WBPC契約の住民訴訟における東京都の欺瞞と焦燥
BONDの住民訴訟において2024年10月22日に東京都が提出した準備書面(3)であるが、自説にあわせて証拠と理論をこねくり回しており、到底理解できるものではないと共に公共調達の基本的な知識にも欠けるものであった。案の定、裁判所から求釈明を受けたようだが、ここでは当該書面における東京都の欺瞞を明らかする。
なお、東京都の準備書面は暇空氏のnoteから購入願う。
Ⅰ 公共調達の基礎知識
(1)入札案件の調達価格の決定
民間の契約は民法が適用されるが、官と民の契約では地方自治法の拘束を受ける。自治法等では「予定価格」「最低制限価格」「低入札価格調査」という公共調達独自の考えが規定されている。
予定価格は調達対象の成果物の一般的な価格であり、入札前に自治体で定める。随意契約を除き予定価格を超えた契約はできない。
最低制限価格や低入札価格調査は地方自治法に定めのある調達価格の下限値であるが、適用は任意である。仕組み的に入札案件のみが対象となり、R4以前の東京都若年被害女性等支援事業(以下、「WBPC契約」という)は適用を受けない。
(2)プロポーザル・企画提案での手続き
今回、東京都が「都は実施状況報告書さえ確認すれば良い」と主張していることから一般的な成果品のあるプロポーザルである波佐見町防災マップ作成業務と東京都若年被害女性等支援事業の手続きフローを以下に比較する。
受託者の選定から検査までの手続きは一体的に運用して初めて成立することがわかる。例えば受託者の企画提案は検査でその履行の確認が必要であり、不履行でもペナルティーがなかった場合は「やりもしない提案をして契約してもらい、実施せずに金だけ受け取る」という詐欺的な手法が可能となる。
WBPC契約では、費用面、事業内容を都側が管理・統制するメカニズムが何も機能してない。
(3)一般的な請負的委託契約とWBPC契約の比較
先出のプロポーザルによる請負的委託契約である波佐見町防災マップ作成業務と準委任のWBPC契約について、その権利義務、履行報告、成果品等について比較する。請負契約は成果物の完成を約し契約不適合責任(以前の瑕疵担保責任)が課せられる契約。準委任は善管注意義務が課せられる契約である。
WBPC契約契約書の検査の規定に注目してほしい。WBPC契約に全く適合しない条項であるが、これが準委任の由来を示すと思われる。月1の完了届が例外扱いであり追加で業務日誌の提出も求められるため、「毎日の完了届+業務日誌は不要」な業務が一般的だと類推される。準委任契約は庁舎内で履行する毎日職員が履行状況を確認できる業務が対象だったと考えられる。例えば、コンピュータ室での管理や執務室内での業務補助であろう。それが拡大解釈された成れの果てが、受注者が自分の都合で業務を行い経費を支出し、企画提案や事業計画も出すだけで履行の確認もされず、区分経理されているかさえ不透明で簡素な履行報告の提出だけでよいWBPC契約なのであろう。
Ⅱ 公共調達制度の無知・無理解
R3BOND住民訴訟 東京都準備書面(3)の「第1委託契約一般における委託料の位置づけ」は事実に基づいてないと共に読者の錯誤を誘発し都に正当性があるように印象付けようとする恣意性があるように思う。
もし、本心でこの準備書面を作成したのであれば都及び弁護団は公共調達の案件に携わるに必要な資質及び知識を持ち合わせてないと言わざるを得ない。
(1)成果への支払いと経費への支払の混同と誘導
東京都はWBPC契約が「実施状況報告書の確認のみで支出が正当化される契約」であるという誘導を行っており、その虚構を導出するため委託契約全般に適用される特性であるかのように経費について以下の主張をしている。
委託業務で経費と支払が連動しないのは、成果品があること、競争と予定価格により成果の貨幣換算がされているからである。
前出の成果品のある請負型の委託契約である波佐見町防災マップ作成業務とWBPC契約の成果(反対給付)を比較してみる。
マップ作成業務の成果品の一部としてハザードマップがある。町民の生死に関わる情報であり、このペーパーに町が支払いを行うことに反対する人はいまい。このマップに520万の費用が必要なことは企画競争、特定後の仕様書の協議、積算によって担保される仕組みである。なお、検討過程も報告書として納品され検査対象となるため、マップの真正性も担保される。
一方、WBPC契約の実施状況報告書は単なる活動のサマリーであり、これ自体に2600万の情報価値はない。加えて虚偽の数値でもって短時間で作成することが可能なペーパーであり、2600万相当の活動とする証拠能力もない。
なお、成果品のない準委任契約で経費精算ではなく収益込の契約もある。
業務内容:◯◯市のコンピュータの維持・管理
仕様:ネットワーク管理経験のある3名の技術者、履行場所は◯◯市◯号庁舎2階 コンピュータ室
予定価格:3名✖直接人件費2.5万円✖260日✖220%(一般管理費)=4300万
