【エッセイ】超完成系ラーメン
私の家の近くにはひそかに「超完成系」と呼んでいるラーメン屋さんがある
「我が欲望を満たせ」という気持ちを込めて呪文を上手に唱えると出てくるもの、のようなものだ
そこに呪文は存在しない、あるのはラーメン小中大である
ある日私はお仕事の合間に足を向かわした
するとシャッターは閉まっていて
「木金は休みます」
私はぐっとその吹きこぼれそうな欲望を飲み込んだ
ついに土曜日になった
私は9時に起きて11時半になるまで椅子に座り前屈みで手を組み足を揺らしながらその時を待った
「あれ今週の詩は生まれたのかい?」という君
ああ、そうだ今週はラーメンのことで頭がいっぱいだった
とにかく私は再びつま先をお店に向けて家を出た
お店は空いていた、よしよし
お店に入るなり「何にされますか?」
ラーメン小でお願いします
ここのラーメンは例のごとく大盛りである
ラーメン小でも麺は250gほどある
通常のラーメン屋さんの普通サイズは180gほどなのでこれでも大盛りなのだ
私はカウンターに座りその時を待った
周りのお客さんは、工事現場の合間を縫ってきたお兄さん、私のようなおひとり様の男性で構成されていた
まるで専用部屋のような巣窟に60代くらいのおばさま2人組が入ってきた
まるで喫茶店にちょっとお茶でものようなニュアンスである
ええ、完食できるのかな?
この日はなかなか私の前にそれは現れなかった
私のお腹の中はもう歓声が鳴り響いていて、そろそろ悲鳴に変わりそうな時分であった
「お待たせしてごめんね。はい、ラーメン小」
ついに現れた、もはや麺はいづこへ、もやしとみじん切りされたキャベツで構成された野菜の上に鰹節がカーニバルのように踊り、隙間から金色に輝くスープが垣間見えた
例のラーメン屋のような踏み絵は免罪符により通過できるものの、この麺が見えないラーメンには上手に食べるテクニックが存在する
『天地返し』である
まずは、隙間からレンゲを落としスープを啜る
そして水位が減った頃合いで箸を忍ばせラーメンをつかみ口元に運ぶ
歓声はお腹を突き抜け、脳に貫通する
ああ、これだよこれ
ここでついに『天地返し』だ
箸をそれぞれ両手で持ちどんぶりの底に這わす
麺をその先で確認したところで、山になっている野菜の上に少しづつ少しづつ麺で蓋をしていく
そして、慣らすようにほぐすと、あのフジヤマのような隆起は姿を消し、麺と野菜が見事にマリアージュした食べ物が完成するのだ
野菜と麺をつまみ、啜る
もう歓声は鳴り止み、眠りにつくような快感が体に広がる
ああ、うまい
半分くらいまで進むと、流石にちょっと味に飽きてくる
そんな時は卓上にあるホワイトペッパーをふりかけ、辛味成分を足せばまた違ったニュアンスになり最後まで楽しむことができる
麺を食べ終えると、残ったスープと取り逃がした野菜をレンゲですくい回想しながら食べる
ごちそうさまでした
どんとコップを卓上の上に乗せ、ふきんでカウンターをサッと拭いて退店する
「出すの遅くなってごめんね。ありがとうございましたー」
このラーメンの悪いところが二つだけある
あまりにも大盛りすぎること
そして、にんにくが効きすぎるので人間をやめなくてはならないことだ
もちろんそれを入れるかどうかはリクエストできるのだが、私は毎回その日は妖怪になることを選択している
ああ、そういえば
君と会う日に超完成してしまった日があった
その日は歯を磨いてもうがいをしても君は近寄ってくれなかった
君は僕の呼吸をミラーリングして、そして僕と逆向きにして寝ていたっけな
「どうだった?」
大味な脳を翻して底にあった言葉を素直に出してみた
ラーメン食べた
とても満腹になった
今は眠い
君は言った「9割の人間それ」
今日はいっか
私は、その後何もしない覚悟で妖怪を一日楽しんだ