしき封筒も添えられている。
急いで封筒の中身を確認すると、それは本真珠であることの品質保証書だった。
…いや、思っていた封筒の中身とは違う。
これではない。
良く探せば、
一番外身の菓子箱に、今度は確かに手紙らしき封筒が入っている。
曰く、
厄年には、
七色で長い物を身につけるのが良い。
母からのプレゼントです。
と。
私は、ブランド物も、お高めのアクセサリーも、
ほとんど持っていない。
イミテーションパールは持っているけれど、
このネックレスはそれと比べてはるかに重さがある。
私はそっち側の世界の人間ではないはずで、
親族からこんなにしっかりしたプレゼントをもらう日が来るなんて考えてもいなかったのに、なぜ。
下世話な話、値段は分からないが絶対に安くはないだろう。
手紙には、今手元に届いたこれと同じ物を、
他のきょうだいにも用意していると書いてあった。
少なく見積もっても、数万円の話ではないと思う。
贅沢をせず、自分たちのものは全く買い替えない、
お金のかかるような趣味は一切持たず、
慎ましく、辛抱しながら暮らしている母が、
私にプレゼントしてくれた真珠のネックレス。
こんなにしっかりしたアクセサリーは、
勿体無くて冠婚葬祭でしか身に着けられなかったけれど、
それこそ勿体無いのではないかと、ふと思うタイミングがあった。
ここ数年を振り返った時、人生で数回しか着けないなんて、
それで良いのだろうか。
そう思ったのが秋口。
季節柄、タートルネックとパールは相性が良い。
だから私は最近、良くタートルネックを着ているし、
その時にはこの真珠のネックレスを好んで着けることにしている。
因みに調べてみると、
厄年の災いを避けるために、
本真珠のネックレスをプレゼントすることは定番のようだった。
七色の物や長い物は、厄年の災いを防ぐと言われているらしい。
母は、このネックレスを私の33歳の厄年めがけて用意したのだろうが、
受け取った時には既に後厄に突入していたのであった。
お母さん…。
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