このような単価+収益と従事日数をベースとした支払いを行う契約をすれば経費のチェックはせず、3名の作業日報や協議簿等の記録の検査で事足りる。WBPC契約は事前に従事人員や単価を確定しておらず、各人の事業従事記録(日報等)も提出させず、「経費に対する支払いの契約」であるため適用されない。
WBPC契約に適用されない一般論に無駄な紙面を割くのは都の自己防衛のため「実施状況報告書の確認のみで支出が正当化されるという虚構」を創作するためであろう。
(2)存在しない制度の創造
「検査は実施状況状況報告書の確認すれば良い」との結論を導出するための理論武装のつもりなのであろう。しかし、肝心の青塗り部分は根拠のない作文でしかない。最低制限価格等は、成果品が規定できその成果品の標準価格が算定可能なことを前提として入札時に判断する仕組みである。低入札価格調査制度では労務単価を調べることがあるが、本来、経験の豊富な技術者が必要なタスクに単価の安い経験の浅い技術者をあてて成果の品質が低下することを避けるためであり、最低賃金とは何の関係もない。委託契約の低価格入札案件の契約後の対応に関するルールは知らないが、工事契約には監督を強化する制度が存在する。
通常は発注者による杭の確認は10本に1回だが、低価格入札工事の場合は5本に1回となる。通常の入札案件で発注者の確認が免除されているわけではない。WBPC契約にあてはめると「通常は四半期に1回の履行状況の慎重な確認が必要だが、経費が著しく小さい場合は毎月慎重な確認が必要」となり、「慎重な確認」は低入案件以外にも必要。
そして、当のBONDの契約において履行の進捗に対して経費が著しく少ない事象が発生している。しかし、R3のWBPC契約で都と団体との協議は実施されておらず(開示請求による)、都は「履行状況の慎重な確認」を実施してない。後付で正当化する論理を創作しているため自己矛盾があっても気が付かないのであろう。
【11/24追加】
R3のBONDについて計画書より著しく経費が少なかったため、都の裁判書面のとおり慎重な確認を行ったか開示請求をしたが未実施だったことが判明した。また、著しく低い経費の場合に慎重な確認を必要とする制度も存在しないことがわかった。経費が少ない場合に慎重な確認をすることは禁じられていないが、実施してもいない・存在もしてない仕組みを自治法に規定された制度と同等に語るのは虚偽と言われても仕方あるまい。
(3)文書が読めない東京都
原告(暇空氏側)が「類似事案と比べ」と書いているにも関わらず、WBPC契約とは全く類似性がない成果品がある請負の委託契約の事例を出して見当違いな反論をしている。
Ⅲ 都のWBPC契約理論武装の欺瞞
「東京都書面(3)第2 本件委託契約における委託料の支払」について、その問題点を明らかにする。
(1)反対給付が業務の遂行論への固執と矛盾
原告の東京都は従前の「経費が2600万以上だったからセーフ」論を翻し、支払いの反対給付が業務遂行であり経費確認は不要との説に拘りを見せる。
しかし、今更「経費精算ではない」と言い出しても無理があり、あちらこちらに綻びを露呈させてしまっている。まず、反対給付であるが委託経費として支出対象費目が明記されており「業務の遂行に要した経費」以外に解釈のしようがない。
これは企画提案募集時の要領と仕様書からも明らかである。企画提案段階の仕様書は反対給付を「委託経費」とし、2600万を上限とし事業実績に応じて支払う(2600万固定ではない)旨を要領に分けて記載していた。契約時は仕様書だけとなるため、反対給付の「委託経費」に、2600万を上限とする
旨を「事業実績に応じて支出」と表記したものである。なお、応募段階と契約段階で契約の基本事項である反対給付を変更する場合、公平性・透明性の観点から企画競争のやり直しが求められる。
また、監査の指摘も「経費積み上げ」を前提としており、監査を受けて福祉保健局自ら実施した再調査や点検でも「経費の積み上げ」をしていることと辻褄があわない。今回の東京都の言い分が正しければ「実施状況報告書で事業の履行状況を確認したので経費の確認は不要」としないと整合しないが、そのような主張は一切されていない。
(2)チェリーピッキングされた証拠
東京都は契約額の変更に関する仕様書条項を経費確認不要で支払いを可能とする証拠とした。では、その条項を見てみよう。
赤い網掛け部分が東京都の準備書面でトリミングされている。トリミング箇所は「関係帳簿等の検査」に関連する部分である。公共機関との契約経験者であれば減額や返還の場合でも、額の確定に検査が必要なことは理解していると思う。そして支払いの検査は関係帳簿等を対象としており、第9条より「等」には領収書や諸記録が含まれる。東京都の解釈とは反対に経費の確認を必要とする条項である。
トリミングで文意を真逆に解釈し根拠とするのは、歪曲を通り越して文意の捏造と言われても仕方あるまい。
※仕様書自体は甲2号証と書かれているので暇空氏側が提出したものであり、仕様書自体はトリミングされてないと思われます
(3)根拠に裏打ちされない推定
R3のWBPC契約は、2600万を上限とした企画競争を実施しており、特定後に一式ではなく数量と単価を明確に分類した見積書を提出させ検証しつつ予定価格を積算していれば「事業が2600万要するとする推定」は成立したであろう。しかし、このような通常の手続きを都は踏まなかった。更にはCOLABOの週1回のバスカフェ開催の企画提案の不履行に代表されるように企画提案の履行さえ確認していない。このため、WBPCが実施した事業が2600万に相当する根拠が存在しない。
なお、準委任で成果が不明な場合、企画競争でも「◯人常駐」以外で事業活動の数量を事前に明確にすることは困難と思われる。WBPC契約のようなものは企画提案でも経費精算が合理的だし、実態的に委託ではなく補助金交付事業である。
(4)裁判所による求釈明(レインボー文書)
資料のチェリーピンキング、監査や自らの過去の行動と整合しない解釈、前提条件が異なる一般的な事例への強引な当て込み。今回の東京都の準備書面は精度が荒すぎる。それだけ「検査は実施状況報告書の確認だけでよい」という虚構の理屈付けが困難ともいえよう。
ただ、暇空氏側が反論する前に裁判所が東京都に求釈明を行った。「収益無しなら経費チェックが必要に決まっておろう。往生際が悪いな。無駄な時間使わすな」との声が裁判所から聞こえてきそうである。
Ⅳ その他
(1)「検査」の重み
監査の「経費が2600万あれば後付でも無問題」から端を発した一連の流れでWBPC契約では検査の存在感が限りなく薄かった。COLABOの住民訴訟では、東京都は検査書類を提出さえせず裁判所から促される始末であった。現在の支離滅裂な書面からすれば検査に触れたくなかったのであろう。
他の住民訴訟において検査がどのように扱われているか見てみよう。名古屋城の天守閣建て替え事業の基本設計業務について、住民訴訟が行われ令和2年に地裁、令和3年に高裁の判決が出た。(参考 判決文)
3月30日工期の基本設計に対して成果品の提出が3月30日だったことから原告が適正な検査がされてないと主張した。しかし、検査前に監督員によるチェックが2度繰り返されていることから問題ないとした。恐らくE主幹は業務担当者であり、監督員の前に仮成果のチェックをしていると思われる。正式に任命された監督員や検査官によるチェックが監督・検査としてみなされ、担当者によるチェックは検査とはされない。
高裁の判決は、国の調達に適用される会計法では監督が履行確認、検査が給付の確認と明確に仕分けをしており原告は同法を根拠に監督は検査の代替とならないとの主張を受けてのものである。自治体の調達に適用される地方自治法では会計法と同様な趣旨の規定を設けているが簡略化された条文となっている。地方自治法では、監督と検査の役割は明確に区分されていない。
検査後のE主幹の「検査に合格したわけでなく不足があれば追加を求める」は、検査の経験があれば情景がすぐに思い浮かぶであろう。検査で全てを確認するのは実質困難なのが実態であり、「後々気がついたら差し替えてもらうよ」の意味合いと考えられる。
しかし、裁判ではこのような点も争点となり検査日に検査が完了していることの証明の障壁になるというのは勉強になる。検査は実態がなく、工期を大きく超過して監督員でも検査員でもない職員の稟議だけで精算が行われるWBPC契約は、別世界のことだと思えてくる。
なお、東京都若年被害女性等支援事業では監督員はいないような気がする(委託業務ではない自治体のほうが多い)。WBPC契約の被告書面では評価委員会等が監督・検査の一部であるかのような主張が見受けられるが問題外である。
(2)COLABOの週一バスカフェ不履行疑惑
都は「履行確認さえしてれば良い」と主張しているが、COLABOは仕様書にある週1回程度の夜間見回りをしておらず、都は履行確認もできていない。リーハラ会見時はCOLABOは常設の相談室と合せ技で仕様書を満足するとしたが、住民訴訟では週1回の6割強の実施率で仕様書を満たすと主張していた。だが、最近常設の相談室の合せ技一本が復活した模様である。
しかし、常設の相談室がなかったR2以前でも未達なことや企画提案や事業計画で週一バスカフェを提案し契約の理由となっていることから、この説も泥縄的な後付であろう。今後、裁判で企画提案や事業計画が争点になることを期待したい。
(3)都とWBPCとの利害対立
裁判所の求釈明の③を読めばわかるが今回の都の主張は「もし、経費が2600万を割っても都に責任はなく、虚偽もしくは杜撰な実施状況報告書を出したWBPCが悪い」とするものである。
都とWBPCの利害の対立がチラチラしており、顕在化してくれることを期待している。
修正記録
11月6日 「Ⅲ(1)反対給付が業務の遂行論への固執と矛盾」への企画提案時の仕様書追加
11月6日 「Ⅳ(1)「検査」の重み」に名古屋城裁判の高裁判決関係追加
11月24日 「慎重な経費確認」に関する開示請求結果の追加